「ユーザーと新しい旅をつくっていく」——『ことりっぷweb』が実践する、コミュニティを軸としたカスタマー・リレーションズ
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イチ企業と、顧客・ユーザーの関係性。追求していくと、果たしてどこにたどり着くのだろう——そんなことを考えていました。
時代が変わり、社会が変わり、人の暮らしや消費の仕方が変わって、企業の在り方そのものはもちろんのこと、提供する商品やサービスも進化(もしくは深化)を求められています。
これまで当たり前だった前提条件が次々に通用しなくなりつつある今、企業はどのようにコミュニケーションを設計し、顧客・ユーザーとのリレーションを築いていけばいいのでしょうか。
「ユーザーのみなさんと、新しい旅を作ろうと考えました」——。
その言葉を聞いて、それこそが、これからのカスタマー・リレーションズ(※)において重要な視点のひとつなのではないか、と感じました。
きっと旅好きな人なら一度は手にしたことがある、旅行ガイドブック『ことりっぷ』。旅行情報誌の老舗、昭文社から2008年に出版され、女性を中心に人気を博したシリーズです。
『ことりっぷ』をひとつのブランドとして確立した2013年、同社はブランドサイトの本格展開をスタート。「ユーザーと新しい旅をつくる」というコンセプトは、そのときに生まれたものだそうです。
それから5年という時間をかけて、「ことりっぷweb」はユーザーとの関係性を少しずつ、着実に深めてきました。
今回はその仕掛け人であるおふたりに、これまでの道のりと、今後の展開についておうかがいしてきました。
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※カスタマー・リレーションズ(Customer Relations) …… PR(Public Relations=パブリック・リレーションズ)のひとつ。顧客・ユーザーと良好な関係を構築するために行う行為のこと。
Profile
平山 高敏さん Takatoshi Hirayama(写真左)
1983年東京都生まれ。インターネット広告代理店勤務を経て、2011年に昭文社へ入社。2013年のことりっぷWebの開設時から Web事業全般を統括。2015年にはコミュニティアプリの立ち上げに携わり、メディアの枠を越えたコミュニティ戦略を担う。株式会社昭文社 デジタルメディア事業本部 所属。
島田 玲子さん Reiko Shimada(写真右)
1981年東京生まれ。女性誌や情報誌の編集・ライターや、講談社「VOCEウェブ」の編集者を経て、2016年より「ことりっぷweb」のコンテンツ制作を担っている。同じく、株式会社昭文社 デジタルメディア事業本部 所属。
ユーザー参加型コミュニティ誕生のきっかけは「鳥取出身者の地元愛」?
― 書籍版『ことりっぷ』発売から5年後、2013年にWeb版を立ち上げた背景には、どのような戦略があったのですか?
平山高敏さん(以下、敬称略):実は当時、ちょっとした危機感を抱いていたんです。ブランド化が成功して「ことりっぷらしさ」のようなものが形づくられていくにつれ、自分たちも「これが正解」「これが全てなんだ」と思い込んでしまっていたフシがあって。
ただマーケットのことを考えると、1,000万部売れたらもう飽和状態なんですよね。だからすぐにでも、次の一手を打つ必要がありました。
その施策としてはじめに考えたのが、Webを使ったブランドマネジメントでした。今まで築いてきた世界観を維持したまま、リブランディングをしていこう、と。
― 最初に、どこから着手していったのですか。
平山:まずは、改めてことりっぷの立ち位置を検証しようと考えました。どんなコンテンツがユーザーの方々に響いているのか。いま、どんな「旅」が求められているのか。それを知りたくて。
そこでWebのキャンペーンを立ち上げ、まだことりっぷで取り上げていなかったエリアの総選挙をしたんです。「ユーザーさんの投票で1位になったエリアのガイドブックを作ります」と。すると、1位になったのが鳥取だったんですよ。
― おお。こんなことを言ったら失礼かもしれませんが……ちょっと、意外ですね。あまり「旅」と結びつかないというか。
平山:まさにそう。僕たちにとっても予想外でした。しかも1位になった要因は、地元の人や鳥取出身の人たちの声が多く集まったからだったんです。地元愛や、地元のことを「もっと知りたい!」という思いがものすごく伝わってきた。
そうしたみなさんの声をきっかけに、ことりっぷを軸にコミュニティの構築ができるのではないかと考えるようになったんです。
全国にいるユーザーのみなさん自身が、地元を盛り上げられる。一方的に僕たちがコンテンツを発信するのではなく、双方向のコミュニケーションができる場所として。そこで、その後1年で、誰でもオススメスポットなどを自由に投稿できるアプリを開発することにしました。
信頼できる“誰か”がオススメしてくれる情報が、最強
― いまアプリを拝見すると、発信されているコンテンツの充実ぶりはもちろんのこと、ユーザー投稿のクオリティの高さや、ユーザーの方同士のコミュニケーションがとても活発なことに驚かされます。
島田玲子さん(以下敬称略):そうですね。まだまだ小さなサービスではありますが、今では月間約10,000件のユーザー投稿があり、それに対するコメントも10,000件以上つくようになりました。
そうしたコミュニティ内のコミュニケーションをもとに、実際に人が動いているんです。地元の方が紹介したスポットへ、旅行中のユーザーさんが訪れたりすることも多いようです。
― ことりっぷwebには「スターユーザー」と呼ばれている方たちがいますが、自然と人気が出てきたユーザーさんなのですか?
