会社は「子ども」。社員全員で家族のように育む姿勢が、組織の“当たり前”を軽やかに超える——『和える』流の働き方
INDEX
2011年に創業し、「日本の伝統を次世代につなぐ」という想いで、全国の職人さんと共に赤ちゃんから大人になっても使えるオリジナルの日用品を手作りする“0から6歳の伝統ブランドaeru”事業や、地域の伝統を五感で体感できるホテルの一室を設える“aeru room”事業などを展開する、株式会社和える。
代表取締役の矢島里佳さんは、慶應義塾大学在学中、4年生のときに会社を創業し、「World Economic Forum – Global Shapers Community」世界経済フォーラム(ダボス会議)への選出や各省庁の有識者会議への出席、APEC「APEC BEST AWARD」の受賞など、ミレニアル世代のリーダーとして多方面で活躍されています。
「伝統×赤ちゃん・子どもたち」という特色あるビジネスモデルから、その事業については多くのメディアに取り上げられていますが、その組織運営や、社員との関係性構築にも大きな特色があります。
会社は、「和えるくん」というひとりの男の子。そして“その子”を「社員のみんなで育てている」——。
矢島さんがご自身の著書の中で語っている、こうしたユニークな考え方や価値観(※1)。社員のみなさんとどのように共有し、事業を前に進めているのだろう? ふとそんな疑問が浮かびました。
今回は「和える」のエンプロイー・リレーションズ(※2)に着目し、矢島さんと、東京直営店「aeru meguro」で働く松下愛さん、平井響さんのお三方に、日々の仕事の様子を伺うことにしました。
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※1:「和える」の仕事観についてまとめられた書籍 『やりがいから考える 自分らしい働き方』
※2:エンプロイー・リレーションズ(Employee Relations) …… 企業が従業員と良好な関係を構築するため、企業内で行うPR(Public Relations=パブリック・リレーションズ)のこと。
Profile
矢島里佳さん Rika Yajima (写真右)
株式会社 和える 代表取締役
1988年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り始め、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時である2011年3月、株式会社和えるを創業。2012年3月、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出すべく、“0から6歳の伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す。オンライン直営店から始まり、2014年、東京直営店「aeru meguro」、2015年京都直営店「aeru gojo」をオープン。“aeru room”、“aeru oatsurae”など、日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を展開中。
松下愛さん Megumi Matsushita (写真中央)
株式会社 和える「aeru meguro」ホストシスター
2017年4月、和えるに入社。前職はメディア業界。和えるの「ものを通して伝える」姿勢にジャーナリズムとの共通点を見出し、転職。かつては画面を通して情報を伝えていたが、現在は現場の職人さんから聞いて感じたことを、店舗でお客様と実際に顔を合わせて伝えている。
平井響さん Hibiki Hirai (写真左)
株式会社 和える 「aeru meguro」ホストシスター
日本の伝統や文化に強く惹かれて、大学4年時の2017年夏、和えるに内定。その後、「aeru meguro」で働きはじめ、大学卒業後の2018年4月に、和えるに入社。先輩たちの仕事からさまざまなことを吸収しながら、日々、日本の伝統を伝えるために奮闘している。
「どこにいられたら幸せですか?」自分で選ぶ働き方
― 早朝から別の取材クルーが来られていましたけど、やはりお忙しいんですね。
矢島里佳さん(以下、敬称略):いえいえ、11時から「aeru meguro」が開くので、それまでにお話しさせていただくことが多いです。でも、こうして社員と共に取材を受けるという機会はとても珍しいので、楽しみにしておりました。
― そうなんですね。もともと、メディアを通じて矢島さんのお考えによく触れていたんです。そこから、「和える」を育んでいる社員のみなさんはどんなふうに働いていらっしゃるのかな、と気になって。2011年に創業されて今年で8年目ですが、今、社員の方はどのくらいいらっしゃるのですか。
矢島:社員数……実は、私たちはそのような表現をしていません。いわゆる正社員やアルバイトなど、一般的な雇用形態を当てはめるのではなく、一人ひとりがどのように働きたいのかを聞いて、それに合わせて社労士さんに相談しながら、契約形態をつくっています。
私たち自身、働き方の革新の中にいるという感覚で、自分たちが心地よく生きていけるような働き方を模索しているのです。考えながら挑戦して、また考える、ということを繰り返しています。
― スタッフの方を採用する際に、「どんな働き方をしたいのか」とたずねるのですか?
