INDEX
1960年代からはじまり50年以上も存続しているベルマーク運動は、だれもが知っている社会運動のひとつ。この教育支援のパイオニア「ベルマーク運動」と、eコマースの「アフィリエイト」を組み合わせた、もうひとつのベルマークがあるのをご存知でしょうか。
その名も「ウェブベルマーク」。これは協賛ショッピングサイトでの購入金額に応じて協賛企業が支援金を負担するシステムで、一部が購入者自身が選んだ学校、一部が東北の学校の支援に回されます。
発案者は、博報堂でストラテジックプランニングディレクターを務める、今宿裕昭(いましゅく・ひろあき)さん。東日本大震災を機に、継続的な東北支援の仕組みをつくるため、ベルマーク教育助成財団の協力をあおぎ、5社の協賛を得て「一般社団法人ウェブベルマーク協会」を2013年に設立。常務理事として活動を開始しました。
子どもが通う学校のボランティア活動であるベルマーク運動を、被災地支援という社会貢献活動に応用し、新たな価値をつくっているウェブベルマーク。この活動はまさに、企業が生活者、地域や社会と良好な関係をむすぶPublic Relationsの体現だと私たちは考えました。
今宿さんはウェブベルマークの活動を通して、どのように社会と関係をむすび、貢献しているのでしょうか。近年注目されているCSV(共通価値の創造)の観点からも、お話をうかがいました。
Profile
今宿 裕昭さん Hiroaki Imashuku
一般社団法人ウェブベルマーク協会常務理事
一般社団法人親子健康手帳普及協会理事
株式会社博報堂 MD統括局 ストラテジックプランニング ディレクター
1964年3月17日、兵庫県西宮市生まれ。兵庫県西宮今津高等学校、慶應義塾大学理工学部卒業。1987年マツダ株式会社に入社、1992年株式会社博報堂に転職。ストラテジックプランナー、クリエイティブディレクターなどを経て、2013年から朝日新聞社など5社の東北支援共同プロジェクト、ウェブベルマーク協会の常務理事に就任。東日本大震災で被災した小・中学校の支援を継続している。「三方よし:より良い社会づくりに広告費を役立てる」がモットー。
ベルマーク運動の伝統と信頼の力を借りて、長く続く東北支援の仕組みを
─ PTAに参加されている方々対象のベルマーク運動の説明会に、今宿さんみずから登壇されているとか。
今宿裕昭さん(以下、敬称略):はい。ベルマーク運動の説明会の中でウェブベルマークの説明をしています。だいたい新年度がスタートした5月から6月に集中していて、全国95会場であるんですね。できる限り私が行って、PTAのみなさまにご説明をしています。
─ 話術が磨き込まれていきますね!ウェブベルマーク活動、もともとは東日本大震災をきっかけに、東北を支援する仕組みをつくろうと思い立ったのがはじまりとのことですが。
今宿:そうなんです。震災が起きたとき、自分が携わっている広告という領域で、何か役に立つことができないかなと考えました。
当時は私も募金をしましたが、それは一過性のもので終わってしまい、継続するのがむずかしいと感じました。そこで、ウェブショッピングという日常の習慣に組み込んでアフィリエイト広告費を支援金に変えることで募金を継続的に行う仕組みを思いつきました。
その集めたお金をどこに送るのか考えあぐねていたときです。ちょうど新聞に「ベルマークで東北支援」の記事を見つけて、これだ!と思いました。ベルマーク教育助成財団を経由することで、確実に東北の学校で使ってもらえるし、利用者にとっても用途が明確です。
─ たしかにベルマーク運動なら誰でも知っていて、信頼性も高いですね。
今宿:自分でプラットフォームを立ち上げたところで、信頼度は低い……。東北支援にも、イベントやチャリティ販売などいろいろなかたちがありますが、私は直接的なお金というかたちで支援したいと思いました。だからベルマーク教育助成財団の協力をいただくために、すぐに連絡をとり提案しに行きました。
─ すぐに話に乗っていただけましたか。
今宿:いやいや、とんでもない。導入にはすごく慎重でした。それは当然ですよね。1960年代にはじまったベルマーク運動が、何十年にもわたって築いてきた伝統と信頼を損ねるわけにはいきませんから。
─ よくご理解いただけましたね。
今宿:そこは粘りづよく、何度も何度もめげずに通い対話を重ねました。同時に協賛企業も募る必要があったので、200社近く回り、発案から2年をかけてようやく実現することができたんです。
すぐ広まるだろうという考えは甘かったーー草の根活動を続けて地道に輪を広げていく
─ サービス立ち上げからは、とんとん拍子に?
