これからのPRパーソンはマーケティング思考を身につけるべきだ ――イベントレポート#15
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これからPRパーソンがキャリアアップをしていくためには、PRのスキル以外に何を身につけるべきなのか。そして、これからの時代、PRをアップデートしていくためには、どのような思考を持つ必要があるのでしょうか。
2019年2月25日、PR Table Communityイベント第15弾として「これからのPRパーソンはマーケティング思考を身につけるべきだ 〜PR Table Community #15 」を開催しました。
今回は、IMC(統合型マーケティング)の重要性を早くから提唱し、数々の実績を生み出している株式会社インテグレート・藤田康人さん、同様の考えのもとで経営を実践するラクスル株式会社・田部正樹さん、ブランド・マーケティング領域に特化した戦略コンサルティングを行うインサイトフォース・山口義宏さんをゲストにお迎えしました。また、モデレーターとして株式会社オズマピーアールの谷澤和哉さんにご登壇いただき、「マーケティング思考」について、エージェンシー・事業会社それぞれの立場で語っていただきました。
マーケティング思考とは、言うならば「4P思考」
谷澤和哉さん(以下、敬称略):お話を伺っていく前に、これから「マーケティング思考」をどんな視座から語っていただくのか、山口さんのスライドをお借りして、認識合わせをしたいと思います。
山口義宏さん(以下、敬称略):こちらは『マーケティングの仕事と年収のリアル(ダイヤモンド社)』を昨年出版した際に、整理したフレームです。マーケティングの仕事は、幅広い上に階層も深いので、違うステージにいる人同士だと話がかみ合わないことも多々あります。
▲山口 義宏さんーーインサイトフォース株式会社 代表取締役
1978年、東京都生まれ。ソニー子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長、リンクアンドモチベーションでブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年に企業のブランド・マーケティング領域特化の戦略コンサルティングファームのインサイトフォースを設立。 BtoC~BtoB問わず企業/事業/商品・サービスレベルのブランド~マーケティング戦略の策定、CI、マーケティング4P施策の実行支援、マーケティング組織開発及びマーケティングスタッフの育成を主業務とし、これまで100社を超える戦略コンサルティングに従事。著書「デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール」(翔泳社)、「マーケティングの仕事と年収のリアル」(ダイヤモンド社)他
右側には仕事の範囲、左側にはマーケターのキャリアパスとしてタイトルを6段階で示しました。
一番下のステージ1は、見習いです。CPAなど最低限の専門用語を理解しつつ、仕事に励む感じでしょうか。
ステージ2は、上司から指示された担当業務の実行者。PR領域だと、メディアリレーションを構築する、企画業務やプレスリリースを書いてみて、上司から細かくディレクションを受けて完成させるなど、自己完結はせず、一部のタスクをこなすイメージ。
ステージ3は、特定領域の専門家。スペシャリストです。自分が担う4P(Product・Promotion・Place・Price)の領域で自己完結できるレベルの専門性が求められます。商品企画、広告、PR、デザインなど、様々な領域がありますが、このステージ3は人によって業界で名を轟かすような人から、プロとして自立しはじめた人まで、相当レベルの差があります。
ステージ4は、マーケティング4Pを束ねる立場のブランドマネジャー。ステージ5は複数のブランドを束ねて投資の傾斜配分をするCMO、ステージ6は経営者。実は日本企業ではブランドマネジャーとCMOは、あまり公式な役職として設けられていないポジションでもあります。
谷澤:PRパーソンの方にも大勢お越しいただいていると思いますが、今回はあえて、プロモーションだけに縛られない「4P思考」で、ステージ4の視座から議論を展開していきたいと思います。
“4Pに横ぐしを刺す”ための仕組みとは?