矢島:そうですね、そもそも「どこにいられたら幸せですか?」という質問からはじまります。すると、聞かれた方も「あっ!」と驚かれることもあります。
松下愛さん(以下、敬称略):直営店で定期的に開催している採用説明会などでも、入社を希望される方から「最初はどこに赴任するのですか?」と聞かれることがあります。でもそういう質問は、「和える」ではそもそも成り立ちません。
矢島:その方自身の人生なので、会社が「あなたはここへ行ってください」と指示するのは、不思議だと思っています。
― 確かにそうですね……なんだか、採用面接で当たり前だと思っていることが揺らいでしまうような感覚です。
松下:おそらく、一般的な採用面接では、志望動機や勤務希望などをたずねると思うのですが、私たちは、「どんなことが好きか」「どんな人生を歩みたいか」といった、その方自身のことをお伺いします。
面接というより、その方を家族として知りたい、そして私たちのことも知っていただいて、お互いに「一緒に働きたい」と思えるような対話の場になっているとうれしいです。
― 松下さんと平井さんはおふたりとも、そういうやり取りをして入社されたのでしょうか。特に平井さんは、この3月に大学を卒業したばかりだそうですね。
平井響さん(以下、敬称略):はい。私自身、在学中の昨年8月から、内定後に「aeru meguro」で働いていたのですが、一刻も早くみんなと一緒に仕事をしたい、日本の伝統をつないでいきたい、という気持ちがあったので、たびたび卒業後の相談をしていました。
矢島:それで今年3月、「これで学生生活は終わったけれど、大学へ通っていた時間を何に使いたいですか? これからどういう働き方をしたいですか?」とたずねました。
平井:和えるに内定してからずっと、みんなは家族のような存在でしたので、これからの「働く」と「生きる」を考えたとき、やはりここで家族のように働いていきたいと思い、その気持ちを伝えました。
矢島:ですから、それまでは社会的に「アルバイト」と言われる雇用形態でしたけど、彼女の想いを聞き、4月からフルタイムで働く、「社員」として働くことになった、ということですね。
オンラインでやり取りする「今日も元気です!」
― 今回、みなさんが社内でどのように関係性を構築しているのか、お伺いしたかったんです。直営店が東京と京都にありますが、どのようにコミュニケーションを取っていますか。
平井:私たちの事業は日本の伝統と関わりが深いので、アナログだと勘違いされることもあるのですが(笑)、オンラインのシステムを利用しています。
東京と京都の拠点を常時、オンラインでつないでいて、出社したら「おはようございます!」とお互いに挨拶し、その日の体調や気分なども顔を見ながら話しています。「今日は元気です!」「少し体調が良くないです」といったことも伝えます。
― 「元気です!」まで、伝えるんですね。
矢島:普通に出社したら、隣の人とお話しますよね。お互いに体調を伝えれば、誰が早く帰った方が良いかもわかりますよね。
それに誰かの仕事が立て込んでいるようであれば、全員で調整をして、なるべく連続で休める日を作ることもできます。体調によって、パフォーマンスは日々変わります。なので、体調を伝え、お互いの働き方を考えることはごく自然なことです。
松下:東京と京都で距離は離れていますが、Webカメラをつないでいるので、同じ空間でずっと一緒に働いているような感覚ですね。
矢島:それと、月に2度、全社会議を行っています。Webカメラでつないで、「何か全社に伝えたい人はいますか?」からはじめます。
— 矢島さんに限らず、誰から話しはじめてもかまわないんですね!
矢島:そうですね、なんだか家族会議に近いかもしれませんね。最近感じたことや、「これは、みんなで話し合ったほうがいいよね」と思ったら、それを話し合うことも。特に流れは決まっていないので、みんながそれぞれのことを共有してから、私がこれからの予定や新規事業について話すこともあります。
松下:この前はバングラデシュに出張していたので、そのお話からはじまりましたよね。
矢島:そうそう。議題はまったく決まっていないのです。その日の会議の直前に降ってくる何かをシェアするような感覚。これは、ひょっとして、「全社会議」とは言えないのでしょうか…?
一同:(笑)
松下:前職では、議題が書かれているA4の紙が配られて、何を話すかがあらかじめ決まっていましたね。確かに全社会議というと、そんなイメージだったと、今、思い出しました(笑)
矢島:そうすると、和えるの会議は「リビングの団らん」に近いですね(笑)私は、出張などでわりと「家にいないことが多いお母さん」なので、意識的にいつも考えていることを共有したほうがいいと思っています。
ですので、会議で「最近こんなことを感じた」と話したり、社内SNSで書いたりします。断片的に伝えていたことが、だんだんと体系化されていき、立体的に見えてきたことをまた共有するというイメージです。
平井:月初めの1日には、「一日会(ついたちかい)」を開いています。季節の変わり目を感じられるように、みんなで和菓子をいただきながら、前の月の振り返りをしたり、その月に目指したいことを話し合ったりする場です。
― ステキですね!
