【Session編】~世の中ごとを自分ごと化する~大丸松坂屋百貨店のSDGs戦略 ー re:Culture #5
re:Culture #5では、ESG/SDGsを経営戦略の中核に据える大丸松坂屋百貨店より総務部長の中村氏にご登壇いただきました。 インターナルコミュニケーションを活用することでSDGsの“自分ごと化”を促し、現場社員にもESG/SDGsへの理解と行動を実践している大丸松坂屋百貨店のケーススタディをご紹介いたします。
INDEX
※本記事は【Case Study編】~世の中ごとを自分ごと化する~大丸松坂屋百貨店のSDGs戦略 ー re:Culture #5の続編です。
ゲストスピーカー
株式会社 大丸松坂屋百貨店 総務部長
中村 康隆 Yasutaka Nakamura
1967年大阪府吹田市生まれ。1989年 株式会社大丸入社(現:株式会社大丸松坂屋百貨店入社)。 東京店、婦人服飾部~住文化用品部。2015年 東京店、営業推進部マネジャー。2019年 本社業務本部総務部CSR・内部統制・環境マネジメント担当部長、2021年本社業務本部総務部長。
モデレーター:PR Table 志村 陸
サプライチェーンの巻き込み方
志村陸(以下、志村):それではここからは、セッション形式で大丸松坂屋百貨店のお取組みを深堀りしていきたいと思います。百貨店業界は割とコンサバティブなイメージが強いのですけれども、大丸松坂屋百貨店ではかなり尖った取り組みを推進されているのですね。詳しくお伺いしていくために、セッションパートでは3つのテーマを挙げさせていただきたいと思います。
まずは、サプライチェーン一体でのSDGs推進というお話についてです。サプライチェーンまで一体でSDGsを推進するということを御社の場合は強みにされていますが、どのように推進されていったのでしょうか?
中村康隆氏(以下、中村) :当社の場合、サプライチェーンは製造業の皆様など他企業と比べると非常に直線的なんです。百貨店は問屋で、川上川下を仲介するポジションです。我々が単独でできることは少なく、結局サプライチェーンの皆様が取り組んでいる内容を紹介したり応援したりするのが役割なんです。
また、特に百貨店をご利用になられる方はお気づきだと思うのですが、SDGs先進国のヨーロッパのラグジュアリーブランドはサプライチェーン全体でサステナブルな取り組みを推し進めています。
かのルイヴィトンもPositive Luxury社というプラットフォームで、サステナブルな取り組みが評価され認定マーク「バタフライマーク」を取得しています。彼らにとっては我々百貨店もサプライチェーンのひとつです。我々のSDGsの取り組みを紹介するとともに評価いただかなくてはパートナーであり続けられません。
そして、彼らの商品の良さやサステナブルであることを我々が理解し説明できないと、生産者の素晴らしい取り組みを消費者の方に伝えることができないのです。そういった意味で、当社はサプライチェーンの中で一体となってSDGsを推進していかなくてはいけないという考え方を持っています。
志村:生活者に伝える役割なんですね。百貨店で販売している商品について、作っている企業の思いがどれだけこもっている商品なのか、販売者としてお客様に提供するところでメッセージを途絶えさせるわけにはいかないということですね。
中村:たとえば最近プラダさんはバッグに再生ナイロンを使っています。そういう素材を使ってサステナブルな取り組みをしているのだということがなかなか伝わっていない。我々こそがお客様にお伝えする役割を担っていると意識しています。
志村:百貨店業界というものがヨーロッパの企業と取引が多いという文化背景も、サステナビリティを推進するうえで、ある種貢献をしているといえますね。
一方で視聴者の方には、国内に閉じたサプライチェーンを持たれている方もいらっしゃると思います。何かアドバイスがあればお教えいただきたいです。
中村:今、コロナ禍の中で国内のアパレル産業はとても苦しい状況にあります。そうした状況を、欧米に倣ったサステナブルな取り組みで突破していきたいと考える経営者の方が一定数いらっしゃるように感じています。
そうした場合のテーマになるのはエンゲージメントですね。
サプライチェーン全体では大きくなってしまうのですが、企業対企業というペアの取り組みで一緒に何かやろうという働きかけが大事かと思います。私たちも、大手のアパレル企業よりそうしたお話をいただくことが増えました。それを一緒に具現化していけば大きな花になっていくと思います。
実際、ドメスティックブランドにおいてもサステナブルな取り組みが始まっています。我々もその取り組みを紹介していきながら、新しいお取引先様とも協働する機会を増やし、Win-Winな事業拡大を目指していきたいと思っています。
志村:具体的にはどのような取り組みが必要と感じていますか?
