ICCパートナーズ 小林雅さんに聞く「カンファレンスは“場づくり”。参加者と真剣に向き合えば、やるべきことは自ずと見えてくる」
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きたる2018年11月27日、PR Table社では大規模なカンファレンス実施を控えています。その準備に着手するなかで、ひとつの「場」をつくるためには、多方面にわたるリレーションの構築が必要であることをあらためて実感しています。Public Relationsの考え方を、一箇所に集約して実践していくような——。
そこで今回はカンファレンス運営の大先輩にお声がけし、その心構えをご教示いただくことにしました。
注目したのは、「ともに学び、ともに産業を創る。」というコンセプトを掲げる、経営者・経営幹部のためのコミュニティ型カンファレンス「Industry Co-Creation(ICC)サミット」。
運営元のICCパートナーズでは、750名以上の人が集まるこのカンファレンスを、年に2回、各地で開催しています。
どんなことに気を配ってカンファレンスの企画・運営を実践しているのかをお伺いするため、ICCパートナーズ代表の小林雅さんをたずねました。
Profile
小林 雅さん Masashi Kobayashi
ICCパートナーズ株式会社 代表取締役
東京大学工学部卒業後、1998年に経営コンサルティング会社「アーサー・D・リトル(ジャパン)」に入社。 主に日本の大手製造業の新規事業立案のプロジェクトを担当。2001年に独立系最大級のベンチャーキャピタル「エイパックス・グロービス・パートナーズ(現在のグロービス・キャピタル・パートナーズ)に入社。 2004年、同社のパートナーに29歳で就任。
2004年からインターネット業界の経営者・幹部が集まるカンファレンスNew Indusry Ledaers Summit(NILS)の立ち上げに参画。その後10年以上にわたり、カンファレンスの企画・運営に携わった。
2007年にはベンチャーキャピタルを共同創業し、累計150億円以上のベンチャーキャピタルファンドを設立。2015年10月に独立し、2016年4月にICCパートナーズ株式会社設立とともに代表取締役就任。産業を共に創るトップリーダーの集まるコミュニティ「Industry Co-Creation(ICC)」の企画・運営を通じてオープン・イノベーションの実現に取り組む。
面白いのは、挑戦している人と一緒に活動できること
— 本日はカンファレンスの運営について、ぜひいろいろお話を聞かせてください!
小林さんは10年以上にわたり、さまざまなビジネス・カンファレンスの企画・運営をされていますよね。はじめはどんなきっかけで携わるようになったのですか?
小林さん(以下、敬称略):もともと、日本にもベンチャー支援の場があればいいとは思っていました。ただそれ以前に、自分自身の人脈やネットワークを広げたい、と考えたのが先ですね。
2004年、29歳のときに、僕はグロービス・キャピタル・パートナーズでベンチャーキャピタルの仕事をしていました。重要な意思決定をする役職になったときに、「俺、パートナーになったはいいけど、人脈がない」と、ふと気づいて。どうしよう、と。
— 当時は小林さんご自身が、ネットワークを広げる場を求めていらっしゃったんですね。
小林:そうですね。最初は、CNET Japan主催のイベントに企画メンバーとして参加しました。そこでメンバー同士、お互いの人脈を共有することで、それまでは接点がなかった方たちと知り合うことができたんです。
人脈が広がるのを「楽しい!」と実感できたことが、原点かもしれませんね。ネットワークを通じて、大きなイベントを動かしていける。ひとりではなかなかできないことが、どんどん形になっていく楽しさです。
スポーツの世界でも同じですよね。たとえばサッカーが上手い人は、自分より上手い人とプレイすることでどんどん強くなります。当たり前の話ですが、ビジネスでも、多くの人は自分より優秀な人と一緒に働きたいと思うじゃないですか。
— 確かにそうです。そうしたひとつの場として、カンファレンスやイベントの可能性を見出されたのですね。
小林:はじめは不純な動機で関わりはじめたわけですが、開催するとみんな喜んでくれるし、社会的な意義もある。もちろん、自分自身の学びにもなります。愚直にやり続けていたら楽しくなっちゃって。現在はベンチャーキャピタルを辞め、ICCパートナーズを設立し本腰をいれてカンファレンスの運営をはじめたのが2016年頃でした。
— 当初の目的を超えて、本格的に取り組まれるほど“楽しくなった”のはどんなところですか?
