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「堅い会社」のイメージを変えたSNS運用――キングジムTwitter 2代目“中の人”・井村桃子さんに聞く

INDEX

大企業――素晴らしい伝統や歴史、古くからの慣習があるからこそ、チャレンジに二の足を踏んでしまいそうな、見えない大きな壁があるイメージ……。

そんな大企業のPRパーソンは、さまざまなステークホルダーとどのように関係を構築し、その壁を乗り越え、成果につなげて活躍しているのでしょうか。

今回は1927年4月創業、資本金19億7869万円(2017年6月時点)の、株式会社キングジム 広報室リーダー・井村桃子さんをたずねました。

「キングファイル」や「テプラ」という代表的な商品を持つ同社は、フォロワー数28万6千(2018年5月時点)と、大企業の中では指折りの人気Twitterアカウントを運用しています。

そんなTwitterの「中の人」のひとりである井村さんに、大企業のアカウントがフォロワーや社内外のステークホルダーに愛されている秘密、また「中の人」初代から引き継いでいながら、彼女らしい関係構築、Public Relationsをどう体現しているのか、お話をうかがいました。

—–

※ここでの大企業とは「資本金5億円以上、または(前身も含める)数十年の伝統や商材・ブランドを有する」と定義します。


Profile
井村 桃子さん   Momoko Imura

株式会社キングジム 広報室 リーダー
2013年に新卒でキングジムに入社し、広報室に配属。以来、メディア・リレーションズをはじめ、ウェブサイトの更新、株主通信や会社案内「キングジムレポート」の制作など広報業務全般に従事。勤続2年目にFacebookページを担当したのち、入社3年目から2代目Twitter「中の人」に就任。フォロワーに「妹」と呼ばれるほど親しまれ、現在はインスタグラムの運用も任されている。
※2019年3月時点で退職。現在は別の担当者が「中の人」を務めている


株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

キングジムがTwitterをはじめたきっかけは「亀」?

― キングジムには、いわゆる「日本らしい大企業」というイメージがあります。

「キングファイルG」や「テプラ」などの代表的な商品は、消費者から高い認知を得ていて、信頼も厚く人気ですよね。あくまで私たちのイメージですが、リスクヘッジに伴い、何をはじめるときも稟議で数々の承認を得る必要がありそうな、大企業特有のお堅い体質もあったりもするのでしょうか?

大企業でTwitterアカウントを開設・運用しはじめることって、ずいぶんと大変だったのでは……?と思います。

井村桃子さん(以下、敬称略):日本らしい大企業という部分は、そのとおりです。でも、Twitterアカウントを持とう!と言ったのは、社長なんです。

もともとキングジムの事業は、ファイルやラベルプリンターを官公庁や企業に卸すto G、to Bがメインでした。to Cを意識した商品を本格的にリリースするようになったのは2008年ぐらいからです。

その頃、ちょうど社長は新しいメディアとしてTwitterの存在を知りました。亀を育てるのが好きな社長は、すぐ個人アカウントをつくって、亀についてツイートしていったそうなんです。すると、同じように亀を好きな人たちがフォロワーとして集まってくるという体験をしました。

これを企業アカウントでやったら、キングジムのことを好きな人がどんどん集まってくるんじゃないか。そう考えた社長は、初代のTwitter担当者になる社員に、こう伝えたんです。

「何でもいいから、1日10回投稿してくれ。『おなかが空いた〜』でも、『今日食べたごはんは〜』でも、内容は任せるから」って(笑)。

だから、企業情報だけを真面目にツイートしたり、無駄なことは絶対呟くなよ、というお堅い体制ではなくって、ファンが集まってくれるといいな、っていう気持ちでキングジムはTwitterをはじめました。トップの理解があるので、ずっとその形式で続けています。

― 社長からはじまったなんて、意外でした!大企業だと新しい取り組みに対する上長の受け入れ度はあまり良くないイメージでした。以前別の企業さんで、ツイートひとつにしても、上司がチェックしないと配信できないという話を耳にしたことがあります。

