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arca / Ladyknows・辻愛沙子さん「共感ではもう語りきれない。人を動かす“応援経済”のクリエイティブ」

INDEX

企業や団体が自ら行動を起こし、社会を巻き込んでいくキャンペーンを目にすることが増えてきました。その中心には、いつも圧倒的熱量を持った当事者がいて、その人が語る言葉、描いているビジョンに多くの人々が “共感” しているようにも見えます。

PR Table Communityは、そのような「巻き込み型の関係構築」について思考を深めるために、ある人物を訪ねました。

それは、arcaのCEO/クリエイティブディレクターを務める辻愛沙子さん。タピオカドリンクの人気店「Tapista」を手掛ける他、女性の生き方や働き方をアップデートすることを目指したプロジェクト「Ladyknows」も推進中です。

先日開催したイベント「Ladyknows Fes 2019」では、新しい婦人科検診のモデルを提示する「ワンコイン・レディースドック」が話題に。通常で1万円以上かかる検査を、企業マーケティングの場として活用することで、わずか500円で受診可能にする試みでした。

ここ数年、PR業界でもキーワードになってきた「インフルエンサー」の変化から、“共感”の取り扱いに至るまで……言葉たちの再解釈が始まります。(※所属・職位は、インタビュー当時/201910月)


Profile

辻 愛沙子 Asako Tsuji
1995年生まれ(23歳)。慶應義塾大学SFC/中高時代をイギリス・スイス・アメリカで過ごしアート制作を精力的に行う。大学入学を期に帰国し、慶應大学SFCに入学。2017年4月株式会社エードット(カラス)に入社。現在はarcaのCEO/クリエイティブディレクターとして、「社会派クリエイティブ」を掲げ商品企画、空間演出、広告コミュニケーションなど幅広い領域を手がける。F0/F1層を得意としたブランド・企画クリエイターとして「思想と社会性のある事業作り」と「世界観を重視した作品作り」の両軸で活動するクリエイター。


企業メッセージは「どの文脈を応援するか」の時代へ

─ PRに限らず、コミュニケーション領域の現場では「何を言うかより誰が言うか」という一つの流れがあります。言わば、インフルエンサーの活用ですが、辻さんからはどのように見えますか。

辻 愛沙子さん(以下、辻):これまでのインフルエンサーを言い換えると「演出を発信する人たち」でした。Instagramできれいに見せたり、可愛くおすすめしたり。ただ、それで自分が消費される感覚に、発信者側も気づきはじめてきたんです。

今はそこから、発信者が個々に抱く「思想」や「考え」、「価値観」に対しても、発言の責任を持つようになりつつあります。さらに、ソーシャルグッドの追い風も来て、社会文脈への姿勢や活動と自己ブランディングが共存する時代になり、取り組む人も出てきた。この発信者の変化は、まさに転換期だと思っています。

─ 企業としてインフルエンサーと向き合う場合も、その変化は踏まえたいですね。

:PRの文脈に落とし込むと、大衆や民衆と、企業や行政も含めた「権力」との間に、発信者がいる図です。だからこそ、企業は発信者が「どのような発信をするのか」に、より着目しておく必要があります。

私個人も含め、大衆や民衆が誰かをフォローするとき、ファッションやスタイルやビジュアル、仕事や作品などの活動内容だけでなく、「思想」や「スタンス」を見るようになっています。さらに、フォロイーとフォロワーの間に起きる関係だけでなく、そのフォロイーが、さらに誰をフォローしているのかという上流にさかのぼって支持するような流れも起きていますね。

今までのインフルエンサーマーケティングでは「何人にリーチできるのか」に主眼を置いてキャストを選定していた結果、結局はフォロワー数で判断されるようなことも多かった。それがちょっとずつ、思想やスタンス、あるいは「世界観」がパワーを持ちはじめて、そこにフォロワーがつく流れが始まりつつあるので、時代としてもフォロワーありきでキャスティングするのはナンセンスだと評されてしまう。

