時代とともに役割を変えながら、企業のパブリックリレーションズを支える「企業博物館」――大正大学 高柳 直弥さん
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消費者・従業員・取引先など、様々なステークホルダーと良好な関係を構築するパブリックリレーションズは企業経営そのもの。そうした企業のパブリックリレーションズを表現する場の1つとなっているのが「企業博物館」です。馴染みのある言葉ではないかもしれませんが、出来立てのビールを試飲できる『アサヒビール四国工場』や、新幹線の運転気分を味わえるコーナーのある『鉄道博物館』など、日本各地にそれは数多く存在しています。
その企業に勤めている従業員だけでなく、地域の子どもたちや取引先の社員など、幅広いステークホルダーが入場できるのも特徴です。
今回は、そんな「企業博物館」が、企業のPR活動において、どのような役割を担い、貢献を果たしてきたのか。今後どう発展していくのかについて、「企業博物館」の研究に取り組む大正大学 地域創生学部 地域創生学科 専任講師 高柳 直弥さんにお話を伺いました。
Profile
高柳 直弥さん Naoya Takayanagi
地域創生学部 地域創生学科 専任講師
1984年生まれ。大阪府出身。大阪市立大学大学院で企業博物館をテーマとした研究で博士(経営学)を取得。2012年に台湾に渡り、実践大学(Shih Chien University)の助理教授(Assistant Professor)に就任。その後、2015年に日本に戻り、大阪市立大学や豊橋創造大学で教員を務めた後、2018年4月から大正大学地域創生学部の専任講師として、地方創生に関係するマーケティングや経営に関する授業を担当している。インターナルコミュニケーションやコミュニティリレーションズなど、コーポレートコミュニケーションにおける企業博物館の機能や役割に関する論文執筆や学会発表も続けており、そのための調査として、日本や世界各地の企業博物館の訪問や関係者ヒアリング、アンケート調査などを実施している。
なぜ企業は「企業博物館」を建てるのか?
——まず最初に「企業博物館」の定義について教えてください。
高柳さん(以下、敬称略):企業博物館は、「企業が作っている施設であること」と「その企業に関する情報がコンテンツであること」が条件です。そのほとんどが、 創業者の想いや、企業の歴史、商品説明、今後のビジネス展望など、企業に関する情報を知れるような施設になっています。
また、似ている類のものではポーラ美術館などの「企業美術館」もありますが、コンテンツが美術品・アート作品のものは企業博物館には含まれません。一方で「企業ミュージアム」と表現した場合は、企業博物館・企業美術館の両方を含んで捉えています。
——「企業博物館」は、日本にどれくらいの数存在しているのでしょうか。
高柳:正確な数字を計るのが難しく、実は日本国内だけで「200施設ある」という人もいれば「800施設ある」という人もいるんですよ。企業博物館と認める基準は、未だに議論が尽きないのですが、資料室など、社員や関係者のみにとじた施設を除き、ある程度一般の人達が見学可能になっている施設だけを選ぶと、200施設位ですね。
一般向けで入場料が必要な施設もありますが、儲けようという発想ではないですね。 僕自身、企業博物館に興味を持ったきっかけは、利益追求をすべき企業が、儲けに繋がらない博物館を作っている理由が気になったからなので(笑)。
——なぜ企業は利益に繋がらない企業博物館を建てるのでしょうか?
高柳:「企業博物館」には、将来製品の消費者になる人達はもちろんのこと、従業員、地域の子どもたち、観光客など、企業を取り巻く様々なステークホルダーが集まります。
例えば、従業員向けに企業博物館を活用する場合、1つの企業体として、共通のアイデンティティを持ってもらう助けになります。 M&A後であれば、特に別会社であった人達に向けて、どんな理念をもとに、何を大事にしてここまで来たのかなどを伝えることができます。
また、地域の子どもたちへの「教育」の役割もあります。小中学生が社会科見学で来るんですよ。彼らは、将来的にお客さんや未来の従業員になる可能性がありますよね。そういった若い世代に向けて、企業がどのような価値を社会や消費者に与えているのか、また、どのような未来を目指しているかを伝えることができます。
他にも、自社製品を作る上で、原材料を供給してくれている取引先やサプライヤー企業の方々を案内したり、最近では「観光スポット」として、外国人に人気の施設もあります。株主や投資家のための見学会を開催している企業もあり、あらゆるステークホルダーとの関係を築く貴重な場所になっているのだと思います。
市場の成長や、時代の変化と共に「役割」が変化
——最近では企業の工場見学も人気だと思うのですが、企業博物館とはどう違うのでしょうか。
高柳:工場見学はあくまで工場なので、日常の生産活動・製造活動を見ることができるのが基本です。だからこそ、安全面やセキュリティ面の懸念から、ある程度制約が見受けられます。そこを取り払い、より深い体験、学習機会を提供しようとすると、モデル化した企業博物館のような形になります。
また、「企業博物館」という名称は後付けなので、工場もそうですが、企業科学館や、企業資料館、鉄道博物館、郵政博物館など、いろんな名前の施設が存在しています。
——「企業博物館」はどのように生まれたのでしょうか。
高柳:日本で1番古いと言われているのは、現在は「川島織物文化館」として運営されている施設の前身である「織物参考館」。京都にある川島織物セルコンという会社の歴史の中で、明治時代に作られたとされています。
織物文化館のWebサイトによると、当時最新だった織技術で装飾した部屋を用意して、明治期に普及し始めた洋館の室内装飾を提案するようなフロアがあったとされています。現在でいうショールームのようなもので、製品の消費者・お客様へのアプローチですね。
