「会社と社会の媒介者であれ」インハウスエディターの役割を考える——イベントレポート#4
INDEX
「インハウスエディター」と聞いたとき、みなさんはどんな仕事内容を想像しますか?
特定の企業に所属し、企業活動としてのコンテンツ編集・制作に携わる。決して間違いではありませんが、インハウスエディターの仕事はもっと多岐にわたります。
企業を取り巻くステークホルダーと良好なリレーションを構築するために、自社内でさまざまなコンテンツを制作し、発信していく。
そんな機会が急速に増えたいま、自社の取り組みやブランドそのものを、“編集”して社内外に発信する存在として、インハウスエディターへの注目度が増しています。
インハウスエディターは、単なるコンテンツ制作の担当者ではなく、PR視点に立ち、企業価値を高める役割を担っていけるのではないか——?
2018年5月23日、PR Table Communityイベント第4弾として「PR視点で企業価値を高める 『インハウスエディター 』の役割」を開催。
社内でインハウスエディターとしての役割を確立し、実践されているおふたりを迎え、インハウスエディターが果たせる役割、求められるスキルなどを語っていただきました。
Guest
藤村能光さん Yoshimitsu Fujimura
サイボウズ株式会社 コーポレートブランディング部 サイボウズ式編集長。編集視点で会社のブランドを作ることを目指し、今年はコミュニティ運営に注力。複業で事業会社のメディア運営を支援しつつ、オンラインコミュニティやサロンの活動にも参加。会社以外の場所でゆるやかなつながりを結んでいくことに挑戦中。(Twitter:@saicolobe )
—–
津田さん Tsuda-san
株式会社クラシコム 「北欧、暮らしの道具店」 編集チーム マネージャー
1984年東京都生まれ。2007年上智大学文学部新聞学科卒業。アクセンチュア株式会社を経て、2013年に株式会社クラシコムへ入社。お客さま係として受注対応やSNS運用を約1年経験したのち、編集部へ異動。2016年よりマネージャーに。「北欧、暮らしの道具店」で日々公開される商品ページや読みものの企画・編成・制作管理を担う。
—–
Moderater
大島 悠 Yu Oshima
株式会社PR Table インハウスエディター。2015年9月より、PR Tableのストーリーテリング事業に外部ライター・エディターとして参画。2017年12月より、「PR Table Community」のエディターを務める。普段はフリーランスのライターとして、企業広報関係のツール制作支援を行なっている。
スキルは十分条件。絶対に必要なのはカルチャーフィット
大島:まず最初にインハウスエディターとしての仕事についてお伺いしたいです。おふたりは現在、社内でどのような役割を担っているのでしょうか?
藤村:僕はコーポレートブランディング部に所属しています。この部署に与えられているミッションは、会社のブランドをつくること。まさに読んで字の如くです(笑)
どんな仕事をしているのか。アウトプットとしてわかりやすいのはコンテンツを企画・制作し、サイボウズのオウンどメディア「サイボウズ式」を運営していくことです。
しかし、コーポレートブランディング部の仕事はそれだけではありません。
オウンドメディアの運営だけではなく、社会に対して問題提起するプロジェクト「働き方改革、楽しくないのはなせだろう」を企画したり、チームワーク経営シンポジウム「新しいカイシャについて、語ろう。」というイベントを、株主総会と合わせて開催したり……。
会社が持っている“ブランド”をもとに、編集というスキルを駆使し、多様なアウトプットを通してステークホルダー(利害関係者)とコミュニケーションを図っていく。これがコーポレートブランディング部の役割です。
(資料提供:サイボウズ株式会社)
—
もう少し詳しく説明しましょう。資料を見ていただけるとわかると思いますが、これがサイボウズのコーポレートブランディングのドメインです。
真ん中に「サイボウズ」という法人格があり、その周りに会社が事業を展開していくうえで必ず関係が生じるステークホルダーがいる。つまり、彼らとコミュニケーションすることでサイボウズという事業が成り立っているわけです。
会社とステークホルダーのコミュニケーションを円滑にし、関係性を良くしていくための媒介となっているのがメディア。緑になっている部分ですね。
具体的には記事や動画、イベントなど、さまざまな手段を講じてステークホルダーとのコミュニケーションを図っていきます。
津田:私は編集チームのマネージャーを務めており、クラシコムが発信するコンテンツのクオリティや納期のコントロール、コストのチェックなどを行っています。
「北欧、暮らしの道具店」に掲載される商品紹介ページと記事の制作だけではなく、メールマガジンや各種SNSの運用、動画のディレクション、トークイベントやフェアの企画など、あらゆる手段で行なっている情報発信全体をマネジメントしています。
現在、編集チームは全部で14人いますが、編集経験者はほとんどいません。ただ、クラシコムの編集スタッフはもともとお店のファンであり、入社したときから会社の考えへの共感が強いというのが特徴かなと思います。
