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ブランドの世界観や、経営やモノづくりをする上で企業が大切にしている価値観を表現する場として注目され始めたオウンドメディア。
ファッション系セレクトショップとして絶大な人気を誇る株式会社ユナイテッドアローズが展開する「ヒトとモノとウツワ」は、お客さまとの接点の“肝”とも言える店舗での対面接客という場と共に、あらゆる角度からカスタマーリレーションズを実践しています。
お客さまとのつながりを生みだすオウンドメディアとして、一貫して「売ろうとしない」姿勢は、他のファッションブランドサイトとは一線を画します。なぜ、どのように違うのか。メディアをつくられた経緯や表現へのこだわり、そして企業として社内外との関係構築において大事にされていることについて、経営企画部 CSRチームの玉井菜緒さんにお話を伺いました。
Profile
玉井 菜緒さん Nao Tamai
株式会社ユナイテッドアローズ 経営企画部 CSRチーム
1999年、株式会社ユナイテッドアローズに入社。情報システム部門にてコミュニケーションツールの企画・運用を担当した後、2004年より同社の社会・環境活動の推進に従事。その後、CSRに関わる情報発信、広報活動に携わり、直近は、インクルーシブデザインの発想で世の中を変えていくプロジェクト「041(オーフォアワン)」とのコラボレーションレーベル<UNITED CREATIONS 041 with UNITED ARROWS LTD.>の立ち上げ、運営を担当、経済価値と社会価値を同時に創出する持続的なアプローチに挑戦中。
「ブランド」と「企業」、ふたつの視点で商品を見せていく
——「ヒトとモノとウツワ」は、ECサイトとはまったく別の視点を持ったオウンドメディアですよね。
玉井:端的に言えば、「ユナイテッドアローズのCSRを、できるだけ咀嚼してわかりやすく伝える」という役割を持ったサイトですね。CSRって「企業として社会に向けてどんな価値観をもって活動しているか?」とも表現できると思うのですけど、その中身が見えにくいという傾向がある気がしていて……。
——確かに、CSRっていうとちょっと硬いイメージがありますよね。ドネーション(寄付)とか。
玉井:そうなんです。そういった堅くて限定的な認識を取り払い、やわらかくてとっつきやすい形で社外に伝えていきたい。そこで始まったのが「ヒトとモノとウツワ」のサイトなんです。
一方で、社内報的な役割もあって。弊社にはストアブランドがたくさんあるので、縦軸では情報が一気通貫ですぐに降りてくるものの、横軸の情報はなかなか共有されにくいという状況があったんです。
視点をストアブランドから一旦切り離して、俯瞰的な立場で企業として発信する「ウェブマガジン」があると、その問題解決にも役立てるのではと考えました。
——主語がストアブランド名ではなく、「ユナイテッドアローズ」という企業名になるわけですね。
玉井:そうですね。ストアブランド内でやろうとすると、「商品をお買い上げいただくこと」を目標にしたコンテンツがメインになると思うんです。このサイトは、「売ろうとしない」というコンセプトを持ち、基本的にはほとんどの記事に金額などのクレジットも入れていません。そこが大きな違いなのかなと。
——リンクから商品ページに飛ばす記事も、ほとんど見当たりません。
玉井:仮にリンクを貼るとすると、どうしてもそこに結びつけるための文脈が必要になってしまうんです。それをやることがすべてではないはずだ、と私たちは考えていて。物事には色々な側面があります。
ある服をECサイト内で表現するなら商品のデザインや機能性、コーディネイトを紹介するページになるでしょうし、「ヒトとモノとウツワ」のサイトで表現するなら“モノづくりに携わっている人や背景にあるストーリーを紹介する”という形になる。ストアブランドとして見せることと企業として見せることは、側面が違うと考えています。
サイトづくりの根幹にあるのは「無理して売ろうとしない」姿勢
——「ヒトとモノとウツワ」というサイト名ですが、御社の経営理念でも掲げられているワーディングですよね。そこに込められた意味は?
