アウトドアを通じた「人間性の回復」——地域との共創を実践するSnow Peakの流儀
INDEX
「私達は、常に変化し、革新を起こし、時代の流れを変えていきます。私達は自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できるモノやサービスを提供します」
これは、アウトドアメーカー「Snow Peak」が掲げるミッションステートメントの一節。
マーケットインだけでだけで物事を考えない。他のメーカーと競合せず、流行りを追うこともしない。売れるものを作るのではなく、全てのプロダクトもサービスも、損得軸で考えずにお客さまの幸せを第一に考える。結果、すべての商品が永久保証ーー。
そんなSnow Peakは、1958年の創業当時から現在に至るまで、本社Headquarters(ヘッドクオーターズ)を置く燕三条地域の地場産業での生産にこだわり、キャンプやキャンプに派生した野遊びを通じた“地方創生”をデザインしてきました。
Snow Peakはなぜ地場産業にこだわり、地域とどのような関係構築をしているのでしょうか。私たちは、Snow Peakの実践するPublic Relationsに、ぜひ触れてみたいと思いました。
今回は、実店舗での勤務経験もあり、年間約30泊キャンプをされるという、同社執行役員 社長室長、青栁克紀さんにお話をうかがいました。
Profile
青栁克紀さん Katsunori Aoyagi
株式会社スノーピーク 執行役員 社長室長
2008年、株式会社スノーピーク入社。直営店店長、小売部門のシニアマネジャーなどを経て、2018年1月より現職。子供のころから生まれ育った群馬の自然に親しみ、大人になってからも野外フェスでキャンプを楽しむ大の野遊び好き。
Snow Peakを支える、燕三条でしか作れないプロダクト
— Snow Peakのものづくりへの姿勢は、他のブランドとは圧倒的に一線を画しているように感じます。改めておうかがいしておきたいのですが、Snow Peakとはどのような会社ですか?
青栁さん(以下、敬称略):Snow Peakはこれまで、アウトドアの総合メーカーとして皆さんに認知されてきたと思います。でもSnow Peakの本質は、キャンプにまつわる商品を展開することではないんです。では私たちが何者かというと、実体は“デザイン会社”だと考えています。
— デザイン会社、つまりモノを売ることにとどまらないということでしょうか。
青栁:そうです。プロダクトで言えば、ギアやアパレル、自社のカタログやウェブサイトに至るまで、すべて自社でデザインを行っています。さらに、商品は国内外の協力工場にて製造していますが、中でも重要なのが、Snow Peak本社のある新潟燕三条の職人技です。この技術をアウトドアのプロダクトに生かすことで、Snow Peakがデザインプラットフォームとなって、この街をキャンパーたちに、そして世界に知ってもらう、というところまでを含めてデザインしているんです。
— 燕三条が技術の街だというのは聞いたことがありますが、Snow Peakとしてどんなところに魅力を見出しているのでしょうか。
青栁:魅力と言いますか……Snow Peakで展開している主要なキャンプ用品の一部は、燕三条でしか作れないんですよ。
— 燕三条でしか作れない物……? そんなにすごい技術があるんですか?
