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自社内と資本市場は表裏一体——2年で株価を8倍に成長させた、リンクアンドモチベーションの「全社一丸IR」戦略

INDEX

上場企業にとって株価は、企業としての存在意義を示す大きな指標のひとつ。

ステークホルダーに正しく企業価値を理解してもらう、必要不可欠なコミュニケーション。上場企業にとってのそれはまさに、IR(Investor Relations: インベスター・リレーションズ)活動でしょう。

ただIRが大切といわれても、どのようにすれば企業価値の向上につながるような成果を出せるのか、と悩む人も多いのではないでしょうか。

そんななか、独自のIR活動により、株価を2年間で8倍に(※)押し上げた企業がありました。「モチベーション」にフォーカスした経営コンサルティングファーム、株式会社リンクアンドモチベーションです。

その背景にはインターナルコミュニケーション(社内広報)に注力した「全社一丸IR」戦略があったといいます。今回は、全社一丸IRを率いたグループデザイン室 IR・PRグループマネジャーの一瀬龍太朗さんにお話を伺い、その戦略の裏側を探りました。

※取材時(2018年1月)時点の株価


Profile

一瀬龍太朗さん Ryotaro Ichinose
株式会社リンクアンドモチベーション / グループデザイン室 IR・PRグループ マネジャー
1986年生まれ。東京工業大学 工学部、東京工業大学大学院 理工学研究科卒。2010年、株式会社リンクアンドモチベーションに入社。主に財務会計・管理会計といった側面から経営企画業務に従事し、中期経営計画、IR、M&Aといったテーマに取り組む。2017年には全社MVPを受賞。現在はIR・PR部門を統括している。


株式会社リンクアンドモチベーション / グループデザイン室 IR・PRグループ マネジャーの一瀬龍太朗さん

上場8年、100億円企業の危機

 そもそも2016年以降、貴社がIRに力を入れようしたきっかけからお伺いできますか?

当社は2000年に創業し、2007年に東証二部へ上場。翌年には一部へと市場変更を果たしました。しかし、リーマンショック以後、約7年弱にわたりIRとしては空白の期間が続きます。

リーマンショック後ということもあり、その当時の経営においては、どちらかといえば顧客や従業員とのリレーション構築に力を入れ、株主とのリレーション構築には十分な時間やコストを割いてこられませんでした。

その結果、株価は底をつき時価総額は100億円近くにまで落ち込みました。この事態に経営陣はあらためて「資本市場からの評価は、このままでいいのか」「我々の企業価値はもっと大きいのではないか」と考え、IR活動の強化を決意したのです。

顧客と向き合う「商品市場」、従業員や採用候補者と向き合う「労働市場」に加え、株主や投資家と向き合う「資本市場」にも力を入れ、3つの市場適応を目指すという方針に舵を切りました。それが2016年初めのことです。

 一瀬さんご自身はそのタイミングで社内異動し、IRを担当されることになったのですよね。

はい。私は2016年にIR・PRグループに異動しています。時価総額向上のために経営としてコミットする、まさに「フルスイングでIR活動をする」というお墨付きをもらった状態でした。

一瀬龍太朗さんは、2016年からリンクアンドモチベーションのIR活動を担当している

IRは「相互理解に向けたコミュニケーション」だと気づいた2016年

 IR担当となり、2016年はどのような施策を打たれてきたのでしょうか?

はっきり言って私はIR初心者でしたので、まずは、IRそのものを知ることに尽力しました。そのため本当にさまざまな人に会いに行き、話を伺いました。

証券会社やIR支援会社といったプロはもちろん、他社のIR担当者が何をしているのかを知るために、勉強会やコミュニティに積極的に参加しては、IRに関する知識やノウハウをいろいろと教えてもらったものです。

すると、最初は個人投資家とは別に機関投資家という存在がいるということさえ、まともに知らなかった私ですが、業界で使われている言葉だったり、関心の高いテーマだったりが徐々に見えてくるようになる。

このようにIRへの理解を深める傍らで力を入れたのが、投資家とのコミュニケーションでした。

IRは経営戦略の立案や資本政策も大切ですが、コミュニケーション活動の意味合いも非常に大きい。そもそも活動をあまりしていなかったこともありますが、私自身、IRを知るために投資家との接触機会を増やしたいという思いがあり、2016年はとにかく活動量を増やしました。

 具体的にどのような方とコミュニケーションを?