小林:僕は「真面目に成長したい」「産業を創っていきたい」という人など、とにかく挑戦している人と一緒に活動するのが面白いんです。
ただ、自分が楽しいだけでは自己満足でしかないですよね。
だからこそ、そこからスターが出てきたり、提携や協業が進んだり、新たな産業が生まれたりするような場を作りたいと思うようになりました。
ボランティアスタッフにも「本気で学んでほしい」
— ここからは、2018年2月に開催された「ICCサミット FUKUOKA 2018」のお話を軸に、小林さんご自身が関係者の方々とどのようなリレーションシップを築いていらっしゃるか、おうかがいしたいと思います。
PR Tableからもメンバーが数名、参加させていただいたのですが、とにかく運営のみなさん、登壇者のみなさんも含め、全員で楽しんで作っていることが随所から伝わってきました。まずは、運営チームはどのように集めていらっしゃるのですか?
小林:ICCパートナーズ自体の社員は5名(2018年5月現在)ですが、約120名のボランティアチームと共に活動しているんです。基本的には僕が応募者全員と電話面談して、参加してほしいと思える人に協力してもらっています。
このボランティアチームの中で、毎月交流会をしたり、その中でイベントを企画したりと、活発なコミュニティになっているんですよね。
もちろんカンファレンス当日も、学生や若手にとっては、普段ふれあうことがあまりない、経営者や起業家の話を直に聞くことが大きな刺激になるはずだと思っています。
さらに最近では、スポンサーからの“奨学金”がつくようにもなりました。
— 奨学金ですか?
小林:全員ではありませんが、遠方から参加する学生に対し、スポンサー企業から会場までの旅費を半額負担してもらう仕組みです。がんばってくれている人たちに、何かしらの形で還元したいと思ったんですよね。
もちろん、僕が払ってもいいんですけど(笑) それよりも企業の方からサポートいただくことで、スタッフの活動に感謝してくれる、応援してくれる人がたくさんいるということを可視化したかった。さらに支援を受けることで、「自分は支援を受けられる立場だからがんばろう」と感じてほしいと思いました。
— 「半額支援」にしているのは、何か意図があるのでしょうか。
小林:本気で学んでほしいからですね。自分のお金や時間を実際に投資するからこそ、実のある学びができる。そう考えると、全額補助は本人のためにならないんですよ。
— なるほど……!
会場に飾る「生け花」ひとつのために、華道の家元に会いに行く
— ICCサミットでは、スタッフのみなさんと一緒に進めていらっしゃる準備の様子を、参加者側もFacebookで知ることができるのも印象的でした。
小林:自分たちが見ている世界をあらかじめ共有することは、すごく重要だと考えています。特に初参加の方には、ギャップがないように。それこそ会場の下見の様子から、当初の計画が変更されていく状況まで、すべてオープンにしています。
申し込んだはいいけど、実際に参加して、自分の期待と違っていたらお互いにハッピーじゃないですよね。
基本的に、参加者のみなさんに対してすべての情報は開示しているし、過去の動画もICCサミットに参加登録したら閲覧できるようになっています。過去の情報は無料で配っても構わない、むしろ次に参加するための予習をしてもらったほうがいいと思っています。
自分たちの姿を正しく伝える。それによってもし、好き嫌いや違和感を感じるなら、むしろ参加はおすすめしていません。
— 開催前の段階から、参加者との信頼関係を深めているのですね。カンファレンス当日の設計はどのようにされていますか?
小林:まず、会場の導線設計や装飾にはかなりこだわっています。
会場の図面を見ながら、時間帯によって、どんな属性の参加者が何人くらい動くのか想定し、すべての導線を考えています。ここに軽食を置けばセッションを終えた人たち同士で交流が生まれるだろう、ここにスポンサーブースを設置すれば露出が高まるはず……というように。
こうした細かな仕掛けをひたすら考えていくと、場としては非常に盛り上がっていきます。商業施設のデザインに近いですね。
— たとえば、どんなポイントにこだわっていますか?