今宿:それがですね……フタを開けてみると、なかなか一筋縄ではいかないことがわかりました。
─ すごくいい仕組みだと思うので、広がるのも早いと思っていました。実際、私も、すぐサイト登録しましたよ。
今宿:こちらは熱量高く活動をはじめて、すぐ利用していただけるに違いないと思っていたんですけど……甘かったですね。
これはインターネットサービスの鉄則だと思っているのですが、広告や販促なしでも浸透していくサービスは、生活者の手間が省ける仕組みになっている。SNSの「いいね!」やスタンプが好例ですね。文字を打たなくてもスタンプひとつ送れば通じる。
このサービスの場合、ウェブベルマークのサイトを経由してから買いものをはじめなければならないので、手間を省くどころか、ひと手間が増えてしまうんです。
ちゃんと活動の内容を理解していただけて、このひと手間に大きな意義があるんだと思っていただければいいんですけれど、その段階にいくまでが、ものすごく大変だということを痛感しましたね。
─ 商品についているベルマークを切り取り、集計して、というベルマーク運動と比べると、ネットショッピングという生活の中の動作なので、かなり楽にはなっていると思うのですが、ひと手間増やしてしまうことが容易ではなくなってしまうのでしょうか?
今宿:そうなんです。そうなると、自然発生的に利用が広がっていくのは難しい。
その壁を乗り越えるためには、やっぱり地道に広報活動をしていくしかないのかなと思いましたね。仕組みはデジタル、でも普及活動はアナログが一番いいことがわかりました。
─ そこで、説明会の全国ツアーがはじまったんですね。
今宿:説明会も、今年で5年目。最初はとても緊張しましたし、私が言いたいことを一方的に押しつけている部分もあったと思います。
でも、会場でみなさんの考えていることを聞いたり、サイトのお問い合わせに目を通したりしているうちに、どんなことをお伝えするのがいいのか、だんだんわかるようになってきましたね。お問い合わせにも、一つひとつ私からご返答するようにしています。
─ そこから見えてくる、生活者の気持ちはどのようなものでしたか?
今宿:ベルマーク運動は、学校と子どもと親、地域、みんなで回している仕組みなんですよね。学校で子どもがベルマーク運動のことを教え、それを家庭で子どもが親に伝えて。親は子どものために、積極的に様々な商品についているベルマークを集めるようになる。
ウェブベルマークの場合は日々の生活の中で個人で行っていただく活動なってしまうので、どうしてもその動機づけが弱くなる部分がある。だから、なるべく学校と近いところで情報に触れる機会をつくったほうがいいのかなと思っています。
今年からは、学校に掲示していただくためのポスターを制作しました。学校名と、ベルマークを集めて手に入れたいものを、目標として自分たちで書きこめるようになっています。
─ 学校を訪れる保護者の目に触れる機会が増えるのはいいですね。
今宿:ウェブベルマークの利用件数は、説明会がある新年度の5月・6月で大きく伸びて、夏休みに入ると落ち着きが見られ、3月くらいにおとなしくなってしまう傾向があるんですね。広報活動としては地道でアナログ……でも、このポスターを貼り続けることで、どんな風に変化するか楽しみです。
▲草の根活動が身を結び、参加者は年々右肩上がりに……
学校を支援することが、東北の地域コミュニティ活性化につながる
─ ベルマーク運動では、集めたベルマークがどう使われているのかが見えづらいと聞いたことがあります。
今宿:なるほど。それも学校によって異なり、ベルマークでこの教材や備品を買いましたとしっかり報告している学校もあります。ベルマーク運動は学校によって活動状況は違います。でもそれゆえに、ベルマーク運動は一校一校と直接つながっている。そこに信頼関係があるんです。
震災の支援は発災から1年、3年、5年といった区切りで終了してしまうものが多い。そのなかで、7年経ったいまでも支援をし続けているベルマーク運動は、東北地方の学校からはすごく感謝していただいているんです。
─ まさに、継続的支援が実践できているんですね。震災後7年経ったいま、東北の学校では具体的にどんなことに困っているのでしょうか。
今宿:大きな被害を受けた岩手、宮城、福島。福島は問題が複雑化していますが、岩手、宮城に関しては、ようやく学校再建のめどが立ったと聞いています。プレハブの仮設校舎も無くなりましたし、運動場にあった仮設住宅もなくなりました。
ただ、震災によって一度ぜんぶ壊されてしまったコミュニティは、すぐに元どおりには戻りません。住民数、生徒数もかなり減っています。
そんななか、街に活気を取り戻すにはどうしたらいいか考えたとき、大切なのは学校だと、広報活動をする中でわかりました。学校には子どもが関わり、その親が関わり、そして地域住民が関わる。学校はコミュニティの中心をなしています。学校が元気になれば、街も元気になる。
だから学校からコミュニティを盛り上げようと、学校関係者のみなさんは日々がんばっている。ベルマーク運動は学校にターゲットを定めて支援ができるという意味でも、とても意義が深いものだと思います。
