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国内の市場規模や労働人口など、企業を取り巻く環境が大きく変わるなか、おのずと「企業と従業員の関係性」も変わりつつあります。「一度入社すれば、一生安泰」と言われるような日本の大手企業もまた、その例外ではありません。
終身雇用の見直しや中途社員の積極採用、副業解禁など、変革へと舵を切る大手企業が増えつつあるなか、その急先鋒とも言えるのが、カゴメ株式会社です。
取締役会長の寺田直行さんは、2014年の代表取締役社長に就任後、収益構造改革と働き方の改革を推進。新たなヒット商品や新規事業を生み出す土壌を作り上げてきました。
「働き方の改革は、生き方改革である」と語る寺田さんは、これからの企業と「個」との関係性について、どうあるべきだと考えているのでしょうか。自身の手がけた改革を振り返りながら、語っていただきました。
Profile
寺田直行 Naoyuki Terada
カゴメ株式会社 取締役会長
1955年島根県生まれ。早稲田大学商学部卒業。1978年カゴメ株式会社入社後、営業、営業推進、食品・飲料マーケティング業務に従事。2014年代表取締役社長に就任。社長就任以来、社内の業務改革と働き方改革を主導。2016年には長期ビジョン「トマトの会社から野菜の会社に」を発表。社会課題である「健康寿命の延伸」に貢献するため、「ニッポンの野菜不足をゼロにする」ことを目標に掲げている。2020年1月より現職。趣味はウォーキングとゴルフ。
※肩書き・プロフィールはインタビュー当時(2020年2月)のものです。
“強い個人”が企業を引っ張っていく時代を後押ししたい
─代表取締役社長から取締役会長へ就任されて、1カ月ほど経ちました。少しずつ日常を取り戻されていますか?
寺田直行さん(以下、寺田):いやぁ……まだまだです。少しずつ山口(聡 代表取締役社長)へバトンタッチをしているんだけど、社長1年目って、何もわかりませんからね。私もそうでした。
─寺田さんが社長に就任されたのは2014年、6年前のことでした。
寺田:当時は業績が乱高下していましたし、かなり厳しい状態でした。どこに問題があるのか、入社以来ずっと考えて仕事をしてきましたから、良いところも悪いところもすべてわかっていたつもりでしたけど、一言で言えば「変化に疎い」のが最大の弱点だったのです。
食品業界って、わりと保守的なんですよ。安心安全が重要視され、よほどのことがなければ大きく売上が低下することもない。右肩上がりの時代は、それで良かったんです。けれどもこれからの時代、国内人口が減少し、国内市場が伸び悩むことは目に見えています。
いまは、“地殻変動”と言っても過言ではないほどの構造変化が起きている時代。銀行やエネルギー産業、あるいは自動車や医療業界などは既にそれがはじまっていますよね。食は生活に不可欠なものだからこそ、まだ間に合うはず。踏みとどまっているうちに次の一手を打てるかどうかが大事です。
─新しい領域へ拡げていくとなると、それに取り組む社員も変化を余儀なくされるのでしょうか。
寺田:働き方は変わりますし、企業と個人との関係も確実に変わってきます。経団連もこの1月に公表した経営労働政策特別委員会報告で、日本型雇用システムからの転換を示唆していますが、これまでの採用のあり方は、時代にそぐわなくなってきています。
当社でもこれまで、新卒採用に加えて不定期に中途採用を行なってきましたが、より積極的に採用すべく、今年からあまり職種を限定せず、オープンに中途社員募集を行なっていきたいと考えています。その人が他の会社で身につけた専門性や強みを、当社でも発揮してもらいたいのです。
さらに人材育成についても、より長期的視点で考えていかなければならないでしょう。これまでは既存のポストに「適任者は誰だろう」と、場当たり的に考えて当てはめるところがありました。けれどもこれからは「将来的に会社を担う存在になるのは誰か」と、早い段階から成長の機会を与え、次世代のリーダーとして育てていくことになるでしょう。
イノベーションを起こすために、一人ひとりのパフォーマンスを高めて、成長速度を加速させていく、ということです。
─ただ、最近は入社1、2年も経たずに辞めてしまう人も増えています。採用や人材育成にコストをかけても、費用対効果は未知数です。
寺田:そういう意味では、これだけ外部環境が厳しくなってくると、会社が求める採用基準もシビアになってくることは確かです。入社3年目ともなれば、大きな差が出てくるでしょう。このままでは自分の能力を発揮することができない……あるいは、この会社では物足りない……。そういった人は、転職という選択肢を選ぶかもしれません。