中村:2050年に温室効果ガスScope1.2 ゼロを達成するためには、サプライチェーン全体でCO2排出量を削減をしていかなくてはなりません。そのためには、たとえば百貨店では当たり前ともいえるブランディングされた包装紙やショッピングバッグを、いっそのことやめてしまうという方法もあるのです。
ただ、これには各ブランドと協議する必要があります。スタンドアローンでできないことを実現していくことが重要課題といえるでしょう。
“自分ごと化”のプロセスが一方通行にならないために
志村:それでは2つ目のテーマに移りたいと思います。
“自分ごと化”のプロセスが一方通行にならないためにはどうすれば良いのでしょうか。
先ほどご紹介いただいた「未来をつくるパスポート」も、現場社員からすると「本社側から一方的に渡されるもの」と受け取られかねない施策でもあるのかなと思いますが、いかがでしょうか。
中村:「未来をつくるパスポート」は、確かに一定のサイクルでコミュニケーションを取るためのツールにはなっていますが、それだけで店頭のメンバーにSDGsを“自分ごと化”してもらうことは難しいと思います。
我々は、社員が自発的にテーマを決めてチャレンジをするという企業文化の醸成を目指して、3年ほど前から発明プロジェクトという取り組みを行ってきました。チャレンジカードという簡易な提案書を従業員に書いてもらうのです。
先ほどご紹介したMIRUIプロジェクトが、発明プロジェクトにおける2020年度の大賞です。お店の大きなプロモーションテーマとして最初からあったわけではなく、自発的に地域のパルコが地元産業と組んで生まれてきたアクションでした。
志村:本社からの一方通行の声だけではなくて、従業員の方の声を拾い上げる仕組みも同時に展開していたんですね。
その結果生まれてくるエバンジェリストの声を称賛のプロセスで大きくしていって、実際にプロジェクトとして昇華させることで、全社の取り組みに変えていく仕組みが大事なのですね。
中村:そうですね。先ほどの大丸東京店や大丸梅田店の事例もそうですが、やはり全社的なテーマとして発展させるときに、エバンジェリストさんだけの取り組みであれば限界があります。全社活動として広げていくためには我々みたいな事務局がしっかり拾い上げて流通させていくことがとても大事だと感じています。
志村:視聴者の方から組織作りについても質問を頂いております。中心となって推進していく組織のあり方や人数感などについて独自の知見があればお教えいただけますか?
中村:正直なことを言うと、これに関しては当社も課題意識がありました。
これまでは、サステナビリティに関する活動を総務部の環境マネジメントの取り組みの延長線上で行ってきました。一方で、いまやサステナビリティ方針は企業戦略そのものなのです。重要なサステナビリティ戦略を専門で推進していくチーム※を来年設置する方向で動いています。※2021年3月「経営企画部サステナビリティ戦略担当」を設置
これまでの取り組みの柱としてあったエバンジェリストのサポートを、より広いセクションに対して行えるよう体制を整えていきたいですね。
志村:既に素晴らしい取り組みをされていますが、専門の推進室ができることで、活動がさらに深まっていくことが期待されますね。
中村:そうですね。今後は、我々の活動をいかにお客様へ伝えていくかということも大きなテーマとなると思っています。社内の浸透活動によって、従業員一人ひとりの“自分ごと化”が進めば、それぞれの成長につながることでしょう。しかし、そこから先にお客様にSDGsの重要性を伝えていくためにはコンテンツ開発が不可欠です。
我々百貨店のビジネスはコンテンツビジネスの様相を呈してきています。商品だけでなく、その背景にあるストーリーや体験価値もセットにして届ける中で、いかにSDGsを絡められるかが大きなテーマでしょう。
もうひとつ課題と感じているのは、我々のサステナブルな活動を収益に結びつける事です。社外に価値提供をしながら、我々が成長していくストーリーを描けなければ、サステナブルな活動を持続させることが出来ません。
もちろんフィランソロピー(慈善活動)はとても大事ですが、フィランソロピーはあくまでテーマです。フィランソロピーの中で生まれるお客様との新しいつながりが、新しい収益事業になっていくようにしなくてはいけないでしょう。
志村:視聴者の方からは、実際の取り組みの中には収益化が難しいものもあるのではないか?その場合どう社内で承認を得ているのか?という質問をいただいていますが、いかがでしょうか?
中村:直接大きな収益が得られない取り組みであっても、お客様に我々が取り組む活動についてメッセージを発信するという効果も得られます。ひとつのコミュニケーションですね。
志村:ブランディングやコミュニケーションの観点で、次につながるものという考え方で実施されているのですね。
センシティブな社会テーマをどう扱うか
志村:3つ目のテーマに移りたいと思います。次はセンシティブなテーマに取り組むときの意思決定をどうするかです。
冒頭でもお話したように、どうしてもコンサバティブなイメージがある百貨店業界にあって、大丸松坂屋百貨店ではかなりセンシティブな社会テーマに取り組まれていますね。そういう施策を実施する場合は、当然一部のステークホルダーの方から反対されることもあると思うのですが、そこに御社が切り込める理由は一体何なのでしょうか?
