re:Culture#10ではP&Gジャパン合同会社でヒューマンリソーシス シニアディレクターを務める市川 薫氏より、P&GのD&I推進とカルチャーについてお話を伺いました。こちらはレポ―ト第2弾のセッション編となります。
INDEX
※本記事は【Case Study編】〜ダイバーシティ&インクルージョンの答えは“スキル育成”〜 逸早くD&Iの先へ進んだP&Gの“スキル”とは? ー re:Culture#10の続編です。
-スピーカー
P&Gジャパン合同会社 ヒューマンリソーシス シニアディレクター
市川 薫
1997年P&G営業統括本部入社。小売店・卸店営業担当、カテゴリー担当営業企画、店頭販促支援チームリーダーなど多種多様な営業業務に従事。 女性リーダーがまだ少なかった営業職での自身の経験や、スイス・ジュネーブ赴任時の多国籍チームでの業務経験も踏まえて、組織内の多様性・インクルージョンを推進しつつ部下や組織の人材育成にも力を注ぐ。 現在は、人事部門にて組織内の人事業務を担うとともに、経営層によるEquality & Inclusion リーダーチームの一員として社内アライコミュニティを率いながらインクルーシブな職場づくりに邁進している。 営業に関するスキルや管理職向けの社内研修も担当し、社外に向けた「インクルージョン研修」の講師も務めている。
-モデレーター-
株式会社PR Table マーケティング マネージャー
志村 陸
大学卒業後、OA機器メーカーの株式会社リコーで新規開拓営業、商品企画に従事。 その後株式会社博報堂にてAccount Executiveとして大手内資/外資企業の マーケティングコミュニケーションの実行に伴走。 住宅設備メーカー/総合人材業界/PCメーカーなどのブランディング及び プロモーションを戦略立案〜エグゼキューションまで実施。 現在はPR Tableにてブランドコミュニケーションを担い、talentbookの マーケティングに奔走中。re:Cultureのプロデュースも務める。
Equality&Inclusionに対する現場の声は?
志村:質問も続々ときていますが、ご用意しているセッションテーマに移りたいと思います。
まず、一つ目のテーマ「現場の声は?」というところからお話を進めていきたいと思います。
先ほどスライドの中にもありましたが、現場の人たちは、営業の人だったら数字を追うなど、ダイバーシティ以外のミッションやKPIを持っている中で、忙しいというのはよくある話だと思います。
自分がメインでやっているミッションがある中で、そういった取り組みにまでなかなか手をつけられない。そういった方々の声は、どういうふうに受け止めていらっしゃいますか?
市川:おっしゃるように、全員が「やっていこう!」となっていないのも事実かなと思います。そういった中で、我々は管理職の層の巻き込みが重要かなと考えています。 例えば、インクルージョンやダイバーシティに関する研修をやるとなると、一番はじめはダイバーシティ推進室や人事がリードしていくと思います。
結局、自分たちの上司が「やらなくていいよ」「自分は違うな」となっているとぜんぜん進みません。まずは管理職のメンバーたちが理解をする。さらにP&Gは一歩進んでいまして、管理職への研修はダイバーシティ担当部署や人事がやりますが、その同じトレーニングをさらに下に落とすのは管理職の人たちに任せています。
自分でプレゼンテーションや研修をするとなると、理解を深めないといけません。それに、普段の言動とのギャップがあると「研修ではこんなことを言っていたけれども、実は言っていることとやっていることが違う」みたいなことにもなるので、マネージャーも自分たちの行動を変えていこうとします。
そういう意味では、現場の人たちをいかに巻き込むかということが、浸透させていく上ではすごく大事かなと思っています。
志村:なるほど。ありがとうございます。いかに推進者側の立場にしていくかということが一番のポイントだということですね。
ただ、巻き込んでいくときに、素直に受け止めて推進していこうと思ってくれる人もいれば、そうじゃない管理職の方もいると思います。現場の管理職の方を推進する立場にしていくというプロセスの中で、うまくいかなかったときや失敗パターンがあれば教えてください。
市川:そうですね。いろいろあると思います。大きいのは、元々どこを期待値にセットするかというところだと思います。
先ほど申し上げたように、もちろん、ビジネスのためにすごく正しいことですし、そういう結果が出ているので、私たちはそれに対して自信を持っています。