井村:ないです、ないです(笑)。ツイートは担当者に任されています。それは、他社と違う、キングジムの特徴かもしれません。

実際に、ツイートしたあとで上司とその内容について会話をすることはありますし、他社とコラボ企画をしたいと思ったら相談はしますが、基本的には担当者にかなり任された運用です。

― そのような裁量があると、それに見合う責任を担える人が担当者になるんだろうと思うんですが、井村さんご自身は、どのような経緯でTwitterを担当するようになったんですか?

井村:入社2年目に、まずはFacebookを担当することになりました。その頃、Twitterについては、初代Twitter担当者と季節ネタを一緒に考えるようなことだけをしていたんです。エイプリルフールやクリスマスの投稿を考えたり、キャンペーン企画を一緒に構築したり。

でも、Twitterの投稿が日々どうなっているのかっていうことはあんまり考えていませんでした。

ちゃんとTwitterにかかわりはじめたのは3年目ぐらいのとき。初代Twitter担当者から、「1週間ぐらい交替してみない?」って言われたことがきっかけです。

そのあと、週に1度「妹の日」をつくろうということになって……あっ!妹っていうのは私のことなんです(笑)。Twitterのフォロワーさんから、初代は姉、私は妹って呼ばれています。その「妹の日」を2ヶ月ぐらい続けてから、ほぼ毎日私が投稿するようになりました。

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

▲以前、メディア出演時に顔がわからないようにと、同期に作ってもらったというロゴのお面。「かぶってみてもらってもいいですか?」と聞くと、「なんでもやりますよ」と笑顔で応えてくれた、気さくな井村さん。

 

― ちなみに、Twitterをやるようになって、Facebookとの差異は感じましたか?

井村:もう全然違いました。まずはユーザー層。キングジムのFacebookは男性が多いんです。アクティブなユーザーは比較的年齢層が高い多い印象で、40〜50代がメインですけど、Twitterって10〜20代。だから、求められている文体や情報の質が異なります。

Facebookのユーザーさんは真面目な方が多いので、しっかりした商品情報の投稿が一番受け入れてもらえて、会報誌みたいなイメージ。投稿する担当者の色は必要ないんです。けど、Twitterでそれをやっちゃうと全然響きません。

Twitterでは、少し柔らかい口語体で、興味を持っていただけるようなエッセンスを加えるのかが大事。日々ちょっとずつ試して理解しました。

一番差を感じたのが、ある年のクリスマスの投稿です。

弊社のキャラクター「キングファイル君」を描いたケーキをつくって、その写真を両方に投稿してみたんですね。そうしたら、Facebookにはたくさん「いいね」がついたんですけど、Twitterには全然つかなくって……なぜなら、その投稿は「ケーキをみんなで食べています」って内容だったから。

Facebookはちょっとよそいきな「ハレの日」を見せる人が多い場所なんですけど、Twitterはもっと静的で、なんだったら孤独感に寄り添うところ。

その温度感の違いを顕著に感じました。リアルタイムな反応があったり、会話を求められたりすることを含めて、全然違ったんですね。

それを毎日、流動的な時間軸に合わせながら投稿して、トレンドの流れにも乗りながら続けていくことは、最初の頃すごくむずかしいなって思っていました。

Twitterが産んだ、大企業の壁を越える「ある反響」

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

― 大企業でも取り組みやすそうなFacebookから、口語体にすることをはじめ、大企業が苦手にしそうな個人との距離感を詰める必要があるTwitterの担当に変わり、メリットを感じたこともありますか?

