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クラブの価値を保つことは、秘伝のタレを守り続けることに似ているーー浦和レッズ・星野高明さん

INDEX

「戦い」というエンタテインメントを提供するプロスポーツビジネスにとって欠かせないのがファン・サポーターの存在。クラブがいかにサポーターとの良好な関係を構築できているかどうかで、試合の勝敗に影響することさえあるほどです。

熱狂的なファン・サポーターを擁することで有名なのが、Jリーグの浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)です。「アツイ」ファン・サポーターの存在を、クラブはどう捉えているのか。クラブの価値創造というビジネス的視点を踏まえつつ、広報部マネージャー星野高明さんに伺いました。


Profile
星野 高明さん Takaaki Hoshino

浦和レッドダイヤモンズ株式会社 広報部 マネージャー

大学卒業後、FA業界にて製造業、各種研究施設等を対象としたセールスに従事。その後、浦和レッドダイヤモンズ株式会社に移り、パートナー営業部に所属。Jリーグ、AFCチャンピオンズリーグ等に於けるスポンサーシップ、マーケティング、選手肖像権管理等の業務を12年間に渡り担当し、2017年4月より現職。


外から見た「ストロングポイント」に、どんな意味があるのか

——浦和レッズに対する率直なイメージですが、超熱狂的なファン・サポーターが毎試合スタジアムを満員にする“成功しているチーム”という印象があります。

星野さん(以下、敬称略):有り難いことに、そうおっしゃっていただけることもあります。また熱狂的なファン・サポーターの方々がスタジアムを真っ赤に染めてくださることが、このクラブの極めて重要なストロングポイントであると思っています。

ただ一方で、クラブ運営という観点では、熱狂的なファン・サポーターの存在に気後れしてしまう方もいるということを理解しなければならないと思っています。

——確かに、はじめて観に行くときは勇気がいるかもしれませんね。

星野:熱狂的なファン・サポーターの方々の様に、好意を抱いてくださっている方々と同じ目線で、内部の僕たちが浦和レッズというクラブを定義することは、一義的にはとても重要なことですが、そうではない方の目線にも立つという考えが不足していたのではないかと実は思っています。

たとえば、食事をしに行った時に店内が常連客だらけで、みんながマスターとの話に興じていて、メニューについてもなかなか聞くことができない。みんなおいしそうなものを食べているけど、あれはどのメニューなんだろう……。そういう状況って、ちょっと居心地が悪いし、また来ようと思えないじゃないですか。

——おっしゃる通りですね。

星野:そういう状況が、知らず知らずのうちに生じてしまっていたのではないかと。そしてもしそうだとすれば、私たちは反省しなければなりません。私は中途採用でこのクラブの一員になり、スポンサー営業の部署に配属されたんですが、入社当時、社内折衝にはかなり苦戦しました。

今になって思うことは、若かったこともあって、私は営業担当者としての立場だけに立って、スポンサー企業の要望をそのまま伝えていたんでしょうね。でも当時は私自身も未熟でそれを理解できていなくて、狭い世界の中で「部分最適」同士の議論をしてしまっていました。こうした議論からは、「全体最適」を見据えた柔軟な発想やそれに紐付く新しい行動というものが生まれにくいのは、ある種当たり前だったのかもしれないと思います。

——企業全体として、視野が狭くなっていたと。

星野:入社当時の私がまさにそうでしたし、会社全体としてもそうした課題はあったかもしれません。私は幸いスポンサー企業という、社外の方々と接する機会が多かったので、社外からの見え方と社内の考え方との間に少なからず存在するギャップのようなものに日々向き合わざるを得なかったんですよね。

仮にですけど、「去年より1試合多く勝ったんですよ」ってアピールしたとしても、チームの戦績以外の面を重視して協賛されている相手だったとすれば「それは良かったですね。で?」となる訳で。そういう中で、僕らは何らかの成果をスポンサー企業から引き出さなくてはいけない。

——星野さんとしては、どんな風に魅力を打ち出して行ったのですか?

星野:大事にしたのは、スポンサー企業の担当者の方に「内側の論理」を押し付けたり、対決して論破するということではなく、その方に社内折衝を行っていただく上での「戦える武器をお預けすることができるか」という視点です。

「うまくいっているチーム」だからこそ生み出せるギャップがある

——チームの戦績以外にどのような面が「武器」になるのでしょう

星野 :例えば、浦和レッズは設立以来、いわゆる「招待券」を極力出さない努力をしているんですが、そこには強いこだわりがあります。昨シーズンの実績でいうと、1試合平均で約3万6,000人の方が来場されましたが、その殆どが有料入場者です。

仮に、招待券を5万枚発券して5万人の観客数を誇るクラブがあったとして、果たしてどちらのクラブの方が協賛する価値があるか?こうした「質」を保ちつつ、13シーズン連続でJリーグクラブ最多の入場者数を記録している「量」も実現できているというのもひとつの「武器」ですね。

——招待券を極力出さない努力をしているとは驚きました。すべてのシートに価値がある。

星野:決して驕った考えからそうしているのでは無く、プロスポーツである以上、お金を払ってでも見る価値があるコンテンツで有り続けるということを自らに課しています。

だから僕はいつしか、チームの勝ち負けに感情を大きく揺さぶられることが少なくなっていったんですよ。正確に言えば、チームや選手たちに対してものすごく強い愛情を抱いていますし、どんな試合でも勝って欲しいと心から願ってます。でもその気持ちを必死に抑えながら何を思っているかというと、選手が、そしてチームが、クラブにどんな“説得力”を与えてくれるかということです。

——説得力とは、具体的にどういうことですか?