また、面白いのは、自社製品だけでなく世界中にある織物の生地を陳列して、同業他社にもそれを見せることで、織物業界全体の発展を考えていたそうです。昔は、同業他社と一緒に発展していくための施設としての役割まで持っていたと考えられます。
——時代の変化とともに役割は変わってきているのですね。
高柳:単純な製品の陳列から、時代を重ねるごとに並べ方の工夫が見受けられるようになっていきました。特に大ヒットした製品は、ガラス張りのケースに入れて、アクセントをつけて紹介したり。要は「この会社はこの製品!」というブランドイメージを根付かせたかったのだと思います。
産業の発展とともに企業間の競争意識が強まり、ブランドイメージ、意味づけを大事にする企業博物館が増えていきました。どんな社会的な意義を持っているのか、人々の暮らしの変化にどう事業や製品が貢献したかなどを表現しています。
最近では「体験型」が人気です。日清食品ホールディングス株式会社の「カップヌードルミュージアム」はその典型です。ワークショップ形式で、チキンラーメンやカップヌードルを自分で作ることができるんですよ。こうしたものが増えていくと、企業博物館の定義自体も考え直さないといけないですよね。
——体験型が増えた背景には、何があるのでしょうか。
高柳:一方的に展示を観るよりも、実際に身体的な体験を伴うことで学習効果が変わります。また、体験型はものすごく評判が広がりやすいです。家に帰った後も、作った土産物を食べる場面があるので「どこで作ったの?」とか「作っている時はどうだった?」とか自然と話が盛り上がります。
「楽しかった、良かった」というポジティブな会話が、今はSNSでも広がっていきます。体験型が流行っている理由は、そうした口コミ・評判が生まれやすいからだと思いますね。
トヨタ産業技術記念館の成功事例から見える「広報」の必要性
——中でも、高柳さんが思う最もうまくいっている企業博物館の事例はなんでしょうか。
高柳:「トヨタ産業技術記念館」ですね。年間の来館者数をどんどん増やしているんです。大人が見ても「なるほど」と思うコンテンツが揃っているんですよ。繊維技術の仕組みを説明するゾーンや、車を構成するパーツの紹介、トヨタの理念や創業ストーリー。一般企業が研修として利用することもあるみたいです。また、子どもが楽しめるようなスペースや、レストラン、カフェも揃っています。あらゆるステークホルダーを想定したコンテンツが充実しています。
——来場者数が増えていく決め手は、そうしたコンテンツにあるのでしょうか。
高柳:それも1つですが、外部環境の影響も大きいと言えます。今は政策的に、観光、特にインバウンドが推進されています。トヨタ産業技術記念館は、名古屋駅近くの良立地に位置し、尚且つ英語が話せるスタッフが常駐するなど、外国人対応が万全。なので、外国人入場者数がどんどん増えているんです。
ちなみに、年間の来場者数が大きく増えたのは、2005年に愛知県で開かれた『愛・地球博』の時。トヨタ産業技術記念館の館長さんがおっしゃっていましたが、日本全国はもちろん、海外からも人が来て、旅行に関する口コミが掲載されているサイトに多くのコメントが投稿されています。
トヨタ産業技術記念館の館長さんは、もともとトヨタの広報出身で、より多くの人に知ってもらえるにはどうすべきかを考えていたPRパーソンです。
2014年に、トヨタ自動車創業者・豊田喜一郎さんをモデルにした『LEADERS リーダーズ』というドラマの収録では、トヨタ産業技術記念館が撮影等の協力をしています。ドラマ放送後、ドラマのシーンを思い出しながら館内を見学したことなどを書いたブログやSNSなどがたくさん見られるようになりました。
企業経営における広報活動の重要性が高まれば高まるほど“企業博物館の役割”は、これからもっと大事になってくると思います。どれだけ「理念を伝えたい」とか「会社のイメージを良くしたい」と、充実したコンテンツを作っても、来場者がいなければ叶いません。企業博物館は1つの経営体として、来場者を増やす戦略性を持つことも重要です。僕自身、企業博物館の研究の中で今最も関心があるのは、ここですね。
——今後の企業博物館はどのような発展を遂げていくとお考えですか。
高柳:今後はさらに「体験型」のコンテンツが増えていくのではないでしょうか。 また、あらゆるステークホルダーと良い関係構築をしていくためには、より「参加型」に近づいていくと思います。
例えば、企業博物館を作る過程に従業員が参加するんです。すると、愛着が芽生えますよね。出来上がったものを受け身で見るだけではなく、作る側に回っていく。そうした仕掛けが出来ていくんじゃないかなと思います。
また、研究として注目しているのは、「企業と地域社会の関係構築」です。僕の所属は地域創生学部なのですが、これまでの町づくりは、「行政」が主体で進めてきました。しかし、今後は「市民」が主体になって、考え、作り上げていく動きが期待されています。
これまで企業は地域に対して「お金を寄付する」「ものを寄付する」「観光スポットとしての集客」という視点で、あくまで提供する側でしかありませんでした。ですが、今後は企業博物館も地域に根ざし、いち市民として、街づくりに参加していく。地域とパートナーシップを結び、コラボレーションすることで、時代に合わせて企業博物館も発展していって欲しいと考えています。
企業ブランド、カルチャーを表現する装置としての企業博物館
考えてみると意外に身近にあったと気づく企業博物館。なんとなくその企業のことを知ることができる場所だということは認識していましたが、今回高柳先生のお話を聞いて、企業博物館がパブリックリレーションズを実践するために重要な役割を担っていることを知ることができました。
これまでは日本を代表する産業である製造業を中心にした企業博物館が多くを占めていましたが、産業のサービス化が進む事で、非製造業が増加し、またテクノロジーの進化も合わさることで企業博物館の形や役割はまた変化していくことが予想されます。
今後企業のブランドやカルチャーを表現する装置としてどのような企業博物館が生まれてくるのか楽しみです。(編集部)