青栁:たとえば燕三条の主な技術として、チタンの加工があります。チタンはとても硬くて繊細な加工が難しいので、Snow Peakオリジナルマグカップの繊細な飲み口のカーブが出せるのは、唯一、燕三条の協力工場しかない。マグカップに関しては、もはや燕三条の技術ありきでデザインしているんです。
— 地場ありきでデザインを考えているとは驚きました。他にも燕三条ならではの技術が込められた製品はあるのでしょうか。
青栁:テントを地面に打ち込むためのペグなんかもそうですね。かつて販売されていたペグは、だいたいがプラスチック製の消耗品でした。とてももろいので、地面から抜く時に折れてプラスチックごみが放置されてしまうんです。それは環境にも良くないね、というところから、折れずに長く使っていけるペグを開発することになって……。
そこで生かされたのが、燕三条で古くから寺社の建造に活躍してきた“和釘”という鋳物製品でした。これもまた、燕三条ありきの製品と言ってもいいかも知れません。
キャンプコミュニケーションで互いの理解を深め合う
— 地場産業を最大限に活用されているんですね。Snow Peakというブランドと協力工場、どちらが上とか下とかなく、二人三脚でものづくりをされている。
青栁:そうですね。商品は全てオリジナルなので、ゼロから協力工場とセッションして作っていきます。工場の選定にあたっては、昔から工場長の面々を知っている社長自らアドバイスをくれることもあります。
ただ、やっぱり協力工場の方たちの信頼を得るのは大変なことなんですよ。こちらも求めるデザインや機能があり、職人さんは技術へのプライドもある。侃々諤々やりあっているうちに、「お前のところとは仕事したくねえ!」って言われて、「まあまあそんなこと言わずに」って社員がお酒を飲みながらなだめたりして(笑)
— とてもストレートにコミュニケーションをとられているのですね。
青栁:Snow Peakの本社はHeadquartersと呼ばれているんですが、社屋の周りが約5万坪の広大なキャンプ場になっているんです。そこに協力工場の方がキャンプをしに来てくださって、当社の担当者と意見交換します。キャンプという環境で一晩一緒に過ごすと、商品への理解も互いに深まるんですよね。向こうから新しい提案をしてくれたりもして。
— 言うなれば“キャンプコミュニケーション”。とても新しい試みだと感じます。Snow Peakとして燕三条に貢献されていることもあるのでしょうか?
青栁:以前、Headquartersの中に自社工場があって、いつでも見学可能なオープンファクトリーにしていたんです。それを見た地元の工場の方が「これはいいな」とおっしゃって。
最初は数軒でしたが、次第に燕三条地域の中でもオープンファクトリーを始める会社が増えてきました。、さらに広がるきっかけとなったのは、今では毎年行われている「燕三条工場の祭典」というイベントです。この期間限定で多くの会社がオープンファクトリーを実施するのですが、その時期は何万人っていう観光客が訪れて、街がとても賑やかになる。これはSnow Peakとして、街おこしの良いきっかけづくりをさせていただけたんじゃないかと思います。
— なるほど。Snow Peakという会社と燕三条という町はWin-Winな良い関係で結ばれているのですね。
青栁:そうですね。街に行くとSnow Peakの看板がいたるところに置かれていますし、飲みに行ったら「Snow Peakさんですね、今度キャンプ行きますね」と言ってもらえたり。すごく愛されているな、と感じます。
地場産業に付加価値をつけ、デザインしていく
— 先ほど、Snow Peakを通じて“街をデザインする”というお話が出ました。燕三条以外の地域でも、そういった取り組みをされているのでしょうか。
青栁:これまでにも、いくつかの地域で活動を行ってきました。たとえば、大分の日田(ひた)の杉を使ったプロジェクトがその一つです。日田って林業が盛んで多くの杉林があることで知られているんですけど、最近ではもう需要がなくなりつつあって。そこで、日田にキャンプ場を持つSnow Peakに「なんとか解決できないだろうか」という相談が来たんです。
— Snow Peak発信ではなく、日田の方から依頼が来たのですね。
青栁:そうなんです。そこでSnow Peakは、自社のアパレル製造時に出た端切れを鼻緒にして、名産でもある日田杉の下駄をデザインし直して販売しました。それがニューヨークやロンドンでも売られたんです。生産量は多くななかったものの、地域に貢献できたプロジェクトになりました。
— なるほど。他の地域での事例もありますか?