谷澤:最初に「マーケティング4Pにおける横ぐしの刺し方」をテーマにお話を伺っていきます。藤田さんは創業から一貫して統合型マーケティングを提唱されておりますが、実際には横ぐしってどういう風に刺せばいいのでしょうか。
▲藤田 康人さんーー株式会社インテグレート 代表取締役CEO
味の素株式会社を経て、ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画。キシリトール・ブームを仕掛け、キシリトール製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践する、マーケティングエージェンシー 株式会社インテグレートを設立。著書に『カスタマーセントリック思考』(宣伝会議)、『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(宣伝会議)など。
藤田康人さん(以下、敬称略):まず「マーケターって何者だ?」という話から始めたいんですが。他の職業で言えばよく「建築家」に例えられたりします。建築家は、大工さん、左官屋さん、土木や電気工事を担う人などさまざまなスペシャリストを指揮しながら、ひとつの建築物を作り上げる。
マーケターも同様で「4Pそれぞれのスペシャリストを束ね、全体を把握しながらプロジェクトを進行していく」というのが理想的なんです。しかし、先ほど山口さんがお話しされたように、ステージ4以上のポジションが日本にはほとんどない。そのような環境下で「4Pの横ぐし」を刺すポイントは2つあると考えていて。
1つめは、仕組み作り。人ではなく、タスクフォースなどチームを結成する。この時に重要視したいのは、4Pを包括する視点と、バランスよくプロジェクトを回していける体制かどうかです。
2つめは、できあがったその仕組みの中で、何を指針に意思決定していくか。立場の違う人たちを束ねていくわけですから、共通認識を持つための何かが必要です。私自身は、パーセプション、つまり「顧客の認識をどう変えていくか」を念頭に、戦略やストーリー、コンテンツを作っていくことだと捉えていますね。
山口:僕も同様の意見です。強いガバナンスを持つオーナーがいる企業なら話は別ですが、基本は部門横断のクロスファンクショナルチームを作るのがベストかと。
ブランドパーセプションの目標を一緒に決めることでメンバーに当事者意識が生まれ、その後の業務がうまく回るようになります。逆に、事業部や商品企画のような、たまたま業務プロセスの前工程の部署が決めた戦略を、ただ他の各部門に伝えても、そこに納得感が生まれないないから批判も出やすくなるんですよね。
加えて、個人的には、マーケティングの成否において、顧客ニーズだけでなくチャネルの重要性を強く感じているので、営業担当に店舗の棚の状況を綿密にヒアリングができる環境は大切かと。自社が持つチャネルでの棚取りの交渉力や、伸びている棚のカテゴリなど、、制約と機会を正しく把握してから企画するだけで、空振りはだいぶ減るとみています。実際には、このような基礎情報がないままに、思いだけで空振りしている商品・サービス企画は沢山あります。
谷澤:現在、事業会社のCMOとして、横ぐしを刺している立場の田部さんはいかがでしょう?
田部正樹さん(以下、敬称略):横ぐしのお話の前に、今日のテーマでもある4P思考について触れたいのですが。大企業からベンチャー企業に転職し、マーケティング全体に関わってみて分かったのが「3Cの解像度を高められれば、誰でも4P思考になれる」ということ。市場・顧客、競合、自社の解像度が低いと、手法、つまりHOWが偏ってしまうんです。
▲田部 正樹さんーーラクスル株式会社 取締役CMO
2014年にラクスル株式会社にCMOとして入社以来、テレビCMを中心に累計50億を超えるマーケティング費用を駆使し、4年で売上17倍に伸ばしながらもCPAを4分の1に低減し、ハイグロースとROI改善のどちらも実現。ラクスルのマーケティングノウハウを踏まえ、効果の出るテレビCM戦略をプランニング。丸井グループではファッション、テイクアンドギヴ・ニーズではマーケティング責任者としてウエディングのマーケティングで成果を残してきた経験からTO-CからTO-Bのマーケティングまで幅広い経験がある。
例えば「大したことない商品だけど、バズらせたい」みたいな話って、エージェンシーの皆さんであれば、よく受ける相談だと思うんです。でもこれ、本質的に考えれば、プロモーションでどうにかするというより、もっと良いプロダクトを開発すればバズるはずなんですよね。
3Cの解像度を上げる。HOWから入らない。おざなりしがちなこの2つですが、4P思考になるためには重要なポイントかと。
横ぐしを刺す、4Pを束ねるという立場となって考えるのは、例え遠回りであっても、すべての職種を経験してみるのもありかな、と。経験者のほうが説得力も出ますし、チームをうまくまとめられると思います。
マーケティングにおける「ボーリングの1番ピン」の探し方
谷澤:実はゲストの方々に「これだけは持ち帰ってほしい」というキーワードを考えてきていただきました。
▲モデレーター・谷澤 和哉さんーー株式会社オズマピーアール ビジネス開発局 グローバル開発部 部長