じゃあ、ダイバーシティ&インクルージョンは、今月の売上に繋がるか、半年後の結果に見えやすく出るかというと、そんなに簡単なものではありません。
営業の部署もそうですが、もう少し目の前の部署や、半年の数字で追っていくと、それがなかなか動きづらいということはあります。
さらに、ダイバーシティとインクルージョンというのは、そう簡単なものではありません。誰しも、自分と価値観が違う人とうまく働くということは、覚悟も必要です。ダイバーシティがなくて、自分とまったく同じ考え方で同じゴールを目指して働ける人は、物事の進み方は早いと思います。だから、最初はそれでも良いと思います。
でも、それだといつか頭打ちになってしまう、天井がきてしまうからこそ、固定観念を持っていない違う人たちを入れていかないと組織というものは中長期的に発展していかないという考え方があります。
そういう意味では、最初に期待値のセッティングをする。「これは半年後の売上にはなりません。最初はつらいんです」ということを理解した上で進める。そうしないと「ほら!やってみたけどなんにもならないじゃないか」ということが起こり得るんじゃないかと思います。
ダイバーシティをプロジェクトに活かすには
志村:管理職を巻き込んでいくプロセスや進め方についても、質問を頂いています。推進のステップとして、一番最初は、女性だけのグループで集まって検討されていた過去があると思います。
それは、結果的に必要なプロセスだったのか。それとも、実は間違いだと気づいたのか。ご回答としてはどうなりますでしょうか。
市川:間違いだったというよりは、やっていく上で学びながら「こういうこともしていかないといけないよね」というふうに軌道修正したり、広げたりしていけたのかなと思います。
ただ、今もう一回同じことをやるなら30年はかからないだろうなと思っています。
志村:今からはじめられる方がいるとしたら、そういう推進チームにも女性だけではなく、男性も含めたダイバーシティのある状態からスタートしていくのがおすすめだということですね。
市川:そのとおりだと思います。私は、去年まではずっと営業のチームにいたんですね。だから、午前中は数字の売上をつめて、午後はこういうトレーニングをするみたいなことをやってきたんですよ。
そうすると、現場の人と近いので、すごく浸透もしやすいかなと思います。そういったことを、その役職の人だけに任せるのではなくて「皆で取り組まないといけないんだよ」ということを浸透させることが大事かなと思います。
志村:ありがとうございます。先ほど、推進していくときに、半年後のビジネスの成果に繋がらないという期待値のコントロールの話があったと思います。ビジネスに繋げるという観点で、イノベーションのお話についても質問がきています。
製品開発におけるチームビルディングのポイント
志村:「製品開発をするときのチームについて。例えば、女性向けの商品を開発するときも、男女混ぜて、男女に限らずダイバーシティを持たせて開発するのか」というご質問です。
市川:それは目的次第かなと思っています。私たちが一番気をつけなければいけないのは、無意識の偏見を持たないようにすることです。だから、女性向けのシャンプーだけれども、もしかしたらお客さまの中には女性じゃない方もいらっしゃるかもしれないし、男性の方もいらっしゃるかもしれないし、トランスジェンダーの方もいらっしゃるかもしれない。
特にコミュニケーションは気をつけないといけないです。商品開発の中でも、勝手に輪を狭めるということはないようにしなければならないなと思っています。
ただし、あまりにも「誰しも」というふうになってしまうと、商品のコンセプトやターゲット層がずれてしまうこともあるので、そのへんはバランスをとりながらやるという形だと思います。
志村:なるほど。ありがとうございます。
私もずっとマーケティングの領域に携わって仕事をしてきたので、特にtoCになってくると、その商品が男性向けなのか、女性向けなのか、世代はどこなのか、コアターゲットを決めないとコンセプトづくりも開発も進まない部分があると思います。そこを理解できる人は、メンバーに必ず必要だなと思いますよね。
ジェネレーションギャップを埋める取り組み
志村:続いての質問です。
「ジェネレーションギャップを感じるシーンはありますか。もし、ギャップがあるのであれば、ギャップを埋めるような取り組みをされていますか」ということです。40代、50代の従業員の人たちと、最近入ってきた20代の従業員の人たち。そもそも背景、バックボーンがぜんぜん違うと思います。そこは、研修の中で工夫されているポイントはありますか?