青栁:2年ほど前に、北海道の帯広市と包括連携協定を結んで「DESTINATION Tokachi」という会社を設立しました。大手広告代理店と旅行会社も参画して、十勝の自然を資本にインバウンドの誘致を請け負う事業を現在も行っています。
— スケールが大きい! アウトドアの活動を飛び越えて、会社を設立してしまうという。将来的にも、さらなる地方創生の拡大を考えていらっしゃるのでしょうか。
青栁:現在進行形で“ローカルウェア”というプロジェクトを発信しています。アパレルで地方創生をする、ということになるでしょうか。地方に根付いている良いモノってたくさんあるんですよね。
たとえば反物だったり、染めや織物の技術だったり。そういったものを、アウトドアウェアとしてプロダクトする。ここまでは今までもあったと思うんですが、そのアウトプットに付加価値を付けることを考えました。
当社の服を買ってその地域を知ってくれた人に、技術を培ってきた地域の魅力みたいなものをより深く知ってもらう機会を付加価値としたのです。
さらに実際にその地域へ足を運んでもらい、地方と東京の好循環を起こしたいんですよね。
具体的には技術を培ってきた土地に宿泊ツアーとして訪れて、消費者により深く製品と地域のことを知ってもらうプロジェクトをやっています。まずは新潟の佐渡から、プロジェクトを開始し、今後、日本全国に展開していく予定です。
「人生に野遊びを」ーーSnow Peakが提案する“人間性の回復”
— ここまでお話しを聞いていると、Snow Peakという会社は、もはや「アウトドアメーカー」という枠を超えて、社会課題に広く取り組み貢献しているのですね。
青栁:Snow Peakの基本的な考え方として、損得軸だけで物事を捉えないということがあります。プロダクトもサービスもプロジェクトも、誰かの幸せのためにあるべきで、それができないことはたとえ儲かるとしてもやりません。
社長が社員たちに伝えているのは、「Snow Peakはキャンプ用品を売るだけじゃだめなんだ」ということです。もちろんそれは大事だけれど、キャンプを通して私たちは人間性の回復を目指していきたいんです。
— 人間性の回復、興味深いです。たとえばキャンプをしない人たちにSnow Peakとして提案することがあるとすれば教えてください。
青栁:キャンプをしない人たちも、自然のある環境を欲しているはずなんですよね。例えば多くの人は大半の時間を仕事に費やしていますが、それなら、オフィス近くの公園でミーティングを行うだけでも、人間性が回復されて、仕事が捗るようになるかもしれない。もそんな発想から、アウトドアオフィスというサービスも開始しました。
このオフィス“Tokyo HQ3”は、実際にアーバンアウトドアを体現したものです。都心の高層ビルの最上階にありますが、真下に明治神宮の森があって、遠くには山並みを見渡すことができる。テラスにはWi-Fi環境も整っているので、そこで仕事をすることもできます。こういう働き方も、野遊びの提案のひとつとして広く認知されればいいなと思っています。
“第二の燕三条”を。地域創生へのコミュニティー・リレーションズ
今回お邪魔したTokyo HQ3には、広い空間の中央にテントが張られており、その中で実際に会議が行われることも……。
人と人が共にアウトドアを経験することで、人間性が回復し、普通では難しいことも円滑にコミュニケーションが取れるようになるんだそうです。
そして青栁さんは最後にこんなことを語ってくれました。
「“野遊び”っていう言葉を“NOASOBI”というグローバルな言語にしようっていうのが僕らの夢でもあります。Snow Peakは燕三条地域にずっと拠点を構えているので、その言葉がグローバルになってきたときに、キャンプとかアウトドアとかじゃなくて、“野遊びの聖地”っていうのが、燕三条になったらいいですね」
ごく当たり前のこととして、地元・燕三条の技術を支える工場の職人の方々を、一緒にものづくりをするパートナーと捉えていること。ユーザーとだけではなく、すべてのステークホルダーとの関係構築を、アウトドアを通じて実践されているのが印象的でした。
Snow Peakと燕三条地域の、切っても切り離せない強い結びつき。そこには相思相愛のリレーションシップが生まれていることすら感じました。
また、燕三条だけではなく他の地域とのコミュニティ・リレーションズも着実に積み上げていることから、「NOASOBI」の第二、第三の聖地が誕生していく未来も、決して遠くはないと感じワクワクします。
人を幸せにするコミュニケーションが、これからもたくさん、Snow Peakのテントの中から生まれていくのでしょう。 (編集部)