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企業を取り巻くステークホルダーはさまざまですが、株式を公開し、持続的に成長を続けていく企業にとって、株式市場への情報開示や関係構築は特に重要なものとなります。
Investor Relations(IR = 投資家・株主との良好な関係構築)は、PRパーソンにとっても決して他人事ではありません。なぜなら、Public Relationsの”Public”の中には、Investorも含まれているからです。
2018年10月26日、PR Table Communityイベント第14弾として、「PRパーソンが学ぶべき”市場との関係構築” ヤフーの急成長を支えたIR活動の裏側 〜PR Table Community #14」を開催しました。
ヤフー株式会社は日本の株式市場において、最初に株式公開を果たしたインターネット関連企業。1997年11月の株式公開から20年以上経った現在も、連続増収を達成しながら成長を続けています。
今回は、ヤフーが急成長を果たした2000年から17年間、IR担当責任者として勤務し、現在も社長室長 兼 コーポレートエバンジェリストとしてご活躍されている浜辺真紀子さんをゲストにお迎えしました。
また浜辺さんによる講演の後は、広報とIR両方のご経験がある真鍋順子さん、徳田匡志さんにもご登壇いただき、広報とIRの関係や、PRパーソンが知っておくべき市場との関係構築についてパネルセッションを行いました。
※登壇者の肩書きは、開催時のものです。
会社は誰の“ため”のものか
まずは浜辺さんに、ヤフーが上場企業として株式市場と実際に行ってきた「対話」について、ご経験をもとに講演いただきました。
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浜辺さん:「会社は誰のものか」——10数年前に流行った議論ですが、「株主のものだ、という西洋的な考え方は日本にそぐわない」「ステークホルダー全員のものなのではないか」という意見が目立つ中、明解な結論が出ないまま収束してしまいました。
▲浜辺 真紀子さん ——ヤフー株式会社 社長室長/コーポレートエバンジェリスト
東京外国語大学外国語学部卒業後、チリ中央銀行東京事務所(チリ大使館財務部)入所。JPモルガン証券、カタルーニャ州政府東京事務所、トムソン・ファイナンシャル・インベスター・リレーションズを経て、2000年ヤフー株式会社入社。IR責任者として勤務。2014年4月から2017年3月まで、SR(ステークホルダーリレーションズ)本部長として陣と市場との対話を統括するのみならず、会社機構再編、株主総会運営、株式を活用した事業戦略などに取り組む。2018年4月より現職。
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しかし、ちょっと質問を変えてみるとどうでしょう。「会社は誰の”ため”のものか」と。
会社は、すべてのステークホルダーの“ため”のものです。そのため、ステークホルダーそれぞれに価値を提供しなければ当然、立ち行かなくなります。つまり、利用者や顧客に良いサービスを提供できなかったり、従業員が離職したり、業務委託先との連携が困難になったりした場合ですね。
ではもう一度、先程の質問に立ち戻りましょう。「会社は誰のものか」。そう問われると、やはり会社は「株主のもの」になるのだと思います。経営陣は株主から会社を預かり、経営をしているのです。
そして株主が会社の持ち主だからこそ、会社側は説明責任、対話責任を負っています。たとえば事業の現在の状況、事業・投資戦略や具体的な取り組み、将来の見通し。そこにはESG関連の非財務情報なども含まれます。
企業側で経営陣と共にこの説明・対話を担う役割を、“IRオフィサー”とします。
IRオフィサーの重要な業務は、3つあります。まずひとつは、事業戦略・業績などの情報発信。次に、発信した情報に基づいて株主や市場関係者と対話すること。そして最後に、対話を通じて得られた株式市場の疑問、意見、アドバイス等を、すべて社内に伝えて役立ててもらうことです。
こうした「市場との対話」は、経営陣と株式市場がダイレクトに行うものだけではありません。企業がメディア向けに発信した情報に基づいて作成された新聞・雑誌記事等は、株式市場に届いて影響を及ぼします。さらに、顧客・利用者・従業員等のステークホルダーに向けて発信したメッセージも株式市場に届きます。だから広報の担当をされている方も、企業のIR活動と無関係ではないのです。
IR担当者と広報担当者の共通点は、その立ち位置にあります。株式市場と対峙するとき、当然ながらIRオフィサーは会社の代表として会社側に立ちます。一方社内では、株式市場側の考え方を最も良く理解し、株式市場の代わりとなって、経営陣と相対する立場となります。こうした姿勢は、広報担当者にも求められるものだと思います。
