ブランドコミュニティは、語り継がれる「体験」によって生まれる──Minimal – Bean to Bar Chocolate -山下貴嗣さん
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顧客との長期的な関係構築を考えていく上で重要なキーワードとして、「ブランドを取り巻くコミュニティづくり」という表現をよく見聞きするようになりました。さまざまな情報に溢れ、一時的な流行が起こっては消えることを繰り返している時代に、熱狂的なコミュニティを継続しているブランドは日々どのような創意工夫をしているのでしょうか?
そこで訪れたのは、「新しいチョコレート体験」を届けることをコンセプトとして掲げる、チョコレートブランド『Minimal – Bean to Bar Chocolate – (ミニマル)』です。
このブランドの特徴は、顧客一人ひとりとの距離感が近いこと。店舗には日々リピーターが来店し、スタッフとの対話を繰り返しながらチョコレートを楽しむ姿が見られます。それはまるで、Minimalを発端としたコミュニティが形成されているかのよう。
D2Cを始め、顧客との距離感がビジネス上で注目を集める今、Minimalが実践している顧客との関係構築のあり方は目指すべきひとつのロールモデルのように感じられます。
今回は、Minimalを運営する代表の山下貴嗣さんに、ブランドとコミュニティのあり方について伺いました。
Profile
山下貴嗣 Takatsugu Yamashita
Minimal – Bean to Bar Chocolate – 代表(株式会社βace 代表取締役CEO)
クラフトチョコレートブランド「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を設立。現在5店舗1工房を展開。年間4か月強は、赤道直下のカカオ産地に足を運んで、農家と交渉し、良質なカカオ豆の買付と農家と協力して毎年の品質改善に取り組む。カカオ豆を活かす独自製法を考案し、設立3年で世界最高峰のチョコレート国際品評会で部門別最高金賞を日本ブランドで初受賞。グッドデザイン賞ベスト100及び特別賞「ものづくり」受賞やWIRED Audi INNOVATION AWARD 2017 30名のイノヴェイターにも選出。
※肩書き・プロフィールはインタビュー当時(2020年3月)のものです
強烈な「好き」の発信が、小さなファンコミュニティを形成する
─ Minimalは “ブランドコミュニティ”として広く知られるようになったと認識しています。2014年の創業時には、今ほどコミュニティの重要性が語られてはいなかったと思いますが、山下さんはいつ頃からコミュニティ志向を持たれていたのでしょう?
山下貴嗣さん(以下、敬称略):起業するタイミングでは、すでにコミュニティの必要性について意識していました。というのも、今の時代は当たり前のように、情報が誰にでも届きますよね。情報の非対称性が無くなっている面白い時代だなと思います。ただその一方で、隣の芝生が青く見えやすくなっているようにも感じられるんです。
─ 隣の芝生が青い、ですか。情報が手に入りやすくなるからこそ、人が迷いやすくなっているということでしょうか。
山下:そうですね。受け取れる情報が多いあまりに「情報難民」が増える時代だとも思います。そんな時代で大切なのは「僕たちは強烈にこういうことが好きだよ」と旗を立てることじゃないかと考えたんです。これからは、その旗の周りにスモールコミュニティができるような時代がやってくるだろうなと。
─ ビジネスを始めるために選んだ場所がチョコレート、要は「Bean to Bar」だったことも、コミュニティをつくる大きなきっかけになっているように感じられます。
山下:ものづくりで新しいブランドを立てることを考えていたので、新しいことにチャレンジするために強烈なファンコミュニティが必要だろうとは思っていました。つまり、同じ方向を向いて頑張ってくれる”同志”のような存在が。とはいえ、生き残るためには必然的にコミュニティが必要不可欠だったというわけであって、肩に力を入れて「コミュニティを作るぞ!」と企てていたわけではありません(笑)。
─ なるほど。Minimalのコミュニティは、時代の風潮にカチリとハマっているようにも感じられるので、意図してつくり込んできものだと思っていました。
山下:あくまで自然体でしたね。明確な「好き」を発信し続けることで共鳴する人が現れ、価値観が広がっていくだろうな、と。だから、ビジネスの根幹をコミュニティづくりに置くこともしていないんです。あくまで僕たちは「チョコレートを売っている人たち」なので。
─ まずは、目の前でつくり続けるチョコレートの質に徹底的にこだわる、ということですね。
山下:仮にコミュニティがブランドの成長において大切な要素だったとしても、集まる理由がなければ誰も集まらないですからね。お金を払うことに見合う対価を求めて人は集まるので、その中心にあるプロダクトにこだわり抜けなければ話が始まらないんです。僕らにとっては、シンプルに「チョコレートがおいしい」「このチョコレートが好き」と言われるものをつくれているのかどうかが何よりも大切です。
「自分ごとの体験」を語り継ぐことで共感の輪はつくられる
─ Minimalのブランドへの共感の輪は、どのように広がることが多いのでしょうか。
山下:完全に口コミですね。ブランドの発足当時メディアにもたくさん出させていただきましたので、もちろんそれをきっかけにMinimalを知ってくださった方もいらっしゃいます。長くMinimalを愛してくださる方は、このチョコレートを好きな人から勧めてもらって、という方も多いです。
─ 知り合いのおすすめだから信頼ができるというケースも含め、ほとんどのファンが口コミとなると、なにか理由がありそうですね。