玉井:基本的な意味づけとしては、経営理念である、ヒト=接客・サービス、モノ=商品、ウツワ=施設・空間・環境とイコールではあるんですが、あまりそこに縛られすぎたくはないと考えています。
さきほどの話ではないですが、私たちが内から考える「ヒト」と、外から当社を見られた時に「ヒト」という言葉から連想されるもの、そこにはおそらく違う視点があると思うんです。そういう意味では、ある程度角度と解釈を大きく持てるような言葉をセレクトした、ということでもあります。
それからもう一つ。私たちの仕事であるセレクトショップって、服を通して常に「&」の価値を提供している企業なんですよね。「ニット&スカート」「スウェット&パンツ」みたいな。その意味でもぴったりくる名前を、ということで、間に「と」を挟むことが決まったんです。
——サイトを拝見して感じたのですが、「ヒト」と「モノ」については、ある程度ストレートにその言葉を形にしたようなコンテンツが多いですよね。対して、「ウツワ」のカテゴリーって結構自由度が高いというか……。
玉井:おっしゃる通りですね。「ウツワ」に関しては、結構捉え方が広いんです。ウツワを「受け皿」と考えた時に、ブランドもウツワだし、エリア・地域もウツワ、国だってウツワになる。それをどこまで広げるか・狭めるか、みたいなところで、ある程度自由度の高いコンテンツになっていると思います。
例えば「母の日」や「父の日」特集の、根本にあるテーマは「お客様に楽しんでいただける読み物を通して、私たちが大切に思う生活文化を伝えること」です。ストアブランドのサイト内では必要のない情報かもしれないけれど、仮に当社の商品を購入する予定のないお客様にとっても有益な情報であれば積極的に伝えていこう、といった姿勢が表れています。
——ああいった読み物を読みながら「どうせ最終的には商品ページにリンクを飛ばすんでしょ」と穿った見方をしてしまうのですが(笑)、それがないと逆に肩透かしを食らった気分になります、いい意味で。
玉井:このサイトをつくり始めた頃にスタッフ同士で話していたのですが、「モテようとしてる人って、モテないよね」、と(笑)。つまり「売ろうとすると結果的に売れない」ということなんですよね。このサイトは、徹底的にその「売ろうとしない」姿勢にこだわろうとしています。
いいコンテンツができた時ほど「クレジットを入れたい」と思ってしまうんですが(笑)、そこをぐっとこらえて、「欲しがりすぎちゃいけない」と戒めています。優先順位を明確にしたほうが、想いは伝わるんじゃないでしょうか。
——そう思います。これまでにつくってきた記事の中で、特に印象に残っているものがあれば伺いたいです。
玉井:どの記事にもメンバーそれぞれの思い入れがあると思うんですが、個人的には、クリエイティブ・アドヴァイザーの鴨志田康人がパリの老舗シャツメーカー「シャルべ」を訪れた記事が印象深いですね。もちろんお客様にとっても興味深い内容になっていると思うのですが、実は店舗スタッフからの評判がよかったんです。
というのも、海外で仕入れてくるような特別な商材について、あそこまで深掘って全スタッフに説明する機会って、案外つくれないんですよ。それがああいう風に記事になったことで、「なぜシャルべのシャツは高額なのか」という理由づけが明確になった。つまり接客ツールとしてもうまく機能したということなんです。
——まさに社内報としての側面ですね。
玉井:そうですね。定期的に公開しているスタッフインタビューや、3月に公開したばかりの全店店長会スナップなんかも、社内報としての側面があるかもしれません。
ただ、もちろんそれだけではなくて。店舗のメンバーを紹介するのは、「お客様に店舗に足を運んでいただきたい」という想いもあるからです。
ECサイトが普及してお買い物環境が自由に選べる時代になりましたが、服を手に入れるという満足感だけではなく、「お客様に心豊かな明日を過ごしていただきたい」という想いで、店舗スタッフは商品やスタイリングをご提案しています。その体験を、ぜひしていただきたいです。
ストアブランドのファンと企業のファン、その境目をなくすハブになりたい