投資家からの期待や厳しい声に、真っ向から向き合ってきた17年
ヤフーの創業者である故・井上雅博は、よく「日本のインターネット利用者すべてに、ヤフーの株を保有してもらいたい」と言っていました。そして「株主の皆さんがちゃんと儲かるように、ヤフーを成長させていきたい」とも言っていました。
▲ヤフーIRの軌跡については、浜辺さんの著書『ヤフージャパン 市場との対話: 20年間で時価総額50億円を3兆円に成長させたヤフーの戦略』(徳間書店,2018/7)に詳しく記されています。
ヤフーが1997年に株式公開して以来ずっと、ヤフーの株式数の7-8割はソフトバンクと米国ヤフー(現アルタバ)の2社に保有されてきました。その他の一般株主(少数株主)が保有する株式数は、2割ほどしかなかったんです。
ところが今年度に入って、アルタバがヤフー株式を売却。ヤフーにとって、新たなIRの歴史が、ここから刻まれていくと私は思っています。
大株主2社が8割近い株式を保有することは、株式市場が「利益相反の懸念」を持つことにつながっていました。つまりソフトバンクと米国ヤフーが合意すれば、一般の株主に不利益になるようなことであっても、ヤフーは取締役会や株主総会で承認を得ることができてしまう。
そのような懸念を、株式市場は常に持っていたのです。特に外国人投資家の間で、この懸念が強かったように思います。
ヤフーが産業を変えてイノベーションを起こす際には、親会社のソフトバンクと連携して事業を行うことがありました。Yahoo! BBというADSLサービスを提供する際に、同社と連携したのが一つの例です。
2006年にソフトバンクがVodafoneを買収した時には、「日本にモバイルインターネットを普及させるための重要な投資だ」とヤフーも考えました。そのため、ヤフーからも1,200億円の投資を行いました。
2009年には、インターネット企業として独自のデータセンターを保有することは重要だと考えました。そのため、当時ソフトバンクが保有していた「ソフトバンクIDC」を買収しています。
こうした連携や投資は、発表のたびに株式市場から「利益相反の懸念」を持たれました。しかし、今振り返ると、「どれもヤフーが成長するためには必要な連携や投資だった」と株式市場にも納得していただけると考えています。
2014年には、現在のワイモバイル(旧:イー・アクセス)の買収を発表しました。スマホの普及を迅速に高めるために、有効な手段だと経営陣が考えたためです(※)。
このとき私はIRオフィサーとして、まず買収・出資先に関わる新たな事業領域についての知識を取得することからはじめました。そのうえで開示資料を準備していましたが、同時に、重要な役割についても意識していました。「利益相反の懸念」について、想定される市場の反応を、事前に社内へインプットするという役割です。
「買収を成功させ、新しい事業を開始するんだ」——大きなターニングポイントで会社がひとつの目的に向かってみんなが力を合わせているときに、「株式市場はネガティブな反応をしますよ」などと社内に向けて伝えるのは、かなり勇気がいることです。
しかし、これこそが「第三者の眼を持っているIRオフィサー、PRオフィサー」の役割なのだと考えています。前もって懸念を伝えることで、会社では十分な準備が可能になるためです。
発表後の株式市場の反応の多くは、想定通りネガティブなものでした。発表時には、アナリスト・投資家向けの説明会を開催しました。
誰も言葉を発していなくても、説明会開場には独特の空気感があります。株式市場が歓迎していて興奮している会場は熱気にあふれていますし、反対に参加者がネガティブな印象を持っている場合には、空気が冷たく感じられます。
私はあのときほど、空気が冷たい説明会には参加したことがありません(笑)。説明会後も、特に外国人投資家から、質問に加えて、ずい分と厳しいコメントをもらいましたね。
私にとっては「想定した反応」であり、事前に共有していたつもりだったのですが、社内ではその反応の激しさに驚いた人が多くいました。
そのときに私は、「普段から株主や投資家と密に接していない社内の関係者が、株式市場の反応をリアルに想像することは難しい」と改めて認識しました。頭では理解したつもりでも、本当の想定はできていない、と。
だからこそネガティブなことも含め、IRオフィサーが社内に向けて十分な事前説明をすることは重要だと思います
市場からの反応が厳しいときこそ、市場とも、社内の人たちとも真剣に向かい合うことが必要なんです。IR担当者がみずから、アクティブに動く姿勢を見せることが大切だと私は考えています。
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※編集部注:旧イー・アクセスの買収については、発表後にヤフー社内で詳細な検討を重ねた結果取りやめになり、1か月半後に中止の発表が行なわれています。
「IR」と「広報」は、なぜ分断されているのだろう?