その現状を表すなら、私は「応援経済」という言葉がすごく近いと思っています。

─ 応援経済、ですか。

:「自分たちはどの文脈を応援するのか」を表現していく時代になっていくと見ているんです。

たとえば、ジェネレーションZ(Z世代)でも圧倒的に個性が立っているkemioさんの著作に『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』がありますが、「ウチら」という言葉が入っているのは、とても象徴的といえます。

半径5mの「ウチら」の中だけで完結する世界観や感覚がありながら、一方でジェンダーや環境問題など社会に対しての危機感も感じている。つまり、とてもクローズな情緒的部分と、とてもオープンな課題意識の両軸を持っている世代なのでしょう。

─ その両軸が、消費行動や経済活動でも駆動していると。

:クローズな部分でいえば、「ウチら」的なアパレルブランドが、Instagramのストーリーズを活用し、お客さんへ欲しいものを直接問いかけて作るというコミュニティのような事例がありますね。

Z世代はハッシュタグ「#PR」も当たり前に目にしてきた世代なので、そのタグだけで拒絶したりしません。宣伝したいものと発信者がフィットしているかを文脈で読み取れる世代です。だからこそ、インフルエンサーを発信のツールとして捉えるのではなく、お互いの思想や世界観がマッチしているかどうか、恋人や友人同士のように相互理解をした上で、Win-Winな関係を築いていくべきなのだと思います。

企業側は自分たちに、個に光をあてる場や力を持っているという大前提を自覚し、主語を自社ではなく個に当てるという意識改革をする必要があるのではないでしょうか。

つまるところ、インフルエンサーマーケティングにおいて、大企業はプレイヤーではなく支援者という立ち位置なのだと思っています。「私たちは〇〇だ!」という言葉からではなく、「私たちは〇〇を応援する」という文脈でその企業の色が消費者に伝わっていく、そう言う時代になりつつあります。

─ 応援経済の事例があれば教えてください。

:2018年9月に実施された、アメフトのコリン・キャパニック選手を起用したナイキの広告は好例です。キャパニック選手は試合中の国歌斉唱を拒否して、有色人種への差別に抗議の意を表しました。ナイキは差別への講義を直接的に発信するのではなく、彼を応援していることそのものがメッセージになるわけですね。反発も起きましたが、発信を支持したミレニアル世代の購買によって、当時のナイキは史上最高値の株価を記録したといわれます。

Ladyknowsが先日行った婦人科検診に関するイベントも、日本生命さんがスペシャルサポーターに入ってくださっています。マス向けのダイレクトなコミュニケーションだけではなく、社会へのメッセージや社会課題へのアクションを起こしているLadyknowsを“応援”することで、顧客層でもある女性たちへの向き合い方や姿勢を、より温度感を乗せて伝えていくという文脈です。

:だからこそ、インフルエンサー、クリエイター、プロジェクトも含め、「ウチら」の世界観や社会文脈、あるいは思想といったものを持たない「フォロワー数だけが多い人」は、どんどん淘汰される時代になるとも思っていて。他からのトレースではなく、自分自身の思想やスタイルを貫いているかどうか。厳しく言えば、社会にそれを見抜く審美眼が身についている時代なのではと思います。

そういった芯のある人たちが活躍していく時代になっていくのではないでしょうか。その上で、個人も企業も取り巻く応援経済の流れが、もっと来るはずです。

日本のコミュニケーションに足りないのは、“understand”と“agree”の違い

─ 近年、“共感”がキーになることも多かったですが、応援経済でも同様でしょうか?