井村:そうですね。うちの商品自体、お客さんが一人ひとり店頭で選んで買ってくださるので、個人とのつながりがすごく大事なんですね。それはTwitterを担当する以前より、担当後に強く感じるようになりましたし、Twitterとの共通点だとも思いました。

Twitterも、個人とのつながりがすごく大事なメディアなんです。

キングジムのアカウントは個人のフォロワーさんがとてもよく話しかけてくれます。他の企業アカウントとも自然と会話が生まれることも多いです。そんなつながりを大事にしていけることは魅力でした。

結果的にちょっとずついろんなつながりをつくっていくことができています。

― 個人アカウントとのつながりだけでなく、他社アカウントとのつながりを構築していけると、大企業としてどのようなメリットが生まれるのでしょう?

井村:他社とコラボ企画を立てることにつながっています。

たとえば、2018年5月には株式会社ポケモンと「プロジェクトイーブイ」関連で限定ファイルをつくりました。

こういう企画も、Twitterをやっていなかったら実現しなかったと思います。全く業界も違いますし、人気ゲームの「ポケモン」とただの事務用品メーカーがコラボレートするなんて普通ではなかなか考えられないことです。

でも、日頃から、他社のアカウントともコミュニケーションをとったりコラボ企画を一緒にしていたり、っていう積み重ねもあって、業種を超えた取り組みに繋がったのかなって感じています。

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

― プロジェクトイーブイの限定ファイル以外に、Twitterを通じて何か実現したことはありますか?

井村:Twitterが発端になった企画として、とても印象に残っているのは、円周率ノートです。きっかけは、もともと社内でお蔵入りした企画を、円周率の日(3月14日)に合わせて、私が自作してみたっていうだけなんです。

ノートの罫線に見立てて、円周率を延々と書き、それをA4用紙に印刷して、別のノートに貼り付ける。そして、完成したものを写真添付でTwitterに投稿したら、12,000リツイートぐらいの反響があったんです!(笑)

そのツイートを株式会社ロフトの方がご覧になって「一緒につくりませんか?」ってお声がけいただいて。社内に経緯を説明したら、「なるほど。そういう価値を見出す人がいるのか」って伝わったんです! それで商品化につながりました

当初は数量限定だったんですけど、あっという間に完売して、再生産が決まり、2018年5月でも継続販売できているぐらいのヒット商品になったんです!

― 素晴らしい! TwitterによるPR施策の一部として考えたネタが、関係構築だけでなく、商品化を果たし、実益を産んでいるんですね。しかも、社内でボツになった企画に、社外の目で改めてスポットライトを当てることができ、眠っていた価値を蘇らせることにもつながっている。

キングジムのように組織規模が大きくても、社内で考えているだけでは得られなかったような新しいきっかけが、Twitterによって産まれているんですね。そんなきっかけづくりの発端は、どのようにはじまるのでしょうか?

井村:日常の何気ないやり取りが始まりのことが多いです。プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」とコラボしたときは、選手とのやりとりがきっかけになりました。

その日(2017年3月12日)は、Jリーグの横浜FCに所属する三浦知良選手がJ2最年長ゴール記録を更新した日だったんですね。そんな特別な日に、なぜか当時B.LEAGUEの千葉ジェッツに所属していた伊藤俊介選手(現在は引退) がキングジムのアカウントにこんなリプライを送ってくれたんですよ。

「それはそうと50歳14日でのJ最年長ゴール記録おめでとうございます(*^▽^)/★*☆♪」

それに対して、キングジムのアカウントから、2分以内にこんな引用ツイートを返してみたんです。

「それ、キングジムじゃなくてキングカズさんな。」

とてもおもしろがってくれて、翌日も会話が続いて、コラボできたらいいですねって、ふんわりとそんな流れになりました。ただ、その時点で私はB.LEAGUEのような大きな団体とキングジムのコラボなんて実現しないだろうって思っていたんですね。

でも、このやりとりを見ていたB.LEAGUEの理事長が声をかけてくれて、詳しい話をダイレクトメッセージですることになり、「キング祭」というコラボ企画が実現しました。ほんと、チャンスはどこに転がっているかわからないもんだなぁって思った出来事です。

大企業にもチャレンジを産みやすいTwitterの“ノリ”

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

― ここまで聞いている範囲でも、想定以上の結果をTwitterで残し、多くのステークホルダーと良好な関係構築をしていることがわかりました。なぜ、大企業のキングジムが個人ユーザーの多いTwitterでそのような成果を残すことができているんだと思いますか?