小林: 会場で用意する軽食ひとつにも、気を配っています。「ともに学び、ともに産業を創る。」というカンファレンスなのに、用意された食べ物が多く、血糖値が必要以上に上がりやすかったり、栄養バランスが悪かったりしたらよくないじゃないですか。
だから適度につまめるお菓子を少し置くとか、野菜を使ったスムージーをテイクアウトで出すとか……。普段の生活でも考えるべきことを、カンファレンスの会場でもしっかり反映させるわけです。
ただ、失敗もあるんですよ。福岡のカンファレンスでは、ちょっとしたデザートを用意したところ、見事に余ってしまって。そこで「男性の参加者が多いときは、デザートはいらない」という仮説がひとつ、できました。
僕たちは、そうした実験を繰り返しているんです。
— さまざまな試行錯誤をされているのですね。ちなみに、「装飾」にこだわっているというのは……?
小林:2018年秋に京都で開催する予定のICCサミットでは、会場に生け花を飾るため、京都にある生け花の家元 (未生流笹岡三代家元 笹岡隆甫さん)に会いにいくところからはじめています。
— それはすごいですね!
小林:わざわざ京都で開催するのですから、地元である京都の人たちに何かしら還元することも大事にしていきたいと思っているんです。
参加者のみなさんも、せっかく京都にきているのに、京都らしいものを何も見ずに帰るのはもったいないじゃないですか。せめて会場の中で、京都の美の世界観を実現しよう、と。
— 参加者の方の満足度を上げるだけではなく、開催地域の方への配慮でもあるのですね。
小林:そんな装飾ひとつにまでお金をかけるのはどうなのか、という議論もあるかもしれません。でも僕たちはとにかく、こうした一つひとつの「作り込み」を大切にしています。
たった4日間のイベントですので、年に2回の開催だと180日を準備にかけられる。それだけ準備すれば、相当いいものができるのは当たり前です。
逆に僕たちは、180日間を準備にかけられるようなビジネス規模のイベントを作らないといけない。そのためにも、究極的に高いクオリティのカンファレンスを目指しているんです。
ICCサミットという“場”との関係を築くことが大事
— さて、それではICCサミット最大の特色でもある、セッションの“作り込み”についてお話を聞かせてください。カンファレンスの登壇者の方々は、どのように選ばれていますか?
小林:シンプルに、僕が話を聞きたいと思っている人や、「こういう起業家を応援したい!」と思える企業を、無数にあるスタートアップやベンチャー企業の中から選んでいます。選んでいる基準の根底には、社会の課題を解決するために、真面目にがんばっている起業家にデビューしてほしいという想いがありますね。
ただ最近は回を重ねてきたこともあり、7割は過去に登壇していただいたことがある方に声をかけています。それは一度カンファレンスに出てもらい、「良いセッションとは何か」を理解していただいているからです。
— それは意外でした。では新規の登壇者の方とは、どのようなリレーションをとっていらっしゃるのですか。
小林:新規の登壇者の方と、僕が個人的に仲良くなろうとすることはありません。
「こういうテーマで、他の登壇者は誰と誰です。登壇していただけませんか?」と打診することがほとんどですね。僕との関係性ではなくて、ICCサミットのセッションという“場”との関係性を作ることが重要だと思っていて。
実際の登壇を経験し、その場に満足いただければ、あとから自然に関係性は生まれていくものですよ。実績がすべて。ひたすらそれの繰り返しです。
— さらにICCサミットでは、各セッションの人気率を数字で定量的に表現していて、参加者に対し、すべてオープンにしていますよね。登壇者の方にとっては、なかなかシビアな状況だと思うのですが……。
小林:そうですね。評価のポイントが、実は内容ではなく人選やテーマ設定であることも多いので、登壇者の気持ちを考えると申し訳ないと思うこともあります。でも、僕たちが究極的に実践したいのは、全セッションの評価を全部ガラス張りにすること。
すべてを開示してこそ、改善される部分があると考えているんです。事実、参加者からの評価を開示するようになってから、カンファレンス開催ごとに各セッションの評価は高くなっています。
いくら周到に準備していても、パーフェクトにはなりません。だからこそ問題があったところは、なぜ問題があったか、その問題をどう改善すべきか、自分たちで考えなければならないと思っているんです。
— セッションの改善に、小林さんご自身が取り組まれることもありますか?