:共感の「中身」について、もっと考える必要があると感じています。私が伝えたいのは、共感でも“agree”と“understand”は明確に違うことです。

たとえば、お母さんが小学生の子どもに「今日は学校で何があったの?」と聞くのは、「アクション」や「文脈」の両方を含んだ質問といえます。アクションには一応の正解と不正解がありますが、文脈に正しさは存在しません。

:先ほどの質問に対して子どもが「クラスメイトを叩いた」と答えたとします。そこで起こりがちなのが、その事実だけを聞いて怒ってしまうこと。すると子どもは、その背景にある文脈、感情や思考までもが一括りに怒られ、否定されたと感じてしまいます。

アクションとして人を叩くことは教育上“agree”はできないので、ダメだと教えること。その上で、文脈として腹が立ったことや悲しかったことを“understand”して受け止める。

アクションの是非とは別軸に、その文脈による感情や思考には正解がないし、誰も侵害できない物であるという認識をすることが大事なんです。

同じく今は「共感」でも、“agree”と“understand”を一括りにしているから複雑になってしまうんです。応援経済で大事なのは「“understand”できるけれど、“agree”はしない」というサイクルを上手につくること。

人間は、否定される事や理解されないと感じると余計に反発や分断したくなる生き物です。たとえアクションに“agree”できなくても、相手がそう感じた文脈は“understand”すること──その棲み分けが上手くできれば、多様化社会の中で意見やアクションが100%賛同できない相手でも、分断を生むことなく相互理解へと繋けられるのだと思います。

─ 応援経済には文脈への高い意識が求められるのですね。

:お客さんと企業の関係も同じです。複合的な面があって当然ですし、必ずしも“agree”できなくても、文脈を見れば“understand”できることはある。私は「みんな違って、みんないい」という言葉があんまり好きじゃないんです。なぜなら、「いい」という時点で、そこに“agree”という評価軸があるから。「みんな違うよね」「そりゃそうだ」とドライなくらいがいいなって。

おそらく、ミレニアル世代/Z世代はその感覚を持つ人が多いんじゃないでしょうか。それ以上の世代になると、ある“agree”のもとに一丸となって努力することで事業も国力も成長したバブル前世代。言い換えるなら、ダイバーシティではない結託によるパワーを持っていたのだと思います。

:ただそれも、文脈の話で考えれば、その時代においては結果的に効いたという“understand”は可能ですよね。上の世代からしても、これまでの文脈があるから“agree”はできないけれど、年下の世代に対する文脈は“understand”した、とはなれるはず。

もう一つ大切なのは、「“understand”できるけれど“agree”はしない」場合は、相手に踏み込みすぎてはいけないことです。そこで過干渉するから分断が生れてしまうんです。これは難しくて、私も起こしてしまう度に反省しています……。

思想ではなく「問題」を旗に立てて進め

─ まさにPRとも関係のある視点です。PRには「合意形成」の側面がありますから。

:PRでもブランディングでも、広めるための技術や戦略はある程度まで一本化できますよね。ただ、今は合意の面では「向かうべき旗の立て方」が、とても難しい課題です。

たとえば、Ladyknowsは「Ladyknows」というプロジェクトであり、「辻愛沙子」と同一ではありません。チームが向かうべきは「辻愛沙子の思想」だけではない場所だと思っています。だからこそ、旗の立て方は「思想」だけに依存せず、「問題」や「アクション」、「世界観」など、主観によってブレない具体的なものにするほうがいいと考えます。

─ なぜですか?

:思想で旗を立てると、実際のアクションは同じように見えても、スタートとゴールが異なる人が集まったりするので、結果的にチーム内部で分断が生まれやすいんです。「スタートとゴールの捉え方」がケースバイケースであるのを前提として知っておくのは大切です。

─ それだと同じ主義を持っていても、方法や態度に違いが出てきますね。

:「反差別体制」や「ポリティカル・コレクトネス」という旗印でアクションを起こしている人たちであっても、スタートとなるプロジェクトのルーツは異なり、どういったゴールに向かいたいのかも全然違うわけですから。

そこで結局出る答えは「社会において、正解や正義は一つじゃない」に帰結します。ただ、その前提があった上で、それぞれの見解を話し合い、違いを理解することがとても大事。なおかつ、それを話すのは「リアルな場」が最適だと思っています。