後半は浜辺さんに加え、ゲストの真鍋順子さん、モデレーターの徳田匡志さんによるパネルディスカッションを行ないました。
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徳田:今日の参加者はやはりIR関係の方が多いようですね。広報担当者が少ないのは少し残念ですが、IRと広報が分断されている状況を表しているのではないかなと考えています。
IRと広報、双方には共通点があると思うのですが、真鍋さん、いかがでしょうか?
▲徳田 匡志さん ——collabo合同会社 代表社員/広報寺子屋主宰
主に広報/PRやイベントなど主にコミュニケーション領域についてのコンサルティングやサポートを実施。大学卒業後、オズマピーアールにてマイクロソフトのゲーム機Xbox 360のローンチプロジェクトに参画。その後、マザーズ上場企業のドリコム、ミクシィで広報・IRの責任者を務める。スタートアップを経てフリーランスになり、2018年2月にcollaboを設立。
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真鍋:私は、IRと広報は同じだと思っています。ステークホルダーを会社のファンにしていくというところが最大の目的ですから。
ただ、当然ながらIRで扱うのは、「お金」に絡む業績や事業戦略など、経営に直結するトピックが中心となります。広報の場合は取り扱うトピックの範囲が広いので、そこは違うところですね。
▲真鍋 順子さん ——株式会社FUNDBOOK(ファンドブック)/広報マネージャー
立命館大学産業社会学部卒業。SMBC日興証券にて営業を担当後、カナダに留学しマーケティングを専攻。帰国後、IR支援会社でIT・食品・不動産・総合商社など幅広い業種のIRコンサルティングに従事。2007年より、インターネットイニシアティブ(IIJ)・リブセンスなどのIT関連企業にて、IPOやマスメディア・株主/投資家対応、開示・イベント開催など、社内外向けの広報・IR業務を主幹。2017年4月には、国内初の広報専門職大学院である社会情報大学院大学へ1期生として入学。2018年10月より現職。
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浜辺:そうですね。「Investors have good memories.(投資家は記憶力がいい)」という言葉があるんです。つまり投資家は、会社が言ったことをずっと覚えていますよ、と。
IRでは、期待感を煽りすぎてしまうとそれが投資家・株主の記憶に残り、期待が上がりすぎますし、業績予想などもとんでもないものがつくられてしまう。一時的に株価が上がったとしても、業績が株式市場の期待に届かなければ、あとで株価の大幅な下落というペナルティを受けることになります。広報で扱うトピックには、そこまでシビアではないものもありますよね。
徳田:そうした違いや共通点を踏まえると、広報やIR部門では、どんな組織体制をつくるのが理想なのでしょうか。
浜辺:まず個々の担当者は、すべてのステークホルダーとの対話の窓口を経験した方がいいと思います。コーポレート・コミュニケーション全般ですね。まさに、真鍋さんがそうですよね。
またIRや広報に携わる方たちは、難しいことや複雑なことをシンプルに説明して理解してもらう力を兼ね備えています。だからその力をうまく利用して、組織の中でも相互理解を深めていければいいんじゃないかなと。
真鍋:日本のベンチャーで成功している企業に共通しているのは、広報とIRが一体となって、会社のコミュニケーション組織をつくっているということなんです。さらに、各担当者と経営陣の距離がものすごく近い。
規模が大きくなっても、確実にコミュニケーションがとれる環境が整えられている、それが理想的な組織なのかなと思います。
広報やIR部門がもつ大きな特色は、“第三者の目”
徳田:これからの時代、IR担当者や広報担当者には、どういった役割や意識が求められるのでしょうか。
浜辺:広報もIRも、“第三者の目”を常に持てる、特殊な部門だと思うんです。事業や社内の組織について、俯瞰して見られるようになる。
だから「俯瞰してみる」「第三者の目を持つ」、そして「視座を高くする」——これらが、担当者が常に持っているべき意識であり、それを持つこと自体が大切な役割だと思っています。