山下:ファンになってくれた方が、”自分自身の体験を元にして”人に話してくれるからだと思います。Minimalの接客の特徴でもあるのですが、店舗での滞在時間がとても長いんです。一つひとつ商品を食べ比べて、スタッフと対話しながら好きなチョコレートを見つけていくので、体験が印象に残るんですよね。だから人に勧めるときも「このチョコレートは、カカオとお砂糖だけでつくられていてね……」なんていう風に、自分の言葉として伝えてくれるんです。その繰り返しでファンが定着しているのだと思います。
─ 自分ごととして体験を語ってくれる人がいて、その話を聞いて体験したいと人が訪れる。そうして、一人ひとりが自分だけのストーリーを持ち帰って、大切な誰かに話してくれているんですね。
山下:そうですね。頻度高く通ってくださる常連さんだと、週に2〜3回は来店くださいますし、一日に富ヶ谷店と銀座店と白金店を巡ってくださるケースもあります。本当にすごいなと思うし、ありがたいですよね。
─ すごいですね……! 全店舗を巡り歩くのはなぜなのでしょう。もちろん店舗の雰囲気は違うと思いますが、購入できる商品に大きな違いがあるわけではないですよね。
山下:スタッフと話すことを含めた購買体験を魅力だと感じてくださっているからでしょうね。「富ヶ谷店の〇〇さんと話して」「銀座店の〇〇さんに勧められて」、というように、スタッフありきで買い物を楽しんでいるお客様が多いんですよ。店内での試食もマニュアル化しすぎず、スタッフそれぞれの裁量に任せています。味わいの表現方法もスタッフによって違いますから、商品を購入する行為に加えて、スタッフとの対話を求めて来店してくださっているように感じます。
─ きっとお客様それぞれに「こういうときは、この店舗の〇〇さんの話を聞きに行こう」といった使い分けがあるんでしょうね。
山下:ブランドって多くの場合、創業者やオーナーのキャラクターが染み付くじゃないですか。でも、うちは「山下のつくったブランドだから」という理由で購入くださる方はそう多くないと思います。
─ 店舗で働くスタッフもお客様も、同じ“フォロワー”として、フラットにブランドを愛しているからなのかもしれませんね。従来のような「カウンターの向こうとこっち」という垣根が無くなっているように感じます。
山下:なるべく「買い手と売り手」という境界線は無くしていきたいと思っています。Minimalは「小さな完成品よりも偉大なる未完成品であり続けたい」とずっと思っているんです。職人というチョコレートの造り手がいて、スタッフという共感者の創り手がいて、僕みたいな仕組みの作り手がいる。そしてお客様は文化の創り手です。役割の違う人々が関わり合いながらできているのが、Minimalというブランドなんですよね。
ブランドは「球体」。関わる人の想いが遠心力を生み出していく
─ Minimalとしての世界観を表現するために、意識していることはありますか?たとえば、Minimalは頻度高くイベントを開催されていますが、だんだん“らしさ”を失っていくようなことはないのかな、と気になりました。
山下:テーマ設定をしっかりと置くことで、根幹のブレが起きないように意識しています。Minimalにとっては大きく3つ。「ものづくり」「テイスティング」「コミュニティ」です。ものづくりでは一緒に豆からチョコレートをつくるワークショップを、テイスティングでは“ディスカバーカカオツアー”という食べ比べのイベントを、コミュニティでは商品開発会議やプロジェクト報告会などを行なっています。
─ 3つの軸を基本にしつつ、あまり具体的な決まりを設けずにワークショップやイベントなどを行なっているのでしょうか。
山下:そうですね。イベントのトーンが違うとか、内容に統一感がないといったことはあまり気にしていません。むしろイベントを開催するときは、語り手としてスタッフが立つので、ある程度個性が生まれるのは当然なんですよね。面白いことに、同じワークショップに2〜3回参加してくださる方もいるのですが、それは雰囲気も内容も異なるからだと思います。前回は一人で参加して、今回はご友人を連れてきてくださる、なんてケースもありますよ。
─ 画一的にするのではなく、その場で生まれる温度や空気感をそのまま乗せる。だからこそ、Minimalに共感してくださる方が増え、その輪も広がるのかもしれませんね。
山下:僕、ブランドのことをよく球体で表現するんです。さまざまな想いや考え方を持った共感者が関わり合って、遠心力を生み出しながら大きな球をつくるのだ、と。だから色々な面があって当たり前。僕が正しいわけではなくて、「チョコレートを、新しくする。」というミッションにみんなで向かっていけたら、方法はどんなものでも良いんです。
─ 「熱狂」と表現されがちだからなのか、ブランドの成長は求心力によるものだと思い込んでいました。でも実は、遠心力による末広がり的なものでもあったのですね。
山下:そう思います。ブランドを作る一人ひとりには、それぞれの人生や生き方がありますよね。たとえば、初めてMinimalを訪れたときには独身だった方も、いつか結婚して子どもと一緒にMinimalを訪れてくれるかもしれない。そんな風に、あらゆる人が想いや考え方を変化させながら生み出すブランドだから「遠心力」。僕はそう捉えています。
正解を見つけすぎないのが“Minimalらしさ”
取材を終えると、山下さんが「よかったら、チョコレート食べていきませんか?」と一言。試食をした編集チームの一人が「まるで花火のよう。味の広がり方が好きです」と感想を口にすると、「そのフレーズいただきます。今度、お客様と話すときに使いますね(笑)」との返事が。
こんな風に、日頃からMinimalはお客さんと対話をしているのだな、と感じました。自分たちで正解をつくりきらない。目の前の共感者と一緒にブランドをつくっていく姿を目の当たりにし、その姿勢に“Minimalらしさ”を垣間見たような気がします。(編集部)