─ 一校一校に対する支援。でも、そこから地域コミュニティへと広がっていくんですね。
今宿:このたびの西日本豪雨に関していえば、被害は非常に広範囲にわたっています。点で散らばる広い範囲を面で支えるというのは、ベルマーク運動が得意とするところ。例えば、被害があった地域を一つひとつ調べて何が必要か調べるには膨大な労力がかかりますが、ベルマーク運動のつながりがあれば、各学校のつながりでまとめて情報を提供してもらうこともできる。
ウェブベルマークにおいても、支援する対象の学校は、自分の子どもが通う学校以外も選択できるので、いまは西日本の学校を選んで支援するなど、状況に合った支援も可能です。
─ 学校に通うお子さんがいない人でも利用できる仕組みなんですね。
今宿:そのとおりです。工夫すれば、いろいろな展開が考えられる。だからこれからの未来に向けても構想を練っているところです。
今宿さんのDNAに組み込まれた、近江商人の「三方良し」ーーこれが企業と社会の価値共創の礎
─ 近年、企業のCSR(社会的責任)において、「CSV(Creating Shared Value)=共通価値」、つまり、企業が本業で社会に貢献するという考え方が注目を集めています。寄付や社会貢献を超えて、CSVは生活者と社会、そして企業がともに価値を生み出していく取り組みです。ウェブベルマークの活動は、まさにこのCSVの考え方を実践するものだと感じました。
今宿:そのとおりですね。ウェブベルマークは、広告費で社会を良くする仕組みだと考えています。たとえば、多くの感動するTVドラマも、広告費をもとにして制作されています。その仕組みは、実は生活者にとってあまり身近ではないと思います。
広告をうまく使えば、社会にとって価値あることを提供できる。その考え方のもと、ウェブベルマークはアフィリエイトの仕組みを活用しています。このアフィリエイト広告費の市場規模は年間1500億円以上、月にしたら100億円以上にのぼります。それをうまく活用したいですよね。
─ 今宿さんは、母子健康手帳プロジェクトも担当されていますね。これも社会にとって良いものを提供していこうという取り組みだと思います。
今宿:博報堂が開発・提供する「親子健康手帳」は、厚生労働省が定める母子健康手帳です。全国の父母や医療関係者の声を聞き、日本の先進的な母子健康手帳の研究を活かし、さまざまな工夫が施されています。別冊には、育児の課題と向き合う上でお母さん、お父さんの役に立つ広告を掲載することによって、自治体への販売価格を半額以下に抑えています。
広告会社である私たちが、広告のビジネスを活かして、生活者、社会にとって新しい価値を創っていく。今後、もっとこういう活動を広げていきたいと思っています。
─ ウェブベルマークの活動をはじめたのは震災が直接的なきっかけですが、もともと広告で生活者、社会をよくしていきたいという思いはあったのでしょうか?
今宿:私の先祖は滋賀県。滋賀の近江商人の商売の極意といえば「三方良し」。「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」。それってむちゃくちゃかっこいいなと憧れていたというのはありますね。ウェブベルマークの活動は、まさに三方良しの仕組み。潜在的にその想いを形にしたのかもしれません。
─ ウェブベルマークの活動、全国行脚も含めて地道な活動ですね。ストラテジックプランナーとしての仕事もしながら、大変だと思いますが。
今宿:大変なのはまちがいないです。でも、私が言い出しっぺですしね(笑)。いろいろな人を巻き込んでここまで進んできましたから、これからもやり続けますよ。そもそも私は、根っこのところで人が好きですし。人に会うのが嫌いな人だったら続かないかもしれないですけど……やればやるほど、利用は拡大していっていますし、やりがいがあります。
どんな子どもでも必ず通う「学校」という場所を盛り上げていくことで、社会全体をもっと楽しいものにしていきたいですね。
これからのPRパーソンに持っていて欲しい「三方よし」の精神
インターネットという現代の仕組みを活用してあらたに生まれたウェブベルマーク。でもその普及活動は想像していたよりもずっと草の根的で、今宿さんが地道に活動の輪を広げているのが印象的でした。
もともとはストラテジックプランナーとして、広告のビジネスに長く携わっていた今宿さん。
近江商人の「三方よし」の考え方がDNAに組み込まれている今宿さんには、利他的なPublic Relationsの精神が根付いていると思いました。
大きく打ち上げるキャンペーンやイベントが注目されがち。でも、生活者や社会に誠実に、そして長く継続していく活動も、じわじわと確実に世の中を良い方向に変えていくのではないでしょうか。
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」。社会課題がどんどん複雑化していくなかで、「三方よし」はこれからのPRパーソン誰もが身につけておくべきマインドだと強く感じました。(編集部)