真鍋:私も浜辺さんのご意見と同じですね。ステークホルダーと社内をつなぐ役割として、常に“第三者の目”、“客観的な視点”を持つことが重要です。同時に、広報もIRも経営と近い……というより、むしろ経営者と同じ目線で物事を考えることが求められる役割だと思います。会社の代表として、さまざまなことを発信しなければならない立場ですから。
浜辺:そのために大事なのは、ステークホルダーの方と話をするときに、会社のことを“自分ごと”と捉えることだと思います。
相手がメディアの方であっても、投資家の方であっても同じ。みなさんからいろいろなことを言われるけれど、「じゃあこれを自分でなんとかしないといけない」、「会社を変えて成長させていかなければ」というように考えられるかどうかですね。
自社のIR活動を「自分ごと」として捉えるために
徳田:ただ、IR活動を「自分ごと」として捉えるのは、なかなか難しい面もありますよね。たとえば広報だけを担当していると、株主さんが会社に求めているものはあまり見えてこないですよね。
浜辺:そうですね。株主のなかには、直近の足元の数字を聞きたがる人もいれば、「あなたの会社は10年後どうなっていたいんですか?」と質問してくださるような、長期的な視点をもたれる方もいる。本当にいろいろです。
ただやはり共通していえるのは、投資家や株主がどういう風に会社を分析しているのかをわかっていないと、いざ社内に持ち帰っても話が噛み合わない、ということ。
そのため私は社内で、従業員向けのIRセミナーを開いています。「自分の会社の株価、知ってる?」「銘柄コード知ってる?」「時価総額知ってる?」と。みんな、けっこう知らないんですよね。
そのセミナーの最後に、“模擬IRミーティング”を10分くらい実施しているんです。投資家とIR担当者がディスカッションしているところを、実際に見せる。するとみんなびっくりするんですよ。「IR担当者は、こんなことをしているの!」と。
それだけでもIRと株式市場に対する理解が深まるし、自分の会社に対する誇りのようなものも芽生えるようです。
IRは広報を、広報はIRを知り両方の視点を持つ
徳田:最後にキャリア形成について、長年のご経験をもつおふたりの考えを聞かせてください。これからIRや広報に携わる方たちは、どういう風にキャリア形成をしていくのが望ましいでしょうか?
真鍋:私の場合、BtoBビジネスのIR経験が長いので投資家の方に会社のファンになってもらおうとすると、認知度を上げ、わかりづらい事業内容に興味を持っていただく必要が出てきます。
つまりはIRだけでは難しい現実があって。だから広報の領域に足を踏み入れるようになったんですよね。
徳田:なるほど。IRから広報にキャリアを広げられた珍しい事例のひとつですね。
真鍋:逆に広報専門でIRの経験がない方は、IR担当者ときちんとコミュニケーションをとって、少しずつ会社の数字に強くなっていただくとよいかなと思います。数字に苦手意識がある方も多いと思いますが、やはり、数字(ファクト)で会社の現状を理解しておくのも大事ですから。
浜辺:昨今の状況をみますと、特にESG(環境・社会・ガバナンス)の観点や、非財務情報などの重要性が、株式市場でも高まってきています。
ここはIRの領域であると同時に、コーポレート・コミュニケーション全般、パブリック・リレーションズの領域でもあります。いままで以上にIRと広報の領域が重なってきているということです。
だから真鍋さんもおっしゃったように、今後みなさんがキャリアを考えるときは、IRと広報、両方の仕事を経験してみると、視野が一層広がるのではないかと思いますね。
広報担当者も、IRを「他人ごと」から「自分ごと」へ
「IRと広報は、向き合っているステークホルダーが違うだけ。会社のことを知ってもらいファンになってもらうという意味では同じ」という浜辺さん、真鍋さんのお話が、胸にストンと落ちました。
企業によっては、広報とIRがまったくの別部署となっていることもあるでしょう。でもIRを知れば、明日の広報業務に向き合う姿勢が変わるかも知れない――。
まずはお互いに歩み寄ってみることで、さらに多角的な視点が生まれ、新たなPublic Relationsの実践につながるのではないでしょうか。(編集部)