市川:まさに、ジェネレーションというのは、ダイバーシティの一つだと思っています。そういう意味では、お互いを理解しあう。完全にその人たちの考えに共感するというところまでいかなくても、どういった考えを持っているのかを理解して、それに対する正しい言動をするということはできると思います。
そういう意味では、まず、ジェネレーションギャップを理解することはすごく大事だと思っています。
弊社で具体的にやっている活動を二つくらい紹介させていただきます。これはジェネレーションだけの話ではありませんが、まず一つ目は「こういうことを考えていますよ」ということを討議したり、共有したり、気づきを与えるトレーニングがあります。
そういうところで「若いジェネレーションの人たちはこういうことを考えているんだ」というふうに改めて理解をする。上の人たちが理解することもあると思います。逆に下の人たちは「上の人たちは化石時代の人たちだから」と思わないで「なんでそう思っているのか」をお互いに理解しあう。そういったリフレクションのセッションを持つということをやっています。
もう一つは、より小さいグループでリバースメンターというものがあります。
私はもうけっこう上の年齢になるんですけれども。例えば、新入社員くらいの子に、普通は私がメンタリングをしますよね。
逆に、私が若いメンバーの方から「どうして若い人ってこういうふうに思うの?」「こういう場合はどうしたら良いと思う?」といろんなアドバイスをもらう。お互いの溝を埋めるアクションとして、リバースメンター制度があります。
志村:ありがとうございます。リバースメンターの例は、すごく面白いなと思いました。一方で、若手の人たちから、年代が上の方たちに対してアドバイスみたいな話をするのは、変な忖度が入ってしまうのではないかなと思いました。
それをある程度、見越してはじめられたと思うのですが、うまくいかなかったことや、工夫されたことはありますか?
市川:これは企業カルチャーなので、言ってすぐにやろうというふうになれるかは分からないんですけれども。
元々P&Gは、1対1で上司と話すこと、上司の上司と話すこと、自分のチームとは関係ない人をつかまえて話すことというのが、企業カルチャーとして醸成されているんですね。
そういう意味では、私が入社したときから、そういうことはあっても良いんだよと思っていたので、いちから取り組もうとなると想像が難しいかなと思います。
志村:最近で言うと、心理的安全性の担保みたいなことを言われていますが。P&Gでは昔から大事にしてきたという背景があった上で、リバースメンターの制度も成り立っているということですね。
市川:そうですね。でも、何もやらないよりは、ちょっと失敗しながらでもやるというのは、前に進む上ではありだと思います。
志村:ありがとうございます。先ほどおっしゃられたように、P&Gが歩んできた30年を5年くらいで目指していくというところにおいて、その第一歩目が、心理的安全性。そういうところからスタートしていかなければいけないということですよね。
市川:そう思います。
自分ごと化のポイントは?
志村:セッションテーマ二つ目「自分ごと化のポイントは?」と関わるご質問を頂いています。先ほどのジェネレーションの話もあるんですけれど、共感することと理解することは違うという話が、一つポイントとしてあったかなと思います。
自分ごと化するというシーンにおいては、理解だけではなく、ある程度の共感も必要なのかなと感じます。
直前ミーティングでお話をさせていただいた中で、特に男性は、ダイバーシティの対象に自分が含まれているとあまり思っていないというお話が出たのが印象的でした。皆がダイバーシティの対象であるというお話をもう一度お聞かせいただけますでしょうか。
市川:ダイバーシティって、特に今の日本では「女性だけのえこひいきの話か」となりかねないかなと思うので、男性がそういうふうに思っているということも不自然なことではないかなと思います。
ただし、先ほども言いましたように、ダイバーシティは多様性のことなので、ジェンダーもその一つです。それ以外にも様々な多様性があると思います。簡単な例でいうと「私はお酒が飲めないから、飲み会の場の輪に入っていけない」「私はたばこを吸わない」「私は○○大学出身じゃない」とか、いろいろあると思います。
男性でも女性でも、何がしかの輪に入れず「ここでは居心地が悪いな」「ここではパフォーマンスが最大限に発揮できないな」という経験は絶対にあると思います。