ネットやSNSだと、本人たちの関係性を抜きにして、発言内容だけで外部が判断したり、対立構造を見出したりしようとする人もいます。私も体験したばかりで、その反省もあるんですけどね……「“understand”したけれど“agree”はできない」という感覚も、リアルのほうが伝わりやすいはずです。

─ Ladyknowsでも同様の動きをされていますか。

:Ladyknowsのチームにも、反差別的な立場を取る人や、もやもやとする社会に対してのアクションの仕方がわからない人など、色々なモチベーションやスタンスの人がいます。そういった人たちに、まずは「辻愛沙子の思想」から社会への怒りを伝えたり、問題を提起したりすると、「なるほど!」とリアクションが起きる。そこから「対話」が生まれ、解決のための具体的な議論につながります。

アカデミックかつストイックに、フェミニズムやジェンダーに向き合ってきた人でないと、そういった社会問題について発言や行動を起こしてはいけない、という風潮をなくしたいんです。

:フェミニズムもジェンダーも、そしてその他のありとあらゆる社会問題は、特定の知見のある人たちだけのテーマではなく誰にでも関係のある事柄。だからこそ、入り口のハードルを下げて一人でも多くの人が自分ごと化するムーブメントを作っていきたいと強く思っています。

そういった意味でも、思想ではなく解決したい「問題」を旗印にしたほうがチーム内においても分断が生まれづらくなります。

今回行ったイベントでは、婦人科検診率が上がらないことを「問題」に、それをワンコインで可能にするという手段でアップデートするのがテーマでした。

思想がブランディング消費されることへの違和感

─ まずは「問いから始めよう」とも言えますか?

:そうですね!

ただ、そこでも「スタートとゴール」は意識すべきです。フェミニズムひとつとっても、原体験が「#metoo」的なところに色濃くあるのならば、同様の事象に対する防衛本能は当たり前に働きます。そうすると、どうしても相互理解が生まれにくい環境になったり、マクロ的視点で向き合ってきた問題がミクロ的問題に紐づいて、本来のアクションの目的を見失ってたりすることも少なくありません。

それも防衛本能が働き、傷ついた自分をしっかり大切にできることは、原体験を持った当人にとっては正しい構造ですし、「女性たちが同じような体験をしない社会」や「女性が侵害されない社会」という大義がゴールになっていることが多くあるように思います。

私は、個人としては歴としたフェミニストです。そのうえで、個人を超えた仕事や人生の中でのアクションという意味でいうと、フェミニズムだけでなく「インディビジュアリズム(個々の尊厳と自由を尊重すること)」がきちんと機能する不均衡のない社会を作っていきたいという意思が強くあります。

:私は「女子大生“なのに”クリエイティブディレクター」という取り上げ方をよくされてきたのですが、自分をカテゴライズされることや、あるカテゴリーにおいて消費されることに違和感を覚えたんです。ジェンダーバランスよりも「個」に対する侵害に対しての強い違和感から、インディビジュアリズムにたどりついたんですね。

だからこそ、Ladyknowsも広い意味でのインディビジュアリズムの実現を目的に始まっていて、必ずしもフェミニズム“だけ”を考えるためだけの場ではないんです。だからこそ、女性たちだけでなく全ての性別の方々の相互理解と連帯を大切にしています。

─ 掲げている「女性を知る。社会を知る。自分を知る。」も、その背景があると。

:ただ、そのスタートだけでは不十分だったと、活動する中でわかってきた、というのが今の現状です。インディビジュアリズムという「思想」で旗を立ててしまっていますし、「スタートとゴールの違い」にも気づけていませんでした。だから、今回のイベント以降は明確化したアクションを、さらに実行していくようにシフトチェンジしたいなと思っていて。