2006年オズマピーアール入社。08年より2年間、インテグレートグループに提携出向。12年からは株式会社博報堂に出向。カメラやハウスウェアはじめ、さまざまな統合コミュニケーション業務に従事。14年より中国・北京に駐在。高級車ブランドはじめ中国市場ビジネスに従事。16年から旅行・インバウンド専門のベンチャー会社「wondertrunk&co.」に立ち上げより参画。JNTO、環境省、地方自治体、エアライン、鉄道会社等、多数のインバウンドマーケティングのプロデュースを務める。2018年4月より、現職。
1つめは「ボーリングの1番ピンを探せ」。こちらは山口さんですね。
確かに1番ピンを倒せば、他のピンも倒れやすくなりますね。でも、ボーリングの場合は、目の前に見えているからしっかりと狙えますが、マーケティングのようにそれが可視化されない場合、どのように探ればいいんでしょうか。
山口:僕はまず、財務諸表のBS、PL、上場企業ならIR資料を読み込んで会社の事業構造を確認します。それから、顧客インサイトや3Cを一つひとつつぶさに見ていきます。
ビジネス的観点からビジネス課題をクリアにして、そこから顧客視点で企画し、最終的にマーケティング施策に落とすイメージでしょうか。そして、いくつかの仮説を立てる。次に定量データや定性調査で検証して、これだと思う1番ピンを探し当てます。実はこれがマーケターにとって、最も大事な技術だと考えています。
マーケティングって、予算やリソースがあればあるほどいろんな施策を打てるんですが、だからこそ、何がどう効いたのかが非常に見えにくいんです。見定めた1番ピンを狙って、ボールを投げ続けたほうが効果も出やすいし、検証もしやすい。
谷澤:ありがとうございます。1番ピンを見定めるためには、仮説と定量データと定性調査を検証しながら確度を上げていく。ビジネス課題と顧客視点を行き来するのも大切ですよね。
WHY・WHATなくして「HOWから入るな」
谷澤:次のキーワードは田部さんの「HOWから入るな」。こちらも素敵な言葉です。
田部:先ほどの話の補足にもなるんですが、HOW、つまり手法から入るマーケター同士の議論って多いなと感じていて。でも結局「なぜ、それをやらなければいけないか」というWHYやWHATがないと「やる必要がない」という結論になることもしょっちゅう。山口さんの話でいうと「1番ピンはそこじゃなかった」という感じでしょうか。
多くの経営者はWHYしか気にしていません。僕はメンバーと話す時は必ず「何で?」と聞き返しますし、会社の稟議やなんかもWHY・WHAT・HOWの三段論法で挙げてこいと言っています。
山口:確かに、HOWの技術を磨き続けるよりも「その手前の部分を整理して、経営陣に説明する技術」を身につけたほうが、信頼獲得や収入アップにつながる可能性が高いかもしれない、と僕も感じています。
谷澤:「HOWから脱却してWHYの視座に立とうとしている。でも現実は現場実務を回すことを求められたり、手法の相談ばかりされる」――このような状況下にいる中堅の人に対しては、どんなアドバイスをしますか?
田部:クライアントに対しても上司に対しても、WHYとWHATを必ず聞いて、HOWに落とし込むようにしたほうがいいかなと。ヒアリング技術を高めていかないと、やっていることにブレが生じてしまうし、提案のクオリティも上がらないのでは。
最近、HOWじゃなくて、売れるものを一緒に作っていくようなエージェンシーもあるようですが、藤田さんも同様のアプローチをしていますよね。
藤田:おっしゃる通りです。うちの会社がビジネスとして成り立っている理由は「本質的な課題を一緒に見つけ出す」という基本姿勢があるから。「売れなくなった」「ブランド認知が下がった」という現象は把握しているけれど、根本的な課題が分かっていない企業が実は多いんですよね。
これからも「カスタマーセントリック」なマーケティングでいく
谷澤:最後に藤田さんのキーワード「カスタマーセントリック」ですが。こちらはどういう意味なのでしょう。
藤田:「3Cの中で最も大切なのは顧客」である、ということです。顧客の頭の中を変えるためには「相手のことを考えず、ただひたすら伝える」コミュニケーションだけでは、それは成し得ない。だから、うちの会社ではコミュニケーションプランニングをしているとは、絶対に言いません。
大事なのは「どんな風に伝わるか」というパーセプションでプランニングすること。
自分の顧客が誰で、その人がどんな状態の時に、このメッセージを好きになってくれるのか。または嫌いになってしまうのか。データ分析やグループインタビュー、デプスインタビューなど多方面から解明し、仮説を立てていく。ここで肝に銘じておきたいのは、顧客のアイデアや趣向だけに頼らず、マーケター自身が、インサイトのかけらを紡いで、ストーリー、仮説を作り上げていくことです。
「売れ続ける」、「再現性を持たせる」ためにも、カスタマー・エクスペリエンスの概念をもって仮説を立てる――パーセプションから逆算した戦略作りはマーケティングにおける鍵であると、常に感じています。
PRパーソンは、「HOW」に囚われず「WHY」からはじめよ
藤田さん、山口さん、田部さんが共通して仰っていたのは、手法に囚われことなく、まずは「WHY」の視点からものごとを考えるべきということでした。
所属企業や担当クライアントによっては、「HOW」ファーストで仕事が発生することもあると思います。しかし、その中で課題を解決するために、その手法が本当に必要なのかという「WHY」視点から考えることができたら、より本質的なソリューションを導き出すことができるはず。
そうすることで、「コミュニケーション施策」から一歩前に踏み込んだPublic Relationsの実践につながるのではないでしょうか。(編集部)