私たちの研修の中では、まず、そういった経験を洗いざらい話してもらうところからはじめます。「過去、自分がインクルージョンされた経験についてお話ししてください」「逆に、インクルージョンされなかった経験もお話ししてください」とディスカッション、ワークショップをやります。
そうすると、大概インクルージョンされなかった経験や、上司の悪口がすごく盛り上がるんですね(笑)。そういうことで「あ、こういうことなんだ」とまず理解をする。だから取り組みをしなきゃいけないんだということで、まず一つ自分ごとにする。
その上で、いろんなダイバーシティがあって、それを尊重しなきゃいけない。完全に共感をすることは難しくても「これは大事な取り組みなんだから正しい言動をしていこう」ということに引き込むことはできるのではないかと思います。
志村:なるほど。ありがとうございます。今のお話を聞いていて、思い出したことがあります。
大人になってくると、自分がインクルージョンされていないシーンをうまく受け流すスキルが自然と身についてしまって、日々なんとなく受け流しながら生活しているので、自分がダイバーシティの対象になっていることに気づかないのかなと思いました。
中学生や高校生、子どもの頃を思い出すと、ハブられるということがあるじゃないですか。あれがインクルージョンのスタート地点。実は、もっと子どもの頃から、皆、そういう経験はたくさんしているんじゃないかなと。
市川:そのとおりだと思います。社会人になって、趣味のような活動であればそこから身を引けば良いわけですが。仕事環境は、引くわけにはいきません。仕事をしていくということを考えたら、そういった環境づくりをしていく。
自分が受け流してなんとかなるんだったら良いかもしれませんが。やっぱり、そうではないと捉える人がいるんだったら、バリアを取り除いてあげることによって、その人の一番良いところを引き出してあげるというのがすごく大事かなと思います。
志村:ありがとうございます。自分ごと化のポイントで、今はミクロのところまでお話を進めていたんですけれども。ご質問をマクロな視点で頂いています。
「代表からのスピーチ、社内スピーチなど、当社もやっています。ただ、それでも本質、根幹的な部分で浸透しないのはなぜなのでしょうか」と。これは、弊社のお客さまからもすごく頂く相談だったりします。
トップメッセージを行っていない会社はほとんどないと思います。御社も、トップメッセージを強く発信されていると思いますが、現場の従業員まで浸透するか、しないか。分岐点はどういうところにあるのでしょうか。
市川:二つくらいあるかなと思っています。まず一つ目は、トップが言い続けることがすごく大事だと思います。トップが新年の抱負とかで「ダイバーシティ&インクルージョンはすごく大事です」と言っても、そのまま何も起きなかったら、そんなのは誰も覚えていないですよね。
「ホームページに記載しています。だから、私たちはやっています」というのでは、なかなか進まないと思います。
そういう意味では、先ほども申しましたように、経営戦略の中に入れて、社長が社長会見や、社内向けの会議のたびにスライドを出しています。ダイバーシティ&インクルージョンに対するメッセージも、繰り返し、繰り返し、トップや経営陣が発信しています。
ポイントの一つ目は繰り返しかなと思います。
もう一つは、鍵を握るのが管理職。トップが言っているだけではなく、現場社員に一番近い管理職の人たちに自分ごと化してもらわないと、社員まで伝わるというのは難しいです。
社員もマイノリティの立場にある人は「やらなきゃいけない」と思うんですけれども。先ほど言ったようにサイレントマジョリティーと言われるような人たちは、自分ごとではないとなかなか進まないということがあります。
先ほど言ったように、管理職自らにその研修をさせる。ダイバーシティ推進室の皆さんや、そういうメンバーではなく、現場の人たちにトレーニングをやってみることを任せるというのも、荒療治かもしれませんが一つポイントだと思います。
志村:ありがとうございます。今のお話は、私もとっても理解できました。対処法として、一つ、継続性。ずっと言い続けることで、本当に重要視しているということを伝える。
そして管理職の人たちを巻き込む。弊社の場合、管理職という言い方ではなく、キーマンという言葉を使っています。自分と距離の近い人からのメッセージのほうが、自分ごと化しやすいというのは、本質的にあると思います。
だから、できるだけ自分に近い位置の人。例えば、自分のチームの上司やマネージャーというポジションだったり、あるいは隣りの部署の年代が近い社員だったり。その取り組みに対してある程度、積極的な人を見つけて、その人をキーマンとして、そこから情報発信をしていくという方法。トップメッセージを下ろしていくときに、すごく重要になると思いました。