その当時、自社のIR課題が何なのか手探り状態でした。いくら考えても机上の空論に終わる気配があったので、IR課題の肝を押さえるためにも、まずはターゲットを絞らず、全方位的に投資家と接触し倒すことを意識しましたね。「個人投資家に何人会う」という目標を定めたり、機関投資家向けの接触のチャンスがあると聞けば、ミーティングを積極的に行ったり。

そうしてコミュニケーションの「量」に振り切ることで、徐々に「質」の問題が浮かび上がってきました。

「何を売っている会社かわかりにくいんだ」とか「投資家が興味を持つポイントはここなんだ」みたいな、投資家の感覚がわかってくる。すると、自分たちが何を伝えなければいけないのか、何を期待してもらうのかといった、設計すべきコミュニケーションが少しずつ見えてきます。

そこから、決算発表資料以外に投資家向けの動画を作ったり、投資家と個別にIR面談をするためのプレゼン資料を用意したり、ウェブサイトを変えたり。コミュニケーションの「量」が「質」へと転化しはじめたのが、2016年でしたね。

一瀬さんの尽力により、IR活動におけるコミュニケーションの「量」が「質」へ転化していった

——コミュニケーション以外に打たれた施策はありますか?

直接的に株式に関わる施策も行いました。株主優待を新設したり、従業員持株会の奨励金を増加させたりといったものです。

こうした施策は経営上のさまざまな目的で行いますが、IR上はいずれも「時価総額と向き合う経営を行っている」という、社内外への意思表示の意味合いも強いのです。

特に、社員に対しては持株会の奨励金を引き上げについては「社員とともに本気で企業価値を高めたい」というメッセージングにこだわりました。

時価総額4倍、メディアからも注目されるように

 2016年、1年間の活動を経た段階ではどのような成果が見えてきたのでしょうか?

如実にあらわれた成果は時価総額、つまり株価の変化です。年初の底値が100円程度でしたが、年末には400円台。年間でおよそ4倍に時価総額が向上した点が、まず目に見えてわかる結果でした

それに伴う副次的な効果としては、株価が上がったことによる社会からの評価の変化も感じました。

 どんな変化を感じたか、教えてください。

わかりやすい例で言えば、メディア等からの問い合わせです。たとえば経済系媒体や株式関連メディアの記者の方から、ご連絡をいただけるようになりました。

PR系のメディアからも「勢いありますよね」と声をかけてもらうこともあります。現場で働く当社社員が、お客様から「株価順調ですね」とお声がけいただくこともよくあったそうです

そのほか重要な指標として見ていたのは、どれだけ株式が注目を集めているかという意味での出来高や株主数でした。こうした指標が徐々に増えたことも、IRの手ごたえにつながりました。

社外だけでなく、社内に目を向けた2017年

 2016年でわかりやすい成果が出た後、2017年はどのような施策へつなげていったのでしょうか?

そのままの方法で、2017年も結果を出すのは難しいだろうと思いました。2016年のIRは、そもそも何もやっていないゼロからのスタート。

もちろん現場のプロダクトや事業推進が優れていて、業績がちゃんとついてきたというのもありますが、IR活動としては、これまで語れていなかったことをしっかりと説明すれば、株価もついてくるという状態でした。

リンクアンドモチベーションでは、IR活動によって時価総額が一気に向上し始めた

そこであらためて2016年の活動を振り返ってみると、私がやってきたIR活動は投資家というステークホルダーに対する期待形成だと気づいたのです。「私たちはこのビジョンを大事にします」「このミッションを実現します」「この業績を叩き出します」といった“約束”をしてきたわけです。