——そこは、決してぶれないポリシーとしてあると。このサイトを立ち上げたことで、何か変わったと感じられることはありますか? 社外からの評判や売り上げの面など……。
玉井:生産地に出向いて取材をさせていただいた際に、その土地の皆さんにとても喜んでいただけたというのは思わぬ収穫でした。私たちが取材をしたことが、現地の新聞に取り上げられるというケースもあったようです。社内だと、各ストアブランドから「ぜひここを取材してもらえませんか」という提案が寄せられることが多くてなってきて、情報のハブ的存在になっているという感覚はありますね。売り上げの面でも、徐々に数字に結びついてきたという実感はあります。
——数字にも表れていますか。
玉井:正直、「売ろうとしない」だけであって、決して「売らない」というわけではないので……。ただ、「売ろうとしない」という姿勢が結果的に売り上げにつながっている、という現象は確かにあって。もしかすると、お客様の購買に結びつくために必要な情報はここにあったのか、と気づかせられることも多くあります。
——逆説的に売れてしまう、ということですね。オウンドメディアの運営って、企画の方向づけなどに苦しむことって結構ありませんか? 私たち自身も、実際に苦労することが多いのですが。
玉井:そうですね……、企業広報としての伝え方とPRとしての伝え方って、ちょっと違うと私たちは思っていて。企業広報というと、例えば「新しいストアブランドを立ち上げました」ということをリリースして取材に対応していくみたいな、どちらかというと受け身としての活動が多い。ただPRの領域になると、その尺度に収まるべきではないと考えていますね。
——攻めの姿勢が必要になってくると。
玉井:自分たちが足を運んでインタビューをして、ビジュアルを考え、コンテンツをつくって発信していく。そう考えると、攻めの広報と言えますね。取材するヒトの気持ちやモノがつくられる環境を深く知り、自社のことを深く理解すると、同じ「おしゃれだね」っていう言葉も重みが増してくる。
私たち自身がそこに喜びを見出しながら発信することで、最終的にすべてのステークホルダーの方に満足してもらえればいいな、と思っています。
——メディアの理想としては、ユナイテッドアローズ社のファンを広げるための場として存在していきたいということでしょうか。
玉井:私たち単体でどうなりたいかというより、ストアブランドのサイトとECサイト、企業サイト、すべてを補完する役割を担っていきたいですね。ストアブランドはストアブランドとしてのファンづくりをし、企業は企業としてのファンづくりをする。その先に、ストアブランドのファンが企業のファンに、企業のファンがストアブランドのファンになっていただける未来がくるなら、こんなに嬉しいことはありません。そのためのハブになるのが、この「ヒトとモノとウツワ」のサイトでありたいと思っています。
どんな時代でもブレない軸は、店舗における顔を合わせた関係構築
インタビューの冒頭に玉井さんに向けたのが「ECサイト全盛となってしまった現在、ユナイテッドアローズとしてどんなことが課題となっていますか?」という質問。
返ってきた答えは「店舗が弱くなってきたからどうしたいか、ではなく、より店舗に近い体験をしていただくためにはどうすればいいかを常に考えています」というものでした。
本文でも触れたように、ユナイテッドアローズがいつの時代も1番大切にしている経営の軸は、店舗におけるカスタマーリレーションズです。
“ヒトとヒト”が顔を合わせて直接対話をする。提供されるのは単純に“モノ”ではなく、その先にあるプライスレスな体験です。まさに“ウツワ”と言い換えられるのではないでしょうか。
決してECサイトではない、「ヒトとモノとウツワ」が体現しようとしているのは、店舗で味わえるような接客の楽しさなのかもしれません。だからこそ私たちはその世界観に惹きつけられ、温もりを感じることができ、もっと好きになれる。
Public Relations、人と人との関係構築の原点は、そんな人の温もりなのかもしれません。(編集部)