市川:すごく良いやり方だと思います。
その人も自分の言葉でしゃべることが大事だと思うんです。会社が言っていることをそのままコピペするのではなく、自分も本当に信じているからこそ自分の言葉でしゃべれる。だから、皆もそれを信頼する。それは、すごく大事だと思います。
「巻き込み活動」を形骸化させない工夫
志村:続いて、三つ目のセッションテーマで「巻き込み活動を形骸化させない工夫」を置かせていただきました。今のお話とまさに繋がる部分かなと思います。
管理職の人たちを巻き込んでいくための活動・施策を、推進チームの人たちはいろいろと実施されていると思います。
現場の人たちの熱量が高いうちは、施策を推進する側も楽しんでやれると思うのですが、響かなくなってくるタイミングや、ネタ切れのタイミングも発生してしまうと思います。
そういうときに形骸化しがちな会社さんはすごく多いのではないかと思います。御社の場合は、約30年間取り組まれているという実績があるので、そこを形骸化させない工夫はあるのでしょうか。
市川:そうですね。マンネリ化するというのは、私たちでもすごく課題に思っています。そういう意味では、先ほど申し上げたように、まず一つはトップや経営層が何度も同じメッセージを発信する。
私たちは1年間の中で「E&I月間」というのがあります。そこに新たなネタを持ってきて、社内や社外の人のスピーチを聞く。コンテンツをリフレッシュしながら、皆さんを巻き込んでいくということをやっています。
あとは、我々は経営戦略である以上、KPIを持っています。そのKPIの一つに、従業員の満足度があります。
年に1回、従業員の満足度調査をやっている中で、Equality&Inclusion(平等な機会とインクルーシブな世界の実現)に対する取り組みをどのくらい評価するのか。これが部署別に出るようになっています。
ですからマネージャーとしては、自分のチームのスコアが良くなかったか気にしなければなりません。そういったデータやコメントを見て、はっとする瞬間が1年に1回あります。そういったことをきっかけに、リフレッシュし続けるという形でしょうか。
志村:ありがとうございます。コンテンツをリフレッシュするということ。「成果をすぐに出すのは難しいけれど、どういうKPIを持っているのか」というご質問もありました。ここが、まさに、サーベイの中で満足度を調査していくというところですかね。
市川:そうですね。
志村:今おっしゃられたように、定量的な満足度は数字で出ると思うんですけれど。そこに対して、定性的なコメントもちゃんとついてくるということが、非常に重要だと思いました。
市川:そうですね。あとは、数字だけではなく、活動指標でも「どういうイベントを何回やる」とか「そのときの会議の満足度はいくつ以上」とか。あとは「外部にもそういうことを認めていただくために、こういう賞の受賞基準にミートできるように活動しましょう」ということはやっていますね。
志村:受賞みたいなことも、一つの目標に設定することで、やる気が起きやすくなりますよね。
市川:どこに向かって走っていこうかというのがクリアになりますね。
「無意識の偏見」を取り除くための工夫
志村:管理職を巻き込んでいくということが、今日の大きなポイントとしてあると思います。
管理職の無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)を取り除くために、どういう研修や考え方の普及をしているのでしょうか。
市川:ものすごく簡単に言ってしまうと、誰しもアンコンシャス・バイアスを持っているとうことを常に認識しながら言動しようということです。それはどうやってやるのか。
自分がどういう背景に生まれ育ってきているからこそ、どういうことが起こり得るということを、皆ワークショップ形式で話しながら、自分で気づいていく可能性が高いなと思います。
例えば、奥さまが専業主婦でずっとやってこられた男性の方でしたら、自分の奥さまだけがサンプルになっているので「女性は家にいるということを本心では望んでいるんじゃなかろうか」とか「産後は子育てしたいだろうから、あまりチャレンジングな仕事はしたくないに違いない」とか、そういうバイアスを持っている可能性があります。
そういうことについて「こういうことに陥りやすいから気をつけていこう」と学んでいく研修ですね。
志村:なるほど。ありがとうございます。今のが管理職の方々に理解してもらうための一つのスキルということですね。
経営層の説得に有効なデータの活用法は?