井村:Twitter特有の雰囲気かもしれません。もともとジョークや言葉遊びが飛び交っているから、多少のことは冗談で済んじゃってもいいという空気感があるじゃないですか。公式アカウント同士が「コラボしたいですね」ってツイートしていても、実際に実現できなかったときに「やるって言ったのに!」とはなりにくいと感じています。

それは、友達同士の会話のような感じです。「遊びに行こうね」「いいよ!」って約束していても、実際に遊びに行けなかったりすることってよくありますよね。

Twitterに、そういうノリがあるっていうことは、声を掛け合うお互いにとってプラスに働きます。気軽なコミュニケーションを取れるから、実際に話しかけてみることができるし、コラボも生まれやすいのかもしれないですね。

もちろん、毎回毎回「やりましょう!」だけ言っている『やるやる詐欺』だと信用がなくなってしまうのでダメだと思いますけどね。そのあたりも通常の人間関係と同じです(笑)。

― Twitter自体にそういう雰囲気があるとしても、コラボ企画まで結びついていない企業があるなか、キングジムが実現までこぎつけている理由って何だと思いますか? 大企業のキングジムが、何か意図的に仕掛けて当たったことがあるなら、ぜひ知りたいです。

井村:そうですね……実は、すごく好きなキャラクターゲームがあって、ずっとその会社と仕事がしたいって思っていたんです。

そのことについてツイートを重ねて行くうちに、その想いが伝わっていて、声をかけてくださったんです。だから、実際に声が掛かったときは、個人的に「しめたぞ!」って思いました(笑)。そういう風に、仕事をしたいなって思うことにまつわる種まきを、Twitterでするようにしてきました。

私は新しいことをやるのがすごい好きで、何かできることはないかなって、いつもキョロキョロ周りを見渡しています。そういうチャレンジができるのは、うちのTwitterアカウントがそういう機会に恵まれやすくなっていたからだと思います。

私がすごいわけじゃなくて、前任者がコツコツ積み重ねてきたコミュニケーションのおかげで、たまたま、そういうアカウントになっていたから、できていることなんですよ。

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

大企業が“ノリ”を続けるための「社内に対する尊重」――インターナル・コミュニケーション

― 数々のコラボ企画で実益を残せていることは、キングジムのTwitterが産む付加価値を体現しています。ただ、そのような成果を表すまで、どのようにすれば継続できるんだろうという疑問は残るんです。

つまり、キングジムのTwitterのように、大企業のアカウントが友達同士のノリと同じ雰囲気のコミュニケーションを取り続けていくことって、成果や実益が出ていなかったら、社内の理解や信頼を得るのが大変じゃありませんか。

井村:弊社でも、信頼感を持ってもらえるようになったのは、ほんとにこの数年なんですよ。そういう変化が生まれたのは、取引先からの声が大きかったと思います。

「キングジムのTwitterのファンなんだよね」「フォローして、いつも見ているよ」って、他部署の社員も社外の声を聞くようになったり、取引先から開催予定のイベントを告知するツイートを依頼されたりしていって、徐々に浸透していきました。

実際にツイートすると、それを見てイベントに参加してくれるお客さんがいて、好意的な感想を伝えてくれます。そんなフィードバックを他部署の社員が体感していくなかで、Twitterの価値形成がされていったと思うんです。

私たち広報室が社内に価値を訴えたんじゃなくって、取引先から社内にフィードバックが帰ってくる状況が続いたおかげで、信頼感が生まれていきました。

― ただ、クライアントからの好評を聞けるようになるまでの期間って、とっても不明瞭ですよね。社内の理解や信頼を得るまでのスケジュールに具体的な期日を設けることがむずかしいという前提は消せません。

それでも、大企業のアカウントが友達同士のノリのようなコミュニケーションをやり続けるにはどうしたらいいでしょう。たとえば、井村さんがキングジムのアカウントを運用する際に、何か大事にしてきたことってありますか?