平山:そもそもアプリを立ち上げたとき、僕たち運営側と一緒に、新たな旅やコミュニティをつくってくれるようなレベル感のユーザーさんを集めようと考えていました。それが「スターユーザー」さんたちです。
そうすると、それぞれのスターユーザーさんを起点にまた小さなコミュニティが生まれ、全体が活性化していくはずだ、と。
現在40人ほどのスターユーザーさんがいますが、一人ひとり僕たちが直接お会いして、スカウトしていきました。知名度があって社会的な影響力をもっている人、という基準ではなく、あくまでもことりっぷ内で良質な情報発信をしてくれている人にお声がけしていますね。
― どんな方が多いのでしょう。
島田:ひとつ特徴としてあるのが、みなさん、とてもコミュニケーションが丁寧なこと。スポットやお店の紹介の仕方にも愛がありますし、投稿へのコメントや質問に対して、一つひとつきちんと対応してくださるんです。そこで信頼関係が形づくられていると思います。
平山:SNSがこれだけ普及した世界において、やはり最強なのは“自分自身が信頼している誰か”がオススメしてくれたコンテンツなんです。ユーザーさんの中に「スター」を作ることで、その人自身が新たなガイドブックになっていくことをイメージしていますね。
メディアにこだわった理由は、自分たちの“意思”を示し続けるため
― 機能的にはInstagramなどのSNSに近いのに、根底にはやはり「ことりっぷらしさ」が息づいているような気がします。こうしてコミュニティを構築するにあたり、苦労された点などがあったら教えていただけますか。
島田:幸いなことに、大きなトラブルなどはほとんど経験せずにここまできています。コミュニティが大きくなるにつれ、ユーザーさん同士が張り合ったり、情報の間違いに対してクレームをつけたり、意見がぶつかったり……私自身も経験がありますが、通常はいろいろなことが起きるものですよね。
ただ、オープンであらゆる人が集うSNSなどとは異なり、ことりっぷは同じ世界観が好きな人たちが集まっているコミュニティです。だから炎上や衝突が起きにくく、みなさん安心して投稿やコメントをしてくださっているのではないでしょうか。
平山:ごくまれにですが、宣伝など、スポット紹介以外の投稿が見つかることもあります。ただ、すぐ他のユーザーさんたちから違反報告が上がってくるんですよね。そうした自浄作用もはたらくようになっていると思います。
― 「ことりっぷweb」を、そうした“安心できる場所”にしている要因はどこにあるのでしょう?
平山:「旅」というテーマと、コミュニティの親和性が高いのも理由のひとつだとは思います。もともと、書籍版の『ことりっぷ』が作り上げてきたブランドイメージもあるでしょう。
ただ、その世界観を維持するために、ことりっぷwebではメディアとしての機能を残したんです。完全にユーザー投稿のみのSNSコミュニティにはせずに。
― なるほど。そのお話、もう少し詳しく聞かせてください。
平山:コミュニティの構築に舵を切るなら、本来、ユーザー参加型の「ことりっぷコミュニティ」のみにフォーカスした方が戦略としてはシンプルでした。でも僕たちがゆずれなかったのは、「メディアとしてのことりっぷ」という側面だったんです。
コンテンツを作り、ずっと発信し続けているのは、僕たちの意思表示でもあるんですよ。「ことりっぷはこういう方針です」「こういう世界観を作っていきます」という。
自分たちで「どういう場所にしたいのか」を明らかにして言い続けないと、コミュニティの軸がブレていくのは間違いありません。
そうしてメディアとコミュニティが混ざったプラットフォームを築き、運営を継続していくこと。とても難易度の高い選択であることはわかっていましたが、それをあえてやろう、と考えていました。
スタートから5年、ビジネス面での成果は
― 5年前にブランドの「次の一手」としてスタートされた一連のコミュニティ施策ですが、事業全体としてみるとどのような成果につながっていますか。
平山:まずはコアなユーザーさんたちの声が集まる場ができたので、よりリアルなマーケティングツールとして活用することができています。
実際、地方自治体に向けたモニターツアーを企画したり、イベントを共同で開催したり、メディアを使った調査を行なったり、地方プロダクトの情報をメディアで配信したり。さまざまな取り組みが生まれていますね。
― 今後は、どのような展開を検討されていますか?