小林:そうですね。一部の問題は、仕組みで解決できるところもありますから。たとえばセッションの評価は、モデレーターの力で決まってしまうところがあります。そうした声はアンケートからも明確に出てくるんです。
ただ、モデレートの達人を全セッションにアサインできるわけではありません。だからノウハウを共有するために、僕自身がモデレーターのメソッドを開発したりしています。
— なるほど。
小林:会場でのコミュニケーションを設計し、解決につなげることもあります。たとえば、小さな会場はその場が盛り上がりやすいのですが、大きな会場になるとどうしても、登壇者と参加者の間に距離感が出てしまいますよね。
そこで、登壇者の前にオブザーバーと呼ぶ審査員のような人に座ってもらい、登壇者にその人と対話する感じでセッションを進めてもらったりしています。こうしたセッションの形は一つひとつ観察しながら、効果がありそうなものはフォーマット化して実践していますね。
— とにかく、参加者が学ぶ「場」をどのように作るか、どのように改善していくかを徹底して考えているのですね。
小林:そうです。僕がカンファレンス運営で取り組んでいるのは、直接コミュニケーションをとったり、人を紹介しまくったりするようなことではありません。とにかく、「場をつくること」に専念しています。
自然にコミュニケーションが盛り上がるような場所にするには、どうしたらいいか。自分ひとりですべてのモデレーションができるわけではないので、どこにどのような手を加えればいいのかを考える。それは、ちょっとした工夫次第でいくらでも改善できることなんですよね。
場を作る構成要素って、やっぱり“人”、つまり参加者なんです。小さな気分の変化が、ひとりにとっては1%だったとしても、それが100人分集まれば、会場全体の雰囲気をガラッと変えます。セッション会場での座り方、BGMの音量ひとつ、食事の出し方、飲むビールでも変わるんです。
一つひとつは些細なことかもしれませんが、盛り上がっている場とそうでもない場を比べると、会場の選定の仕方から、BGMなどの細かい部分まで、すべてに違いが出ると思っています。
— 本当に細かいところまで目を配って、場づくりをしていらっしゃることがよくわかりました。
市場原理を前提に、健全な共創ができる構造をつくる
— 最後に、スポンサー企業の方々とはどのような関係を築かれているのか、教えてください。
小林:基本的には、競争原理に基づいた“共創”の仕組みを作っています。
— それは具体的に、どういうことでしょうか?
小林:僕たちのカンファレンスは、短期的な会社の利益を出すために開催しているものではありません。だから企業側にも、「その場で営業につながるか」などという視点ではなく、“好感度の貯金”をしてもらうような感覚で参加していただいています。
たとえばある企業では、バリスタの淹れるコーヒーを提供してくださっています。そうすると参加者は美味しいコーヒーが飲めて、その企業に対する印象が非常に良くなる。僕たちからすると、本来は自分たちが用意しなければならなかった飲み物を、より高いクオリティで提供してもらえる——。
そこで「昨年は2日間でこのくらいのコーヒーが出た」という実績ができると、当然ながら、集客のイメージがつきやすくなり、今度は他の企業もスポンサードしやすくなります。
そうした構造を作って提案していくと、市場原理にもとづいた競争ではありつつも、参加者にもメリットがあり、結果的に双方に良いコラボレーションが実現できると思っているんですよね。
今は飲食だけではなく、セッションをロビーなどで中継する映像機材なども、すべてスポンサー企業から提供いただいく予定です。
— 参加者、スポンサー企業、そして自分たちの三方よしになるように、関係性を設計しているんですね。まさに360度のステークホルダーに配慮されていらっしゃる。
小林:とにかく、徹底的に「ユーザーファースト」で考えることだと思います。参加者にとって意味のあることは何か、価値を感じてもらえることはどんな体験か。それを一つひとつ、主催者として真剣に検討していく。何よりも、それがいちばん大事なことなのではないでしょうか。
Public Relationsは1日にしてならず
地道な努力——。お話を聞いた印象は、まさにその一言につきます。カンファレンスを開催するにあたり、一つひとつのことがらに対する配慮の細かさ、さらにそれを徹底して実行されていることに感銘を受けました。
でもそれらの取り組みについて、小林さんは終始にこやかに、本当に楽しそうに話してくださったのも印象的でした。
カンファレンスというひとつの「場」を通して、参加者の方に何を得てほしいのか。そこから何を生み出していきたいのか。
小林さんをはじめ、運営チームが本質的なミッションと向き合っているからこそ、ICCサミットが多くの方々が集まる場になっているのでしょう。私たちにとっても、大変貴重な学びの機会となりました。(編集部)