星野:「強いチームだから」「ファンが多いチームだから」「●●に優勝したチームだから」——そんなチームだからこそ生み出せるギャップ、それが説得力だと思っています。

例えば、浦和レッズにはハートフルクラブという組織が有るのですが、敢えて簡潔に言えば、彼らはサッカースクール事業を担っています。ですが、彼らの子供たちへの指導に於いて、最も重要視していることは「楽しむ」「一生懸命」「思いやり」であって、サッカー技術の向上を第一目的とはしていません。サッカーはこれらを学ぶ手段だと考えています。

——プロの選手を目指すようなスクールとはスタンスが違うんですね

星野:そうですね。アジアには約2万のサッカークラブがあって、AFCチャンピオンズリーグという大会でアジアチャンピオンの座を決しているのですが、その大会を複数回制したことのあるクラブは僅か4クラブしかありません。そのうちの1つが浦和レッズなのですが、そんなクラブが展開しているスクール事業で最重要視しているポイントが「楽しむ」「一生懸命」「思いやり」という「こころ」なんです。

このギャップ、説得力を増していると思いませんか?このギャップは、ハートフルクラブのスタッフだけでは生み出すことができませんし、もちろん、私たちクラブスタッフにも作れません。私たちクラブスタッフは、クラブの価値の下限を上げることはできても、上限を上げることはチームにしかできません。そして、上限が上がることによって、クラブとしての活動に更なる説得力が生まれると私は考えています。

ファン・サポーターを知るためには、時にサイエンス的視点が必要になる

——なるほど。ハートフルクラブは分かりやすい例ですが、自分たちの強みが何なのかを発見するのはなかなか難しいことですよね。その前段階として、ファン・サポーターについて知ることが大事なのではと想像しますが……。

星野:自分たちを知ること以上に大事だとすら思いますね。先日「サイエンスの観点から浦和レッズを分析する」というテーマで、ある研究機関の方とお話をする機会があったんです。要は選手のパフォーマンスとかを計測して数値化したいと。ただ、そういった科学的なアプローチは浦和レッズを含めて既に多くのチームが取り組んでいますから、

例えば「埼玉県にお住いの方は、浦和レッズがあることで他県にお住まいの方と比較して幸福度が高い」みたいなことを数値化することはできませんか?と聞いてみました(笑)。

——それはなかなか興味深い研究です。

星野:定性的な、「浦和レッズは価値のあるクラブだ」といった概念より、サイエンスの強みから価値を定量的に検証することができるなら、有意義じゃないかと考えたんです。私たちがビジネスシーンにおいて取り組んでいるのはそれに近いことで、概念を排除した“数字”というものに血肉、即ちストーリーを足していく作業です。例えば、浦和レッズの来場者の男女比を数字で見ると、大体男性6:女性4で、Jリーグ全体の平均データとほぼ同じ。

——意外と女性が多いですね。

星野:そう思われますよね?我々が実施しているブランドイメージ調査で挙がってくる浦和レッズサポーターの印象とこうした数字との間には実はギャップがあることも多いんですよ。更に言えば、割合で示せば単純に「4割」なんですけど、実数に置き換えると1試合平均「1万4,000人の女性」がスタジアムに訪れているということになる。これって結構インパクトのある数字ですよね。

単純にマネタイズするということだけを考えるのではなくて、スタジアムに来場される女性が何を求めているのか、そのインサイトを満たす施策を考える上でも、やっぱりファン・サポーターについて深く知ることは必要不可欠です。

クラブのバリューを保ち続けるのは、「秘伝のタレ」を守ることに似ている

——そもそもなのですが、浦和レッズの歴史を辿ると初期ってチームの成績は振るわなかった。それなのになぜここまでファンがついたのでしょうか。

星野:そう、全然勝てなかったんですよ。それなのになぜ?とはよく聞かれるんですけど、絶対的にこれが理由だと言いきれるものは無いかも知れません。ただ、いくつかの仮説はあります。一つに、とことんホームタウンにこだわってきたことが挙げられます。

Jリーグは発足当初いわゆるバブル状態で、激しいチケットの争奪戦がありました。だから多くのチームが、5万人キャパの国立競技場を使いたがった。そんななかで、浦和レッズは極力浦和駒場スタジアムでホームゲームを開催しました。

——キャパは国立競技場の半分以下なんですね。

星野:約2万人ですね。そうやって「浦和のチーム」であり続ける姿勢を貫いた結果、Jリーグの調査では10年以上浦和レッズを応援してくれているファンの方々の割合は約75%。他のクラブより25%以上高い。