矢島:和菓子を選ぶ人はその月によって違っていて、和菓子に込められている意味や季節感などを、みんなに話してもらうようにしています。
松下:実際に和菓子を選びに伺うときは、普段自分で買うとき以上に真剣です。みんなにどんなことを伝えようかとわくわくしながら、和菓子がどのように作られたのかなどを学ばせていただいています。
矢島:もはや「取材」ですよね(笑)
松下:ですから、和菓子を通して日本の文化への理解も深まると同時に、みんなへ伝える、ジャーナリストとしての練習にもなりますね。
矢島:しっかりとフィードバックもします。「この視点は面白いですね」、「こういう観点が抜けていたね」と。自ら購入するという選択をして、伝えるという行為が、働くうえでの実践練習にもなっています。
私たちは働き方もそれぞれですし、シフト制で各々が調整しながら自由に働いているので、みんなで集まる機会は多くありません。
そんな中、みんなが立ち止まって、季節の変わり目を感じる機会として、2年くらい前から一日会をはじめました。そして、全社会議も含めて月3回は全員がいる日を作るようにして、一つひとつ私たちの働き方を体系化しています。
社員は「和えるくん」を支える家族
― これまでたびたび「家族」という言葉が出てきていますけど、それが「和える」らしさなのかもしれませんね。名刺にも「ホストシスター」と書かれていて。こんな肩書き、はじめて見ました。
松下:「ホストマザー」もいますし、「ホストブラザー」「ホストファザー」もいますよ。
― いつからそういった肩書きを使っているのですか?
矢島:創業当初からですね。2011年3月16日に「和えるくん」が生まれて、2014年にオープンした、こちらの東京直営店「aeru meguro」は、和えるくんが住んでいる現代のお家。
その翌年にできた京都直営店「aeru gojo」は、和えるくんのおじいちゃん・おばあちゃんが暮らすお家。そこにいるのが、和えるくんのお姉さん、お兄さん……つまり、私たちです。
私たちはまったく血のつながっていない他人ですが、“和えるくん”というひとりの子どもを起点に、家族になれる。ある意味、「家族経営を、赤の他人同士でやっている」ようなものです。
家族経営はわりと日本的なスタイルですが、そこに欧米的なMBAの要素も少し取り入れて、お互いの魅力的な部分を“和える”ことで、これまでのビジネスのあり方とは異なる、古くて新しい働き方をみんなに求めていると思います。
でもそれは、現代の20代、30代にとって理想的な時間とお金のあり方ではないかと思っています。自分がどこでどのくらい働き、どのくらいお金が必要なのか。心地よく生きていけるような働き方を自分自身で決める、ということですね。
― 家族経営は日本企業的なあり方ですが、どちらかといえば「家父長制」というか、経営者のトップダウンでマネジメントを行うイメージ。それとは180度異なりますよね。会社が「和えるくん」という7歳の男の子を育む、大きな家族というイメージですね。
松下:ですから、お声がけの仕方も普通のお店とは違います。「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは」とご挨拶します。この間は、お父さまと一緒に遊びに来てくださったお子さまが、「ママも連れてくる!」とおっしゃって、お母さまと一緒に戻ってこられたこともあり、そのときは「おかえり!」とお出迎えしました。
矢島:「和えるくんのお家」なので、お家にいらっしゃった方に掛ける言葉なら、それが自然ですよね。普通は仕事をするうえで「マニュアル」などがあるかもしれないですが、私たちに何かあるとすれば、「和えるくんのお姉さん・お兄さんとして、あなたはこの家でどうしますか?」ということだけです。
― 会社を家族にたとえることで、「どう働くか」だけでなく「どう生きるか」も問われてくる気がします。もしかすると、コミュニケーションのあり方も変わってくるかもしれませんね。
平井:実際の家族だと、「わかってくれるだろう」ときちんと言わないことで、すれ違いや問題が起こってしまうこともありますよね。
だから、和えるという家族の中では、「自分の想いを言葉にする」ということを意識したり、相手の気持ちに寄り添って考えたりということを、これまで以上にするようになりました。
それは、周りのみんなも同じなので、たとえ私の言葉が足りなくても、気持ちを汲み取ってくれます。ある意味、家族よりも過ごしやすいかもしれません(笑)
松下:より良い働き方をするためには、やはり相手がどんなことが好きで、何が得意なのかを知っていると、「これは一緒にやるよりも任せたほうがいいな」と、わかるようになります。