志村:今度は逆で、御社のプロセスの中でも、経営層の気づきというところが、スライドで入っていたと思います。そこについてもご質問を頂いています。「ビジネスに繋がることを経営層に理解してもらうために有効な説明方法やデータの活用はありますか」ということです。いかがでしょうか。
市川:二つあるかなと思います。経営層の方が「これをやっていかなきゃいけない」と信じるに値するには、一つはデータ。経営者の方なので、ビジネスを伸ばしたいと思っていらっしゃるでしょう。
そのためには、データとして、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでいる企業と、そうでない企業の経営指標がどのようにギャップがあるのか。それはネットで調べるだけでいくらでも出てきます。それこそ、オフィシャルなコンサルタント会社のレポートもございます。
そういったものを使う。「今はすぐに結果が出るものじゃないかもしれないけれども、この会社を5年後、10年後も発展させていくとなったら、取り組まないといけないんです」ということを数字でプレゼンするというのは一つかなと思います。
もう一つ。やはり経営陣の方も、何かしら人事戦略についての悩みはお持ちだと思います。
例えば、良い人がなかなか就職してくれないとか、良いと思っていた人がすぐに辞めちゃうとか。ダイバーシティと言うと、ものすごく壮大なものに感じられるかもしれませんが、経営層の方が悩んでいる身近なことはあると思います。
それに寄り添ってあげる。「だから、ダイバーシティ&インクルージョンをしなきゃいけないんですよ」「それをやることで良い人が集まってくるし、良い人の定着率も上がるんですよ」と。その人にとっての具体的なメリットに結びつけてあげるということが、腹落ちしやすい一つの要素になるんじゃないかと思います。
志村:そうですよね。世間話的なときによく聞くのですが、優秀な方がよく言う「経営層が持っている課題と自分がやりたいことをいかに結びつけて話をするか」ということ。それは、どんなプロジェクトでも共通なんだと思いますね。
なぜ、管理職になりたくないのか
志村:続いて、女性の管理職比率の話です。
「女性の中でも管理職になりたい方、そうでない方もいらっしゃると思います。女性管理職比率の向上という観点では、具体的にどういった環境整備をされたのでしょうか」ということです。
貴社はすでに3割以上、女性管理職だということですが具体的にどういうアクションをされてきたのでしょうか。
市川:一番大事なことは、管理職になりたくないという女性もいると思いますが「なぜなりたくないのか」を深掘りすることです。
今、言われていることですが「母親・妻としての家での責任はそのままに、仕事を完全に乗っけてきて」というのだと、そんなのはスーパーウーマンじゃなきゃできないということになってしまったり。ないしは、今いる管理職の方々が、自分がどう見ても同じふうにはなれないと思うと、それはギャップを感じることだと思います。私が入社したときは、女性の数も少なくて、管理職になりたいなんて一回も思ったことがなかったんですよ。
なぜなら、管理職の人は、背広を着てネクタイをびしっと締めて、得意先ともゴルフや飲みに行って、すごく威厳がある素晴らしいリーダーたちで、私はああいうふうになれないなと思っていたからです。そういう意味では、自分もバイアスを持っていたと思います。
だから「なぜなりたくないと思っているのか」を正しく理解することが、まず第一歩。それに応じた、必要なサポートなり、制度なり、スキルなり、そういったことを考えていくことが必要だと思います。
志村:制度面だけではなく「上司たるものは」みたいなところ。それは、社風やカルチャーに出たりもすると思います。そういうところもセットで変えていかないといけないということですね。
市川:そうですね。先ほど言ったカルチャーのところがすごく大事だと思っています。
働く女性がパートナーの理解を得るには
志村:今のお話の冒頭で言われた、家庭内の部分に関しては会社としてはなかなかサポートが難しいと思います。
託児所を提供するというサポートは一定あると思うのですが、そこはパートナーとの関係性がすごく大きいと思います。そういうプライベートな課題もあるのではないかと思いましたが御社もそうした壁にぶつかられたことはありますか?