いつの間にか浦和の人にとって、浦和レッズの試合が「自分ごと」になっていったんですね。だって週末には、2万人の赤いユニフォームを着たサポーターが街中に溢れるわけですから。もちろん消費行動も行われるわけですから、好き嫌い関係なく、いつ試合があるかを町中のみんなが知っているんです。

そんな状況下で、もともとサッカー王国と言われるほどにサッカー熱の高い土地柄も相まって、チームが勝てなくても地域の方々やファン・サポーターは受け入れてくれたのではないでしょうか。

——まさに「おらが町のチーム」として定着したと。そして2004年、初のJリーグステージ優勝を叶えました。

星野:その前年の2003年に、Jリーグカップでクラブ史上初のタイトルを獲得しました。2005年天皇杯優勝、2006年Jリーグ優勝、天皇杯連覇、2007年AFCチャンピオンズリーグ優勝、FIFAクラブW杯3位。あれだけ勝てなかったチームが、毎シーズンタイトルを獲得する。こんなプロセス、めちゃくちゃ面白いですよね。

特に2007年の盛り上がりはすごくて、ACL決勝の日にヘリコプターがバンバン飛んでいたのを思い出します。そして2017年に2回目のACL優勝を果たしたんですが、結論から言うと、2007年の初優勝時みたいな、カオスと呼べるほどの盛り上がりとは違う雰囲気だったんです。

——確かに、日本をあげてのお祭り騒ぎになった記憶はないですね。

星野:それが今、僕たちが向き合っている課題です。「チームが勝つと、既存のファン・サポーターの方々が喜んでくださるだけでなく、新しいファンも増える」という正のスパイラルというものは、局所的にしか生まれないことがわかり始めた。

約6万席というキャパシティを誇る、日本最大のサッカー専用スタジアムをホームスタジアムとしている私たちは、チームが勝っても思う様なリアクションをしてくれない方たちを、ビジネス上どう位置づけるのか。

もしそうした方たちに対して、スタジアムに来ていただきたいと考えるのであれば、私たちはどんなバリューをどうやって提供するべきなのかという、ある種当たり前でありながらも非常に難しい課題に取り組んでいます。

——盛り上がりというのはある種“現象”であって、自分たちサイドですべて操作できるとは限らないということですよね。なかなか難しい。

星野:私は浦和レッズというクラブやそこに息づく文化を「秘伝のタレ」みたいなものだと思っています。毎年リセットされるわけではなく、その味と、舌の肥えた古くからのお客様の満足度を保ちながら、そして同時にタレが無くならない様に、慎重に愛情を以て継ぎ足し継ぎ足し守っていくんです。ただし、浦和レッズが継ぎ足しているのは醤油やみりんなどの調味料では無く、人であり、その方々の気持ちです。

つまり、最終的に、そこにジョインするかどうかを決めるのはその方たちです。我々にはそれを促すことはできても、決定権はありません。それでも、「秘伝のタレ」はファン・サポーターの方々と私たちとで守り、後世に引き継いでいかなければなりません。

——秘伝のタレ、管理し引き継いでいくのはなかなかしんどそうです(笑)。

星野:どうしてそのタレが今その味になっているかなんて、正確には誰にもわからないと思うんですよ。もちろん、直接間接を問わずその構成要素となったであろう出来事やそこに寄り添ってくださった方々の気持ちなど、思いを馳せることの出来るものは無数にありますが。

そういう意味でいうと、多くの方から聞かれる「浦和レッズはなぜうまくいっているように見えるのか」という質問に対しては、「わからない」と答えることが、正しいというか、このクラブの歴史や未来と真摯に向き合う事になるんじゃないかと思います。「なぜならこうだからです」と、断片的な話しをしたり顔で言えてしまうほど、軽いものではないです。

「全体最適」の視点で、サポーターと正面から向き合う

「私はホームゲームの日、北サイドスタンドというもっとも熱狂的なサポーターの方々がいる場所の近くで、取材に来て下さったメディアの対応業務にあたっています。稀に強い言葉を投げ掛けられることも有りますが、そうした時は、私の考えていることを明確に伝えられる様に努めています。

私もチームや選手たちに対して強い愛情を抱いていますし、その「全体最適」は、サポーターの方々と一致しているはずですので」

チームにとって必要不可欠な存在、サポーター。しかしその存在にビジネス上の価値を持たせるも持たせないも、すべてはチーム側のポリシーやクールなビジネス視点次第なのだと気づかされました。

ひとことで「関係構築」と言っても、そこには様々な文脈が複雑に絡まり合い、まさに「秘伝のタレを保ち続ける」ような難しさがある。取材を通してそんな発見をすることができました。

PR3.0 Conference[CULTURE]では、星野さんにさらに深く、浦和レッズのカルチャーと魅力に迫っていきます(編集部)

▼Session 16:00-17:00 タカラヅカとJリーグから学ぶ、カルチャー継承の秘訣
中本 千晶(演劇ジャーナリスト / 早稲田大学講師)
星野 高明(浦和レッドダイヤモンズ株式会社 広報部 マネージャー)
長谷川 賢人(ライター/エディター)

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