藤村:サイボウズ式も同じで、編集部内に編集経験者はいません。やっぱり、サイボウズはソフトウェアの会社で製品がコアコンピタンスなので、製品を売ったり、伝えたりしていくことが中心にあります。
会社の中心部分ではないブランドづくりに携わりたく、なおかつ編集スキルを持ち合わせている人はなかなかいないですね……。
会社の思いに共感して入社してきてくれた人を育てていくのが最善だな、と個人的には思っています。
津田:確かに、「編集」の仕事をコンテンツをつくったり、写真を撮って記事を書いたりすること、と狭義に捉えてしまうと、経験がなければツラい仕事だと感じてしまうと思います。
ただ、サイボウズもクラシコムも、企業として伝えたいメッセージが根本にある。その想いに共感してくれる人がいれば、そこから先は話が早い。技術的なスキルは後からついてきます。
だからこそ、私たちは「ここで一緒にやりたい」と思ってもらえるメディアの「らしさ」や「空気感」をつくっていくことが大事なのかな、と。
藤村:きっと、参加者のみなさんは耳にタコができるほど聞いている話だと思いますが、事業会社のメディア運営はあくまでも手段。目的ではないんですよね。
会社として伝えたいメッセージを届け、なすべきことを実現するために「メディア」という最良の選択肢があり、そこではじめて編集のスキルが求められる。
ただし、それは十分条件。インハウスエディターに求められる必要条件は、会社への共感、そしてカルチャーフィットだと思います。
津田:伝えたいメッセージや動機が明確にあり、それを伝えるためにベストな手段を選びとる。それが編集の仕事ですよね。
伝えたいメッセージを社会の接点と結びつける
大島:おふたりは普段、どのような部分に気を配って“編集”をされているのでしょうか? 何かこだわりがあれば教えてほしいです。
津田:先ほどの編集者の定義につながってくる話でもありますが、自分たちが伝えたいこと、コンテンツを通じて感じてほしいこと。その目的を実現するために適した編集ができているかを軸に、コンテンツのチェックをしています。
たとえば、編集スタッフは現場で感じたことをもとに、商品の紹介ページで使用する写真を決めています。そこで「なぜ、この写真を選んだの?」と聞くと、その写真を選んだ意図などを論理立てて説明してくれるわけです。
それに対し、私は読者と同じ視点に立って意見を言うことで微調整をしています。
藤村:サイボウズ式で最も気にしているのは、僕たちが伝えたいメッセージと、それを受け取る読者の間にはすごく乖離があるということです。
たとえば、サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」というビジョンを掲げ、チームワークの良さ、素晴らしさを伝えていくために企業活動を行っています。
ただし、チームワークに興味がある人もいれば、そうでない人もいる。その状態でいくらチームワークを伝えても響かない。ブランドができていかない。
ブランドとは、その人が何かを受け取ったときに、思い描く印象や考えのこと。言ってしまえば、ブランドは受け手が作るもので、企業側がブランドを伝達したからといって、形作られるものでもありません。企業として伝えたいメッセージがあったとしても、単純にそれをコンテンツにしても届かない。
そのときに大事になるのは、「相手が知りたいことは何なのか」を考え、情報の変換や文脈づけを行うこと。サイボウズ式では、それを強く意識していますね。
大島:先日、「サイボウズ式」編集部の明石悠佳さんを取材させていただいたときに、同じことを仰っていました。自分たちが伝えたいこと、社会との接点をつくること、そして自分の思いが大切である、と。
—-
参考)
サイボウズ 明石悠佳さん「信頼関係の構築は長期戦。ステキだな、と思える価値観の“媒介者”でありたい」
—-
藤村:そうですね。PR(Public Relations)の一番の根本は、社会との関係性をつくること。インハウスエディターの仕事はPRと似ているなと思いますし、 社会との関係性、接点はすごく意識しています。
ただ、これは単純に言葉で伝えてもわからないんですよね。マニュアルを作って共有すれば、必ず伝わるものでもありません。
メンバーそれぞれが自分で考え、自分なりに解釈して言語化していくことで、少しずつ理解が深まっていくものだと思っています。だから僕は、編集部のメンバーに「こうしてください」と答えを示すような指示はあまりしないようにしています。
基本的には、メンバーに「どう思う?」と聞いて、それぞれに考えてもらうようにしています。言語化できるまで、解釈を広げてもらう。このやりとりは社内で頻繁に行っています。
津田:その考え、すごくわかります……。本人が考えて言語化しないと、伝わらない何かがあると思っていて。だからこそ、スタッフと頻繁に話をする機会を設け、伝えたいことを言語化するサポートをしています。
主観と客観を行き来する。インハウスエディターに求められる素養
大島:ちなみに、おふたりはどのような経緯でインハウスエディターになったのですか?