市川:ぶつかりますね。
うちの会社ではこういう考え方をしているし、それに向けて自分もキャリアを歩んでいきたいと思っているけれども、なかなか配偶者の方の会社は同じカルチャーではないのでギャップがあるというのは、よくある話ですね。
相手側の会社を変えることはできないので、本人が相手としっかりと話す。自分がどれだけ仕事に対してパッションを持っているかとか、仕事を続けることのメリットとか、そういうことを話し合っていただき、会社はできるサポートをしていくという形ですね。
志村:ありがとうございます。先ほど資料の中でもあった「LEADING THE FUTURE OF JAPAN」というのは、すごいところに斬り込んだなと思います。家庭にピンポイントで会社が入ることは難しいと思いますが、P&Gが日本全体のダイバーシティ&インクルージョンを推進することによって、その家庭にも効いてくるというのは、当然、起こり得ることだと思います。もはや、そこの領域にも入り込んでいるのではないかと。
市川:まだまだ、そんなところにはおこがましいですけれども。まさに、私たちが、こうして社外にノウハウを提供しているというのはそういうことですし。やはり、相手の会社を変えることはできませんが、そういうことをきっかけに社会が変わっていけば、私たちがやってきた取り組みも無駄にならないと思いますし。こういった社外のパートナーを持つ方の問題も少しずつ解決できるのではないかと思います。
志村:素晴らしいビジョンですね。
女性の活躍推進がプレッシャーになることは?
志村:先ほどの女性活躍の話でも出てきたところにも繋がるご質問です。女性活躍を良かれと思って推進しているのに、それによって逆に女性にプレッシャーを与えてしまうというケースについて。
管理職を目指す女性もいれば、目指したくない女性もいる。先ほどのお話の中では、目指したくない人の理由を深掘っていくことによって、そこの障害をできるだけ取り除いてあげるというお話もありました。
その活動そのものが、女性にプレッシャーを与えてしまうということについて、どのようにケアされているのでしょうか。
市川:そうですね。明らかになりたくないと言っている人にならせても、あまり良いことはないと思います。
私たちも「できると思うよ」と背中を押してあげることはもちろんあるのですが、頑なになりたくないという人に対して強制するということは違うかなという気がしています。
なぜキャリア志向が低いのか。管理職になってからが大変だと思っているのか、男性陣からサポートをもらえないというイメージがあるのか、自分が特別扱いされていることに関して居心地悪く感じてしまうのか。いろいろな理由があると思います。それも全部起こり得ることだと思います。
いくつかの例をつくっていき、先陣を切った先輩の女性が、どういうふうに思っていたのか。なって良かったことについてお話を頂く機会を設ける。下の人から見ると、上の人はすごくなんでもできて、私にはできないというふうに捉えがちなケースがすごく多いと思いますが。その人だって、いろいろなことを乗り越えてきた。
私も管理職になりたいと思ったことは一度もないと言いましたが。様々な先輩、男性の先輩、女性の先輩から、いろいろな話を聞くにつれて、チャレンジしてみようかなと自分の考えが変わってきたこともあります。
だから「なるとこんな良いこともあるよ」と。私も、実際になって良かったと思っています。見える世界も違ってきたし、チームや部下を育てることにも今までとは違ったやりがいを感じました。今ハードルに感じていることを理解してあげて、取り組んであげることかなと思います。
LGBTQ+を受容するための土壌づくり
志村:貴社の掲げている3つの柱で、LGBTQ+の話がありました。まだ、日本の企業でLGBTQ+の問題に直面している会社さんは、すごく少ないと思います。御社の場合は、すでに29カ国の人たちがP&Gジャパンで働いているということで、文化背景みたいなところが出てきたりすると思います。
LGBTQ+を受容するための土壌づくりでやられていることを何かご紹介いただけますか?