井村:基本は、やっぱり現場の意見をなるべく優先したいと思って続けてきました。仮に営業担当から消してほしいツイートを伝えられたら、素直に消します。

営業担当が向き合う関係者と、私たちは直接つながっていないので、何か害があると伝えられたツイートをそのまま残しておける理由はないですし、そうしておいてもしょうがないって思うんですね。だから、削除する。

その一方で、たとえばタイムセールをやる場合のツイートを頼まれたら投稿するようにして協力する。そうして少しずつ実績を積んでいきました。

幸い、若手の営業担当は、Twitterって必要不可欠なツールだとわかっているので、積極的に利用しようと思ってくれた人が多かったですね。持ちつ持たれつです。

― 社内の協力もあったんですね。とは言え……しんどい気持ちになることもあるんじゃないでしょうか。

井村:今でもありますよ(笑)。まだ、1年半ぐらいしか担当していませんけど、そういう気持ちになることはあります。「今日は何も呟きたくない」っていう日ももちろんあります。Twitterのリプライには、意味もなく冷たい言葉をかけられることもあります。

でもそういうときは、いったん受け止めた後、割り切っています。「これは@kingimに掛けられた言葉だな」って。

企業アカウントって、ツイートしているのは私でも、キングジムというフィルターを通して相手に伝わります。リプライは逆で、いったんキングジムというフィルターが挟まっているはずです。本当に自分自身の悪いところは真摯に受け止めて直しますが、「自分」と「アカウント」は別物であるということは意識していますね。

逆に、評判になったときも、私が評価されたわけじゃないって、すごく思うんです。

それは、同じことを個人アカウントでツイートしても、そんなに評判を得られるものではないってわかっていますし。キングジムのアカウントなら、「あ」って書くだけでもリツイートやリプライが来ると思いますが、個人アカウントだったらスルーされて終わりです(笑)。そういう差異は、すごく意識しています。

大企業のアカウントに親近感を持ってもらう心がけ

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

― 担当する大企業のアカウントとご自身の距離を保って、過度な心労を感じないようにしつつ、友達同士のノリに似たツイートを続けている。井村さんって、なんだか、とってもクールというか、ご自身の状況を頭でよく理解できる方のように感じてきました。

井村:割と、たぶん、理論の人です。私は、突飛なことを思いつけるほど、おもしろい人間じゃないので、周囲を見て、何をおもしろいと思っているのか、「ふんふん」って観察しながら、どれが使えそうか、いろいろ組み合わせてみて、綺麗に整えて、「ハイ」って出しています。

ただ、こうしておけばいいんでしょうって、型を過信しないようにはしていて、やっぱり感覚の部分は大事にしながら、模索していることをおもしろがっていると思います。

― その模索のなかで、大企業のアカウントは一つひとつのツイートをどうするといいのか、心がけていることはありますか?

井村:まず気を遣っていることは大きくふたつあります。

ひとつは、キングジムのアカウントである以上は、会社が絶対に伝えたい内容をちゃんと発信すること。新商品に限らず、伝えるべき内容があったら、それは必ず投稿します。

ふたつ目に気を使っているのは、フォロワーファーストであること。Twitterにはたくさんのアカウントがあるし、Twitterのタイムラインって自分の好きなものを置いておく場所だと思うんですよ。

そこに企業アカウントという、友達でもなく顔を見たこともない人のツイートを置いておいてくださることって、すごく貴重なことです。そういうことを許してくれている人たちの期待を裏切るようなことは絶対にやめようって思っています。