中村:確かに、ヨシダナギさんの写真展や「michi kake」等でも社内外からいろいろな反響をいただきました。しかし、今はいろいろな社会テーマを包み隠さずオープンに語り合わないといけない時代だと思います。我々がお客様からの反応を怖れて躊躇していると、返ってなぜそこに取り組まないのかという意見をもらうことすらあるのです。
また、我々は自らの行動原則として、人権問題やダイバーシティの問題などの社会問題に対し真正面から向き合い恥ずかしくない行動をとるということを定めています。
これを説明せずに社会問題をトレンドのように扱っては、お客様も我々の取り組みを理解できなくて当然でしょう。センシティブなテーマに取り組む背景として、我々の行動原則、考え方を伝えていくことも大事だと考えています。
志村:ありがとうございます。今のお話は先ほどのサプライチェーンのお話にもつながってくるのではないかと感じました。
サプライチェーンのなかにもSDGsへの取り組みとして、LGBTなどセンシティブな領域、たとえば意見が人によって分かれるようなテーマを扱うところもあるでしょう。仮にそこで掲げられたメッセージが御社の考え方と異なる場合、どのような対話をされているのでしょうか?
中村:もちろん中にはやりすぎと思われる取り組みもあります。たとえば「性」をテーマとする領域では、従来は嫌悪感や卑猥なイメージを持って受け止められていたものが、アートとして認知されるようなケースも出てきました。消費者に受け入れられる幅が広がっていてはいても、そのなかでさらに右に寄ったもの、あるいは左に寄ったものを我々が取り上げにくいことは事実です。
判断する際に大事なのは社内でしっかりコンセンサスが取れる題材であるかどうかです。社内からの理解を得るために、従業員に対する教育を実施しています。従業員がお客様になぜこれを実施しているのか説明できるようになることが必要だからです。お客様から質問を受けたとき、都度本部に問い合わせてお客様にお待ちいただくようではいけないのです。
志村:ありがとうございます。従業員にとっても、自分がお客様に直接説明をしなければならないからこそ、きちんと理解しようと思うところがあると思いますね。インナーのコミュニケーション施策を社内で留めずに、ステークホルダーとのコミュニケーションに含ませることで、自分たちの理解がさらに深まるという循環がとても重要ですね。
中村:過去に我々が取り組んできた「生産者の声を届けること」とは、ものづくりに関するこだわり、特にどんな素材を使っているといった情報を伝えることに重きが置かれてきました。
今、我々が取り組んでいるSDGsやサステナビリティでは、物の良さだけでなく、その裏に隠されたストーリーをしっかり届けなくてはならないのです、売り場に立つ従業員には、その商品の背景にあるストーリーを深く理解し、自分の言葉で説明できる力が求められています。そういう意味ではインナーのコミュニケーション施策抜きには、我々の事業は前に進んでいかなくなってしまうと感じていますね。
志村:視聴者の方から、その点について質問があります。食品メーカーの方で4月からSDGs推進部署の責任者になられた方だそうです。普段から業務が忙しい部署など、SDGsを“自分ごと化”しにくい環境にある従業員に対してはどのようなアプローチが適切かというご質問ですが、いかがでしょうか?
中村:そういった経験は当社でも多かれ少なかれありました。ポイントとしては従業員のアンケートから始めるのが良いと思います。従業員がSDGsをどのように理解し、どのような意識でいるのかという意識調査をすることで次のステップが見えてくるでしょう。そのファクト自体が企業活動の大きなテーマになるのです。
経営層に対して、現状を客観的に伝えるためのツールになりますし、社内に浸透しているかどうかを図るためのベンチマークにもなります。
アンケートでは、おそらくいろいろな事業部が抱えている悩みがどんどん出てくることでしょう。従業員がそもそもピンと来てないのであれば、ピンとくるための情報をどう流していくかという話になるでしょう。
志村:ありがとうございます。
最後に視聴者の方からいただいてる質問があります。高校教員の方から高校生がSDGsを“自分ごと化”するためのアイデアがあればシェアしてくださいということなのですが、いかがでしょうか?
中村:ちょうど私たちの広報販促チームが、昨年11月末に広告代理店の紹介で、進学情報誌 学科から志望大学が探せる「逆引き大学辞典」の別冊 “SDG’s号「SDG’sで考えるあなたの進路 17歳の探求ヒントブック」”に、当社のThink GREEN活動を掲載しました。また大丸松坂屋各店では、様々な学生参加型イベントやワークショップを開催しています。活動の一環で高校生に向けたSDGsのワークショップのようなものを実施しています。
今の子どもたちは学校で当たり前のようにSDGsを学んでいますから、そうしたイベントにいって実際に体験することで、自ずと理解が深まり“自分ごと化”していけるのではないでしょうか?
志村:今日ご視聴いただいた皆様には、大丸松坂屋百貨店でこのような取り組みをしていたことを知らなかった方も多いのではないでしょうか。まさにこのようにしてより多くのステークホルダーの方に、大丸松坂屋百貨店の想いが伝わっていくことを願っています。ありがとうございました。
(本記事は【Case Study編】~世の中ごとを自分ごと化する~大丸松坂屋百貨店のSDGs戦略 ー re:Culture #5の続編です。)