市川:ありがとうございます。
実は、P&Gではいろいろな国でLGBTQ+のネットワークがあります。それはどうやって発足しているかというと、LGBTQ+の当事者の方が、困っている人同士でネットワーキングしようというところからスタートしています。
ただし、日本はケースが違います。社会的な背景もあり本人たちの声からスタートしているわけではありません。
統計学上、LGBTQ+の方々は、人口の8~10%くらいいらっしゃる。日本の六代苗字で、鈴木さん、田中さん、高橋さんなどがいらっしゃると思うのですが、六大苗字と同じくらいの構成比がいらっしゃるということです。
皆、仕事をしている上で、鈴木さんや田中さんや高橋さんと働いたことがあると思うのですが。「LGBTQ+の方と働いたことがありますか?」と聞くと、皆「ありません」と言います。それは、見えていないだけです。本人がそう言っていないだけです。
本人が何も困っていなかったら良いですが、その人たちが自分らしくいられる環境かというと、クローゼットの中に入っていて、自分をまだカミングアウトできていないことも多い。
カミングアウトすることが正しいというわけではありませんが、その人にとって働きやすい環境をつくることができていますかということに関して、私は大きな疑問がありました。
ですので、会社の取り組みとして、こういうネットワーキングをしましょうと。自分たちは当事者ではないけれども、会社の他の国ではどういうことをやっているのか、他の日本の会社ではやっているのかを整理して、制度をつくったり、カルチャーをつくったりしていきました。
そういうことをやっていくうちに、当事者の方から「ネットワークに加わらせてほしい」「当事者の意見を言わせてください」ということが起きてきました。こういう形で進めてきたという経緯があります。
LGBTQ+の方やPWDの方に対する合理的な配慮の基準は?
志村:今、ご質問も頂いていて、私も気になったのですが「LGBTQ+の方や、PWDの方に対する合理的な配慮の基準のようなものは明文化されていますか」という質問です。ネットワーキングをすることによって、具体的な事象は、少しずつ見えてくるところがあると思います。合理的な配慮という言い方はまさに分かりやすいなと思うのですが。
市川:そうですね。一般的な「同等の環境をつくらなければいけない」「皆が最大限に能力を発揮する環境をつくらなければいけない」ということは言っているんですけれども。じゃあ、具体的に「車椅子の方がいるから、こういうことをしましょう」ということまでは書いてはいません。私たちがこれから取り組んでいかなければいけません。
これもケースバイケースだと思います。PWDの方だって、いろいろなダイバーシティがあると思いますし。1個1個詰めていくというよりも、そういった方々のニーズを正しく理解して、それに対応できることは対応する。
すべてができることばかりではないと思いますが、取り組んでいくことが大切だろうと思っています。
LGBTQ+の方に対しては、同性パートナーは、法的な婚姻関係にかかわらず、配偶者とみなし、慶弔休暇、転勤規定等該当する制度を提供しています。法的な婚姻関係があることが対象のもの(健康保険制度、年金制度等)以外はサポート対象内であり、別性の夫婦(または法的な婚姻関係)と同等の権利を付与するということはクリアに書いています。
価値観の異なるメンバーとの議論について
志村:もう一つ「価値観の異なるメンバーとの議論は発散する可能性が高いと思います。スキルを身につけることで成果を出すと理解しましたが、結論を出す、成果を出すためのパーパス、行動指針などとセットで進められているのでしょうか」ということです。
戦略とセットというところは、今お話があったと思います。パーパスや行動指針といったところも、一緒に打ち出しているのかということですね。
市川:パーパスや行動指針があるかないかと言ったら、あります。私たちは、PVP(Purpose, Values and Principles)という、全社員が持っている行動指針があります。それを普段から、私たちは意識するように、DNAに組み込まれています。
いろんな意見が出尽くしたあとに、会社として一つのチョイスをしなければいけない、戦略をとらなければいけない。そのときに、誰がそれをする役割の人なのかというのを決めないままにやると、価値観がとっちらかって、皆が言いたいことだけ言って終わったみたいなことになってしまうかなと思います。
志村:ありがとうございます。やっぱり、P&GさんのPVPのように、行動指針やパーパス、あるいはビジョンというのは、本来価値観の異なる人たちがコラボレーションするためにも重要なのかなと思います。
リアルでは、そこまで遡って話をすることはないとおっしゃっていましたが、そういうもの(PVP)からカルチャーというのができてきていると思います。最後に判断、意思決定をする人が、そういったビジョンや行動指針のようなものを内在化できていれば、おそらく、そこに沿った判断ができると思います。
そうすると、自然と戦略に則った結論というところに収束していくのではないかと思いました。
ここで、セッションを締めさせていただきます。ありがとうございました。