だから、ひとつ目の企業として伝えるべき情報を、ふたつ目のフォロワーファーストを踏まえたら、どのような表現にできるのか。フォロワーさんはどんなツイートを求めているのか意識しています。

たとえ新商品の情報でも、なるべく崩した文体にして、あるあるネタにしてみたり、ブルゾンちえみさんが流行っているなら「35億」風にどうやってツイートできるか考える(笑)。フォロワーさんのタイムラインにしっくりなじむようなコーディネートをするんですね。

そのために、トレンドには注目しています。トレンドって、コーディネートをするための洋服。フォロワーさんが見たとき不快にならないように、自社情報にトレンドを着せるんですよ。

― ふたつ気になったんですが、まず「トレンド」っていうのは、流行みたいなことですか?

井村:そうですね。私はネットサーフィンが好きなので、通勤時間に「昨日の5,000リツイート超え」といったものを読んで、どういうツイートがおもしろいと思われているのかトレンドをチェックしています。

あとは2ちゃんねるのタイトルには、流行が出やすいので、2ちゃんねるの「まとめのまとめ」みたいなものもチェックしていました。そのなかで、流行しているワードを見つけたら、ツイートに取り入れるんです。

株式会社キングジム

― なるほど。もうひとつ気になるのは、「フォロワーのタイムラインになじませる」ということです。なじませるといっても、そのタイムラインを確認することはできません。何を意識すれば、なじませることにつながるんでしょう? それこそ、感覚的な部分でしょうか。

井村:もしかしたら、若干、感覚的な面もあるのかもしれません。私、根暗なんですよ(笑)。ひとりでいることが好きだし、なるべく外出もしないで過ごしたい。休日とかに朝からカフェに行くタイプでは絶対ないですし、できれば、ずっとベッドの上でカーテンも開けずにダラダラしていたい。

そういう性格がツイートから滲み出ているから親近感を持って受け入れてもらえているのかもしれません(笑)。

あと……Twitterを見るときって、みんなで集まってワーッと盛り上がりながら見るわけじゃないですよね。そのタイムラインに幸せな情報ばかりを求めているわけでもなくて、ひとりで見ていて、ネタに笑ったり愚痴に共感したり、自分がちょっと抱えきれなくなったことをツイートして誰かに反応してもらいたかったり。

そういう刹那的で、親密感とは異なる魅力のある場。そういうタイムラインっていうところに投稿する情報には、やっぱり重さって必要なくって、ふわぁ〜っとした感じで、空気感に合うように、私自身が言われたら嫌だなって書き方はしないで、ツイートしています。

― なんだか、大企業のキングジムのTwitter担当者が「姉妹」と呼ばれて親しまれている理由がわかったような気がします。その心がけがきっと、アカウントに寄せられる商品への問い合わせに対するお返事からも伝わっているんでしょうね。

井村:そうだったらいいですね。商品の問い合わせにしても、0120に電話をするのって気軽じゃなくって、かと言って「ここに書いてあるから調べてみてください」って突き放すのも違うなって思っています。

せっかく興味を持ってくれたから、なるべく答えたいなって気持ちは、私たちにすごくあるんです。たとえば、「テプラ」のカラーバリエーションについて聞かれたら、きちんとお返事しますし、「子どもの名前を付けるのに合う『テプラ』はどれですか?」というようなふわっとした質問にもちゃんと答えます。

ひとつの投稿で答えきれないから、3つぐらい書いてお返事するようにしたり、場合によっては、うちの商品じゃなくてもいいものがあったら、そのリンクを貼って伝えたりもするんです。

そういうやりとりの結果、うちの商品を買ってもらえないこともあるんです。でも、「あのときに親切にしてもらえた」っていうことを、店頭で商品を見たときに思い出してもらえるだけでも価値があると思っています。

親近感を抱いたり、ブランドを好きになってもらえたりするだけでいいのかなって。

― そのような心がけは、他社のアカウントと交流するときにも共通していますか?