津田: 私は新卒でコンサルティングファームに入社し、6年間、業務改善のコンサルティングを手がけていました。その後、クラシコムに転職。当時はお客さま係として入社し、最初の1年は受注対応やSNS運用に従事していました。
そして、偶然の玉突き人事で編集チームに異動することになり(苦笑) それ以降、「北欧、暮らしの道具店」の編集業務に携わっています。
大島:コンサルティングファームでの仕事と編集の仕事が似ている、と仰っていたのが印象的だったのですが、具体的にどこが似ているのでしょうか?
津田:繰り返しになりますが、文章を書いて、写真を撮り、記事にする。それだけが編集者の仕事ではないんですよね。
会社が伝えたいメッセージ、自分がそのメッセージに乗せて取り上げたい事柄を伝えるために、ベストな展開の仕方、見せ方は何かを考える。この一連のフローが、コンサルタント時代の仕事の進め方にすごく似ているんです。
提案する力もそうですが、「本質的な動機はどこにあるのか」、「それはどうしたら伝わるのか」。コンサルティングファーム時代の経験がそのまま、いまに活きていると思います。
藤村:僕のキャリアは、Webメディアの編集記者からスタートしています。そこでは主に企画を考えたり、記事を書いたりしていました。その後、サイボウズに転職したのですが、すぐにコーポレートブランディングに携わるようになったわけではありません。
転職後、はじめは製品のマーケティングコミュニケーションを手がけていました。事例取材にしたり、プレスリリースを書いたり。時にはお客さまサポートもやっていました。
その後、サイボウズ式ができ、初代編集長から引き継ぐ形で編集長になりました。ここで編集っぽいキャリアを再び歩むことになったなと思います。
ただ、最初はすごく苦労しました。事実を伝える記者の仕事と、企業として伝えるべきものを、お客様が知りたい形にして届けることは全く異なるもの。当時はかなりギャップがありました(笑)。
事実を大事なところから端的に書いていく。そんな書き方をしていたのですが、この書き方だとWebでは全然読まれないんですよね。伝えたいことが相手に伝わらない。
そこで一旦、記者としての記事のつくり方を一度捨ててみました。記者的な書き方からインハウスエディターとして伝えたいことを伝えていくにはどうすればいいのか。自分の中でいろいろと問い直していった結果、いまに至ります。
大島:おふたりとも、それぞれユニークなキャリアを歩まれていますね。
津田さんにお伺いしたいのですが、コンサルティングファームでは、物事をロジカルに考える力が求められるイメージがあります。でも編集では、「世界観」や「らしさ」を作るのに、感性に訴えかける力が必要になると思うんです。そこは、ご自身の中でどのように切り替えていますか。
津田:切り替えている感覚はないですね。スイッチのようにON/OFFをはっきりわけるのではなく、物差しの上を行き来するような感覚でいます。
たとえば、企画や記事を確認する場所は、“オフィス以外”の場所と決めています。オフィスのデスクで確認してしまうと、みんなががんばって書いてくれているのがわかってしまうので、最後まで読めてしまうんですよね(笑)。「編集マネージャー」の視点が入って、読者の感覚ではないんです。
環境によって気持ちが切り替わるので、通勤電車の中やカフェといった場所で読者の気持ちになり、内容が頭に入ってくるか、面白いと思えるかを確認しています。このときの感覚は「エモさ」に寄っている。
ただし、読者としての「何が言いたいのか、よくわからなかった」という感想を、そのまま感覚的に返してもスタッフを困らせてしまうんですよね。だからフィードバックするときは、感覚を「ロジック」に寄せます。