平山:コミュニティをさらに広げ、深めていく。そのプロセスのなかで、今後はユーザーさんたちだけではなく、日本全国で地域を盛り上げようとしている人たちや、地元の“作り手”の人たちの近くへもっと歩みよっていきたいと考えています。
みなさんと直接会える場をつくり、そこからさまざまなプロダクトやプロジェクトが生まれ、ビジネスにつながるような仕掛けをつくっていきたい。だから“次”のことりっぷは、コミュニティを維持しながら、よりプラットフォームに近づいていくと思います。
地方から熱い情報発信を。ローカルメディアとの提携
― いま、多くのローカルメディアとの関係構築に力を入れているのも、プラットフォームを目指した取り組みの一環なのでしょうか。
平山:そうですね。ちょうど3年くらい前から、Webのローカルメディアが増えはじめました。地元で暮らす人たちだけに向けて情報を発信するのではなく、全国に地元のいいところ、オススメスポットなどを紹介しようとする姿勢を強く感じていたんです。
メディアを運営している地元の人たちは、「今」の地方を拾い上げ、ひとりでも多くの人たちに届けようとしている。
ことりっぷwebのユーザーさんたちは、きっとそうした情報を待っているはず。だから提携することを考え、それぞれのメディアの方たちに会いに行きました。
― 一つひとつのメディアと、平山さんが直接コンタクトを取っているんですか?
平山:はい。いま提携先は40メディアほどありますが(*2018年2月現在)、全部僕自身が会いに行って、直接お話ししています。どういうビジョンでやっていて、どんな課題を抱えているのか。いろいろなお話を聞いて、自分たちが連携するだけではなく、ローカルメディア同士をつなぐこともありますね。
なかには、「ことりっぷのパートナーメディア」と名乗れるようになったことで、企業や広告代理店と話がスムーズにできるようになったというケースもありました。僕たちとしては、それでいいと思っているんです。
島田:ローカルメディアのみなさんが集うFacebookグループを作っているのですが、そこでみなさん、いろいろな悩みや事例、成功体験などを共有してくれています。たまに、ただの飲み会の調整の場になっていることもありますけど(笑)
そこでまた、ひとつのコミュニティができていますし、ことりっぷや他のローカルメディアと接する中で、「ここまでやれるんだ」「こういう手法があるんだ」という学びの場にしてもらえたらいいな、と。この出会いをきっかけに、いろいろな成功体験を得ていただけたらうれしいですね。
構築してきたコミュニティから、新たな出会いを生み出していく
ことりっぷの世界観にひかれて、集うたくさんのユーザーのみなさん。そこから誕生した「スターユーザー」さんは、ことりっぷ内ではもちろんのこと、フォトグラファーやライターとして外の世界でも活躍しはじめているそうです。
さらにつながりのできたローカルメディアが地元地域を盛り上げ、新しい人との出会いや、ビジネスの可能性がどんどん広がっていく——。
5年という時間をかけて築きあげられたコミュニティの姿は、これからのカスタマー・リレーションズの在り方について、たくさんのヒントを示してくれるものでした。
インタビューの最後に、平山さんに「ユーザーのみなさんにとって、『ことりっぷweb』はどんな存在でありたいですか?」とおうかがいしてみました。平山さんは少し考えて、こう答えてくれました。
平山:「今まで、ことりっぷは『自分にあった情報、コンテンツに触れられる場所』だったと思います。それが、ユーザーのみなさんからの期待値だった。
でも次のステップとして、『ことりっぷが作る場所なら、自分に合う人に出会える』と思っていただけるようにしていきたいです。それが、“次のことりっぷ”のテーマですね」
これからの展開にも、大いに注目していきたいと思います。