井村:はい。あとは他社とコミュニケーションをとることがフォロワーさんにおもしろがってもらえる一因にもなっているので、ノリの合う他社のアカウントとは、積極的に交流しています。

決して、大企業同士でつながろうと意識したり、そういう会社を選んでリプライするなんてことは全くなくって、ノリが合うか合わないか。他社のアカウントも同じようにそうしていると思うんです。ノリが合うと、自然に会話ができる。それがたぶんおもしろさになるんです。

無理につくられた会話って嘘くさいし、そういう投稿がタイムラインに流れてきたら、嫌じゃないですか。だから、そういうことはしないって感じでやっています。

― キングジムという大企業のアカウントなんだけど、ひとつの人格があるというか、ウマが合うかどうかを大事にできているんですね。アカウントを通じて、大企業に成り代わっていることを意識していても、そのような自然体のツイートって投稿できるものですか?

井村:結局、会話には人間性が出てしまうと思うんですよ。どういう言葉を選ぼうとか、何に共感してもらえるかとか、どういう人とどんな言葉を交わしていこうとか、そういうものを意識していても、そのアカウントから温度は感じられるはず。

だから、決して会社にとってプラスに働くだろうから交流するっていう話ではなくて、自然な会話を通じてキングジムのアカウントも人間なんだよってことが伝わっていけばいいなと思っています。

広報は「バイク」?  その心は?

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

― こういう考えって、社内には伝えていないっておっしゃっていましたが、これからもその考えは変わりませんか?

井村:たぶん、こういう話は担当者じゃないとわかり得ないことなので、Twitterをはじめるきっかけになった社長に伝えても、「えっ! そういうことを意識していたの?」ってなると思っています。

でも全社的に理解してもらうことが必要だとは思っていない……。自分が面白くて広報が大好きだから勝手にいろいろチャレンジしてるだけなんです。

― と、言いますと?

井村:広報に可能性を感じているんです! 2018年に、「若手広報担当者の会」の役員をすることになったんですが、そのときに改めて広報ってどんな存在なのか考えてみたんですね。そうしたら、バイクに似ているなって思って。

― 広報はバイク?

井村:広報って広報だけでは何もできないんですよね。社内のリソースを燃料にしたり、経営者や開発者がライダーになって、他部署の社員がエンジンやいろんなパーツになってくれているから、徒歩で移動するよりも遠くて、大きな場所まで走っていける。それがすごくおもしろい!

そんなバイクになって、新しい景色を眺める感動を共有できる職種だと思っています。私個人がみんなをひっぱってどこかに行こうとするのは苦手だけど、一緒に景色を眺めにいけるのっておもしろい。そんな広報をずっとやっていきたいなって思うんです。

広報室配属になって、この5年はずっと恵まれた環境で突っ走ってきました。だから、これからは走ってきた道を振り返って落としてきたものを拾ったり、あるいは安全走行を意識してきたからブレーキを無視してめっちゃスピードをあげたりして、違う景色を見ていきたいなと思っています。

株式会社キングジム 広報室 リーダーの井村桃子さん

壁をどう乗り越えるかではない。いかに自分に引き寄せられる関係構築をするか

インタビュー中、井村さんは難しい顔ひとつせず、ずっと笑顔だったのがとても印象的でした。

彼女の持つ、パーソナルな部分の魅力。決して独りよがりになることなく、相手に寄り添うことで、人を惹きつける力になっている。そして、相手の心を動かすPublic Relationsを無意識的に、本能で体現していると感じました。

“大企業の壁”を乗り越えているのではなく、相手に乗り越えてきてもらうことを楽しんでいる。広報への捉え方も、彼女の「楽しむ姿勢」の表れなのでしょう。

彼女の行動は、きっと誰しもができるし、今からでも実践できることなのかもしれない。そう思うインタビューでした。

キングジムの“バイク“がどんな景色の中を疾走していくのか、これからも楽しみに拝見したいと思います。(編集部)