「面白い」という感覚はある程度、要素分解できると思っているので、自分なりのチェックポイントに照らし合わせて、ロジカルにフィードバックしています。
藤村:ロジックとエモさの行き来。これは主観と客観の行き来とも似ているな、と思います。企業には主観として伝えるべきメッセージがあるのですが、そのままでは伝わらない。
そのため、伝えられる側の客観的な立場に立って、どうすれば伝わるかを考える。主観と客観をすごく行き来する。津田さんの話を聞いていて、インハウスエディターに必要な能力は主観と客観の行き来なのかな、と思いました。
編集者は狭義で考えるとコンテンツを見て、読者の立場から書き手にフィードバックする。ここまでは一般的だと思いますが、インハウスエディターには配慮しなければいけないさまざまなステークホルダーがいて、読者だけではなく、全体にくまなく目を配る必要があります。
いろんなステークホルダーの立場に立ち、その時々の手段によって伝え方を変えていく。具体的には広い視野を持ち、その人たちに憑依して客観的に物事を見る。そうした素養がインハウスエディターに必要なのかなと思いました。
“伝える手段”は、無限に広がっていく
大島:最後に、これからインハウスエディターとして取り組んでいきたいことを教えてください。
津田:いま、クラシコム では短編ドラマの制作、リアルイベントの実施など、さまざまなことに取り組んでいますが、それらはすべて手法の話でしかありません。
私たちの目的はいつでも変わらず、会社のミッションである「フィットする暮らし、つくろう。」というメッセージを、より多くのお客さまに知っていただくこと。
今後は、このメッセージに共感してくれるお客さまに対して、いま私たちがお届けできていないものをどんどん提供していきたいです。
藤村:読者の人ともっと仲良くなりたいですね。6年間、サイボウズ式をやってきて、記事も読んでいただけるようになりましたし、名前を知っていただく機会も増えました。
ただ、現状では「それだけ」で終わってしまうことが圧倒的に多い。それではダメだなと思っています。これからは「サイボウズ式の読者はこの人」というのをバイネームでどんどん挙げていけるようになりたいし、関係性を深くしていきたい。
サイボウズの考え方に共感してくれて、同じ方向性を目指してくれる。それでいてサイボウズ式の記事を読んでいる。そんな人たちと、もっと仲良くなりたい。やっぱり読者の人と直接、会えるのはすごく楽しいこと。その人たちを巻き込んで、一緒に何かやっていきたいと考えています!
大島:サイボウズさんはBtoBのソフトウェアビジネス、クラシコムさんはBtoCの雑貨EC事業。業種も業態もまったく異なるふたつの会社であるにも関わらず、おふたりがインハウスエディターとして担っている役割には、多くの共通点があるのがとても興味深かったです。
本日は、貴重なお話をありがとうございました!
PR視点で企業価値を高める「インハウスエディター 」の役割
「今日は、オウンドメディアの編集ノウハウの話はしません——」 イベント冒頭、私たちからそんなお話をさせていただきました。中には、「サイボウズ式」と「北欧、暮らしの道具店」の運営ノウハウがわかるかも! と思って来てくださった方もいたかもしれませんね。
でも、企業の中で“編集”に携わっている人たちは、決して「コンテンツを作る仕事」だけを担っているわけではありません。おふたりの経験を通じ、それをどうしても伝えたいと思いました。
企業をとりまく、あらゆるステークホルダーとの関係性をどう築いていくかーー。つまりインハウスエディターは、Public Relationsの考え方を体現している役割のひとつなのです。
今後も継続的に、企業価値を高める「インハウスエディターの役割」を探究していきたいと思います。
—
Special Thanks to …
株式会社クラウドワークス(会場提供)