─ ワンコインで検診ができる、というのもアクションですね。


▲写真提供:Ladyknows

:今回のイベントでは「問題」に対して仕組みからアプローチする仮説を立て、実行し、社会はたしかに前進したと感じます。今後はLadyknowsを再解釈して、この前進をポップアップではなく、常設ないしは様々な場所に展開するなど、継続性を考えていきたいです。

arcaが生業としている広告クリエイティブの現場で、企業が持つパワーないし資金を、ハイコンテクストなままに複雑な文脈で伝えても、多くの人に届かないことを実感しています。届かせるためにはコンテンツ化やクリエイティブの掛け算が行われます。つまり、「クラフトする力」と「コミュニケーションの掛け算を通して、企業と生活者を繋ぐハブ」としての役割を担うのが、私たちの生業ともいえます。

今後も、ある問題に対して、Ladyknowsがハブとなって解決策を提示することで、企業と生活者をつなげていくのが一つの活動軸になると思っています。不妊治療や男性の育児休暇取得率の低さなど、問題は数え切れないほどにあるので、一つひとつ向き合っていきたいなと。

─ 単発のイベントではなく、継続的なプロジェクトであることにも意味がありますね。

:応援経済に話を戻すならば、Ladyknowsとして「どんな行動をするか」が応援の軸になり、その根底に思想があるという順序が大切なんです。

:今って、その順序も含めてごちゃまぜになって、思想がブランディングとして消費されている時代なので。何かニュースが起きたときに「私が最初に発言する!」みたいなことが目的化してしまっていて、「どのように行動し、変えていくのか」というコミットメントまで及ぶ人やチームが少ないのは課題だと思っています。どうしても、一つのアクションよりSNSでの140字の怒りの方がスピーディかつ実感がありますから…。

しかし、それだけでは広い意味でマスに社会問題を届け、ポジティブなムーブメントにしていくことは出来ないと思っています。

生活者が主語を「自分」にして参加できるアクション、ないしはムーブメントを作っていかなければ、結局は感度の高い層だけで議論するに留まってしまう。もちろん個人としての発信も行っていきますが、クリエイターとしては「自分ごと化の連鎖」を作る具体的なアクションを持ってして社会に貢献していきたいと思っています。

ダイバーシティは、そもそも「個人」の中にも存在する

─ これまでは政治にしろ事業にしろ、思想や指針で一つにまとめることが推進力になっていたけれど、それではうまくいかなくなってきた。そこで具体性に振ったところ、アクションの思想がわからないと、それはそれでまとまらない、という全体像が見えた気がします。

:「思想がわからない」は的確な言語化だと思うんですが、付け加えるなら「カテゴライズしないと他人を認識できなかった」というのも理由じゃないでしょうか。でも本来は、社会も組織も人も多面的なので、そんな単純にカテゴライズはできないはずです。

─ 「多面的」とは面白いです。社会の中には多様な個人が存在していますが、その個人の中にもダイバーシティがあるわけですね。

:たとえば、先日あった出来事なのですが、知人に誘われて、三代目 J SOUL BROTHERS(以下、三代目)のライブを観たんです。

時代の流れ的にいうと、アーティストなら米津玄師さんとかあいみょんさんとか、どちらかというと影や憂い、人間味を感じさせるものに心が動くようになってきていると思います。占いでも、細木数子さんのような従来の派手でカリスマ性のある方からではなく、しいたけ.さんのような温度感のある肩に力が入っていない占い師さんが人気を得たのも、きっとそう。

でも、いざライブに行ってみると、東京ドームは満席だし、ものすごい熱狂で。大きなカルチャーショックを受けました。自分が引いた状態で見ていた社会の流れや熱狂とは別軸で、全く別の場所で想像を絶するほどの熱狂やコミュニティが存在している。都市と地域の間でも同じ事が言えるだろうし、SNSとマスメディアの間でも同じ事が言えると思ったんです。

そして、そういったそれぞれの熱狂は別の世界線の中で干渉し合わず存在していると思われがちですが、実は個人の中で複数の熱狂が存在しているのが人間だったりするのです。何がそれぞれの共通項なのかは、その人にしか分からない。