一度きりの人生ですから、本当にこの会社でいいのか、と考えてもらいたい。みんな誰しも、能力はあると思うのです。ただ、それを発揮できる環境はそれぞれ違う。これからは一人ひとりが自らのキャリアプランをしっかりと考えて、企業を選ぶ。“強い個人”が企業を引っ張っていく時代になると思うのです。
「生き方改革」の答えは、現場の社員が持っている
─寺田さんは収益構造のみならず、社員の働き方にも改革を取り入れました。政府が働き方改革を打ち出すよりも前でしたね。
寺田:「会社を変える」ことが前提にありましたから、収益構造改革だけでは変わりません。働き方改革と両軸で行なわなければならないわけです。
そのなかでしきりに口にしていたのは、「働き方の改革は、生き方改革である」ということです。というのも、「働き方改革」というと一般的には「生産性の向上」。でも「それは会社の論理でしょ?」と言われれば、取りつく島もありません。なんとか自分ごととして認識してもらうためには……と考えたのが「生き方改革」でした。
多くの人が、1日の大半が仕事だと“錯覚”していますよね。でも仮に残業ナシ、1日8時間労働だと、残りの時間を家事にあてたとしても、20%近くは残ります。「自由に使える可処分時間」が20%もあるはずなんです。
では、その時間を何に使うか。家族や友人と過ごす、教養を深める……副業に使ってもいいでしょう。一度きりの人生ですから、仕事以外にもやりたいことを見つけましょう、と呼びかけているのです。
─「何をしたらいいかわからない」とか「残業代が減ってしまう」といった声も挙がりそうですね。
寺田:そうなんです。でもこれは、人事戦略というより経営戦略。会社を変えるには、一人ひとりの働き方や考え方が変わらなければ、変わらないわけです。
まずは20時以降の残業を原則禁止し、フレックスタイムやテレワークなどさまざまな制度を活用しながら、結果として、年間の平均総労働時間はこの5年間で130時間ほど削減。有給取得率は55%から85%にまで引き上げることができました。
─反発の声もあったのに、改革を実現できたのはなぜだったのでしょう?
寺田:当初は管理職たちに対して「残業原則禁止」「有休取得」と言いつづけていたのですが、途中からやり方を変えてみたんです。先ほどの「働き方の改革は生き方改革」という言葉もそうですし、全国各地の拠点を回って、現場の社員たちと話す機会を設けました。
はじめのうちはやっぱり、遠慮している感じなのですが、だんだん言いたいことを率直に言ってくれるようになるんですよ。「残業をせずに仕事を終わらせるのは難しい」とか。けれども私が答えをすべて持っているわけではない。「どうすれば定時で終わるか、考えてみようか」と、問いかけなおすのです。すると、ベテラン社員から「こうすればいいのでは」と、意見が出てきたりする。自分たちでできることを考えてくれるんですね。
─「上司から言われたから、こうした」ではなく、「自分たちで考えて、こうしてみる」という思考になってくるわけですね。
寺田:そうなんです。こちらとしても現場の状況がよくわかりますしね。自発的に「こうしてみます」という雰囲気になる。そうやって、経営と現場の距離感は確実に近づいてきたと思います。
人生100年時代は、仕事も趣味も健康も大切
─社員の働き方が変わったことで、会社にはどんな変化が表れてきたのでしょうか。
寺田:その間、営業利益率も2015年の3.4%から2018年の5.7%(2019年は事業利益率(*1)6.8%)に上昇しました。社員一人当たりの残業時間が減っているなかでそれを実現しましたから、明確に生産性の向上を図ることができたわけです。
社員単位で見ても、「家族で晩ごはんを一緒に食べるようになった」とか、ジムに行ったり英会話に行ったり……国内MBAを取得した社員もいますし、まだ少数ですが、副業をはじめた社員もいます。
(*1)2019年度より国際会計基準を適用
─そういう意味では、カゴメの商材は日常生活と密接に関わっているからこそ、仕事以外の時間に得た気づきも、仕事に活かせそうですね。
寺田:まさにそれが「生き方改革」の狙いなんです。これからの時代、いかに厳しい環境を勝ち残っていけるか。それは企業にも問われていますし、個人にも問われています。何をもって勝ちとするのか、というのはあるだろうけど、仕事を通じて自分自身が成長して、それを会社も評価してくれて、社会に貢献できている実感を得られる……。それを望むなら、可処分時間を活用して大いに学ぶしかないんです。