ですから、意識的にそういったことをお互いに話すことを大切にしています。「1年後、こういう自分になりたい」ということも、よく話し合っています。
矢島:家族から「こうなりたい」と言われたら、そうなれるためにどんな機会が必要かを真剣に考えますし、一人ひとりが「なりたい自分」になれたら、お互いにうれしいですよね。
そうすると、自然と「この人にはこういう機会を生み出そう」「この挑戦は自分の成長にもつながる」と、それぞれが助け合いながら、仕事を引き受けていくことになります。それは、回り回って自分の助けにもなるのです。
仲間の成長を喜んだり、仲間が自分を支えてくれたり、いろんな機会を経て自分自身も成長することが、結果的に和えるくんの成長につながります。それを、みんながわかっているのです。
だから、あえて「和えるくんを成長させるためにはどうしようか」とみんなで話し合うことはありません。あくまで一人ひとりが成長した先に、会社としての成長があると考えています。
心地よく生きていけるような働き方の実践が、私たちなりの社会貢献
― みなさん、この会社で「どう働いていくか」「どんなふうになりたいか」という明確なイメージをお持ちのようですが、それ以前に「どんな人を採用するか」も重要な気がします。一緒に働くうえで、何か共有している価値観のようなものはあるのでしょうか。
松下:何か明文化されているものがあるわけではないのですが、おそらく共通しているのは、「素直なところ。それと自分の成長を楽しめるところ」でしょうか。
矢島:私も「素直さ」だと思っていたので、ちょうど今言われてしまいました(笑)
― よく、「会社のミッションにどれだけ共感しているか」というのを挙げる企業も多いのですが……。
矢島:そうなのですね。それは意識したことがなかったです。和えるという会社が生まれた目的が、「先人の智慧を私たちの暮らしの中で活かし、次世代につなぐこと」というものなので、その想いにご興味をお持ちでない方は採用を受けにいらっしゃらないのかもしれません。
― ある意味、それだけ和えるが何のために設立され、何を目的としているか、しっかりと言語化されている、ということなんでしょうね。
矢島:他の企業の方は、「その会社が何のために生まれたのか」というのを、あまり明確に示されていないということでしょうか。
― ミッションを掲げている企業はたくさんありますが、形骸化してしまったり、会社組織が大きくなるにつれ、口酸っぱいくらい言いつづけないと、なかなか浸透していかなかったりするかもしれません。そういう意味では、貴社は今の組織規模、距離感だからこそ、成り立っている部分もあるのかもしれませんね。
矢島:おそらく、この距離感を保てない大きさにはしないでしょうね。大家族でも、多くて50〜60名くらいなのかと考えています。
ただ、「和えるファミリー」は、私たちだけではなく、全国にいらっしゃる職人さんたちも、「親戚のお兄ちゃん・お姉ちゃん」みたいな感じです。その方々を含めると、何百人と家族がいることになります。
直接雇用の数はあまり多くないのかもしれませんが、私たちは全国の職人さんたちと共に、「日本の伝統を次世代につなぐ」仕組みを広げていくことで、ある種のインパクトを生み出しているのではないかと思います。
「たくさんの人を雇用する」という社会貢献のあり方とは異なり、私たちのようなベンチャーでは、新たな働き方・生き方を生み出すということにおいて、社会に貢献する意味があると考えています。
― それはある種、社会の中に点在する余白のようなものを豊かにしていくことなのかもしれませんね。
矢島:だからこそ、「こういう働き方がいいな」ということを、自分たちで試し、肌で感じられる。そうやって、私たちは私たちなりに、社会へインパクトをもたらしていけたらうれしいです。
固定観念にとらわれない、これからの「企業」と「個人」の関わり方
「ミッションをどう共有するか」「社員の自律性を伸ばすためにどうすればいいか」……そんな疑問は、予想だにしない方向から軽やかに覆されていきました。
自分たちがどれほど「ビジネス書的」な固定観念にとらわれているのか、思い知らされた気がします。
会社を「ひとりの子ども」に見立て、社員はその「家族」として、それぞれの仕事を全うしていく——。
一見、おとぎ話の世界のようですが、そこには「どう生きていきたいか」「この環境でどんなふうに働きたいか」と自分に問いかけ内省しつづける、ある意味とてもシビアで、高度な視点があります。
私たちが日々の仕事の中で押し殺している「自分らしさ」とは何なのか。それを取り戻していくことで、自分はどのように社会へ貢献できるのか——。
そんな問いかけから、私たちが心地よく働ける環境と、企業の社会貢献と経営、その三つの両立が図れるのかもしれません。