たとえば、Ladyknowsのイベントへ行くか、三代目のライブを観るかに悩んでから、三代目を選んだ。そういう複雑さがあるはずです。

─ Ladyknowsと三代目で悩むのは、他人からすれば極端な選択のように思えますし、価値観としては伝わりづらいかもしれない。でも、ある人の内面では矛盾はない、と。

:夫が右寄りの思想でも、妻が左寄りの思想なんていうのも、全然起こりうること。ふたりをつなぐ共通項は、ふたりにしかわかりません。つまり、「思想」だけで人をくくろうとしても、そもそも人はすごく複雑なので絶対に一概には捉えられない。

コミュニティ形成も同じことだからこそ、「半径5mのユートピア」としての「ウチら」が効くみたいなことに至るんだと感じます。ある領域においては、個人の中にもダイバーシティがあることを認めていかないといけないですよね。

「クラフト力」を活かし、思想あるアクションでコミュニケーション

─ フォローしている文脈や、そこに思想があったとしても、それが個人の全てを語ることにはならないわけですね。

:まさにそうなんですよ!

あまり世代でくくるのはよくないですが、私たちの世代は、どちらかというと文脈には慣れきっている世代です。kemioさんがYouTubeにアップする動画でも、「今日のお買い物」の話をした後で、部屋を片付けたら出てきたノートに自分のセクシュアリティをカミングアウトした日記が書かれていた……と話して、また買い物の話に戻ったり(笑)。

:その「カオスさ」が人間であり、それを受け入れている世代だと思うんです。だから結局、マス広告も効きにくい。「応援経済」においても手法や戦略は一本化できないことを心得た上で、いかに組織や会社を含めてブランディングし、世界観をつくり、人々を巻き込んでいくか。そこに、コンテンツやクリエイティブを掛け合わせていく。言わば「クラフト力」が必要になるんです。

─ これまでの仕事にも、クラフト力の観点は活かされていますか。

:Tapistaでいうなら、リアルなアクションは「世界観のあるタピオカドリンク屋をつくる」ですし、その可愛さにみんなが集まってくれるのは、まさにクラフト力が所以です。

ビジュアル面でも、女性だけでなく男性の手が見えるというのには、伝わるかは別として、世界観の一つです。代官山の店舗はイスラム教の礼拝堂である「モスク」をルーツにしていますが、それだって1,000人に1人でもググって文脈を紐解いてくれればいい。

ハイコンテクストすぎると排他的になっていくので、入り口のハードルを下げることは絶対的に大事です。Ladyknowsのようにアカデミックなものだとしても、Tapistaみたいにポップなものであったとしても、すごく意識しないといけないなと思っていて。参加したいと思う人たちの入り口のハードルをまずは下げ、入ってからグッと引き込み仲間になって熱狂が生まれる、そんな置いていかない文脈づくりが大切です。

そして、そもそものコンテンツが強いのも前提です。洋服にしても、「可愛いから買う!」が先にあって、よくよく見たらエシカルの文脈に対するメッセージを含む素材だから、賛同してもっと買おうと思える。それこそが応援経済における世界観で、「ウチら」的にも効く部分です。

それを考えても、やはり「思想」は根底にあるけれども、アクションでコミュニケーションを取っていくのが大事。これが現在地点の私が持っている結論ですね。

編集後記

個人の中にもダイバーシティは存在するにも関わらず、私たちは他人を認識するために「わかりやすいカテゴライズ」をしがちです。それは致し方ないことなのかもしれません。しかし、日々変わりゆく社会とビジネス環境に生きる中で、PRパーソンとしての価値を高め続けるならば、これまで以上に思考を深めて、「個」に対する解像度を高めていく必要があります。そして、実際のアクション(行動)が何よりも信頼される現代のコミュニケーション領域において、「Public Relations」という言葉もまた、再解釈されていくのかもしれない──辻さんとの対話の中でそう感じました。(編集部)