─人によっては、「仕事はそこそこでいい。あとは趣味や好きなことに使いたい」と考えるかもしれません。
寺田:もちろん、それを否定するわけではありませんが、人生を構成する要素はさまざま。ましてや人生100年時代となれば、それを支える資産も必要です。
人生を大いに楽しむために、仕事の時間をハッキリ決めて、成果を上げて評価してもらって、残り時間で自分のやりたいことをやりましょう、と。自身の成長に投資する人もいれば、家族との時間を大切にする人もいる。そうやって、会社任せではなく、自分自身で生き方を決めることが重要なのです。
「カゴメで働いていたら健康になった」と思ってもらえるように
─寺田さんは入社以来、営業やマーケティングに携わってこられたとのことですが、パブリックリレーションズをどう捉えていらっしゃいますか。
寺田:社長に就任してから一層、パブリックリレーションズをより広い視点で捉えるようになった気がします。株主の皆さまはもちろんのこと、取引先には大手チェーンもあれば、野菜を生産する農家の方々もいるわけです。社長、そして会長として社を代表して関わる機会は増えましたし、そのなかでさまざまな方と出会えるのはとてもありがたいことです。
それに、企業の社会的意義、社会的責任について、以前から強い関心を持っていました。世界情勢や国連でのやり取り、各国の動向を見ていると、政治の限界を感じるというか、なんとかならないかなぁ……と考えてしまうけど、だからこそ、企業の果たす役割はますます大きくなっていると言えるのかもしれません。実際、多くの企業がグローバルに展開し、SDGsをはじめさまざまな課題解決に取り組んでいますからね。
─グーグルやアップル、アマゾンといったグローバル企業が私たちの生活に大きな影響を及ぼしていることを考えると、企業には国よりも社会を変える力があると言っても過言ではありませんよね。
寺田:一方で、そういった限られた企業が影響力を持ちすぎているのではないか、という批判もある。ただ、私たちは私たちとして、「人々の健康寿命を延ばす」「持続的な農業のあり方に貢献する」といった、社会課題に取り組んでいきたいと考えています。
─カゴメがそういった長期的なビジョンを目指すなかで、企業と個人との関係性はどのようになっていくとお考えですか。
寺田:私自身の発想はいつも一貫しているのですが、会社の価値観よりも個人の価値観が優先される時代になってきていると思うのです。社員というよりも、一人の人間としてどう思うか、どう働きたいのか、ということ。
世の中にはさまざまな会社があるけれど、実力のある人でも、たまたまその会社の制度で「少なくとも50歳を超えなければ部長になれない」ところもある。けれどもすこしずつ雇用の流動化が進んで、企業側も中途社員を求めるし、個人も「いまよりもいい会社」を求めるようになった。
そういう意味では、カゴメにおいても社員一人ひとりを適材適所に配属し、フェアな実力主義でしっかりと評価していく人事制度が整ってきたと思います。
ただ、これは美辞麗句かもしれないけど、カゴメで働きつづけようが辞めようが、社員一人ひとりが「カゴメにいてよかったな」と思ってもらえること……「カゴメに入って、健康に過ごせたな」と思ってもらうことが、いちばんいいことなんじゃないかと思うんです。
だって、ウチでは毎日野菜ジュースが飲み放題ですからね(笑)。残業も少なくて、「ベジチェック™」(*2)で野菜摂取の充足度をカウントして、野菜をたくさん食べるように促してくれる。結果的に、「他の会社で働くより、カゴメに入社したから、長生きできた」というのが理想的じゃないですか。社員たちには、そんな思いを持ってもらえたら、と願っています。
変化の時代だからこそ、企業と個人は対等になっていく
「世の中でいちばん嫌いなのは、偉そうにしているタイプ。普通にしてたって、社長って偉そうに見えるでしょう? あぁはなりたくないな、って思っていたんです」と笑う寺田さん。社内でも役職ではなく、「○○さん」と呼び合うように促すなど、制度面だけでなく意識面でも「変化」を取り入れようと、つぶさに取り組んできた印象を持ちました。
会社と従業員が接する時間=勤務時間に制約をかけ、それ以外の時間で自己研鑽を促すことは、ある意味、会社から従業員に対して「大人になること」を求めることかもしれません。これからの変化の時代、個として立ち続ける力を身につける、ということ。それは、会社の姿勢として厳しくも、誠実で優しいあり方なのだろうと感じました。(編集部)