そこから考えると、2017年は「その約束がちゃんと守れているのか」「どのくらい進んでいるのか」といったことが問われるようになるフェーズ。自分たちが作った約束を守り、資本市場の期待に応えていく必要があると考えました。

ただ、IR担当者は事業の実行部隊ではないので、直接的に約束を守ることはできません。事業を推進し、収益を生むのは現場です。だからこそ、IR担当者は、約束の実行部隊である社内にちゃんと目を向けることが大切だと考えました

そこから現場をいかに巻き込み、IRの文脈で語っている「期待と約束」はどういったものかを社員に伝えることを意識しました。

社内の血流に、IRを溶かし込む

 それが、全社一丸IRにつながっていくのですね。

おっしゃるとおりです。2016年は投資家サイド、つまり社外とのコミュニケーションばかりを重視してきました。対して2017年は社内、社外双方を向きながら結果を出し、期待に応えていく。

双方とコミュニケーションをとることで、社内外の情報や期待値をすりあわせ、一緒に約束を守ろうとする社内の機運を高めていくことが、自分たちのミッションでした

ただ幸いにして、私たちはモチベーションの会社。モチベーションを維持するためにはコミュニケーションが必須であり「コミュニケーションは組織における血流である」という考えを顧客や社会に強く発信してきました。

これは当社自身においても同様です。全社一丸IRの以前から、私たちは社内コミュニケーションに圧倒的な投資をしてきました。

代表自身「コミュニケーションコストだけは絶対に削ってはいけない」とたびたび語っていますし、社員一人ひとりが大事にしている『DNA BOOK』という本にもその旨が明文化されています。

ですから自分たちがやったことは、もともとの血流である社内コミュニケーションのラインに、IRのエッセンスを溶かしこみ、体内の隅々にその血を通わせることでした。

リンクアンドモチベーションの「DNA BOOK」

 では、もともと社内カルチャーとしてあったコミュニケーションラインを活かし、そこに情報をのせて流していかれたと。具体的にはどういった施策を取っていったのでしょうか。

一番大きなところで社内の全社総会におけるトップメッセージがあり、それを具体に落としたWeb版の社内報や紙の社内誌があります。それぞれに役割をもたせ、コミュニケーションを取っていきました。

わかりやすいのは社内報ですね。Web版でIRについての考え方を発信したり、四半期に1回発行される冊子版では、『時価総額1兆円企業への道』とあえて大風呂敷を広げるようなタイトルで特集コンテンツの制作を行ったりしました。

我々が考えるコミュニケーションは単発のものではなく、地続きのストーリーで設計します。単なる活動報告ではなく、経営の実行力につながり、社員各自のがんばりが全体成果を最大化できる状況にまで持っていけるよう、プロデュースしていきました。

すると徐々にIRへの注目が社内でも高まっていき、現場社員の会話の中にも「私たちは国内屈指の時価総額企業になるんだから、今からそのマインドで働かないといけない」といった言葉が聞こえてくるようになりました。気がつけば、現場でIRストーリーが育まれていたのです。

リンクアンドモチベーションの社内報では、たびたびIR特集が組まれた

 トップからの情報発信で社員を動かし、現場レベルにまで変化が波及していったんですね。

もちろん、経営幹部を強く巻き込むことも必要でした。たとえば、経営幹部にIRの舞台へと出てきてもらうこと。2016年までのIR活動は、代表とIR担当者2人がほとんどの業務を行っていました。しかし2017年は機関投資家向けの決算説明会に、代表だけでなく他の役員陣にも登壇してもらったのです。

役員陣自らが投資家の質問を直接受けることで、資本市場の感覚がリアルに伝わります。経営幹部のIR情報のキャッチアップが進めば、投資家の期待値を理解したうえで事業計画をデザインすることができる

そういった視点を経営幹部に提供できるようになったことは、企業としても大きな変化だったと思います。

社員から経営幹部まで、会社全体として資本市場を意識できたことが、2017年の大きな成果でした。その結果として得られたのが、IR活動を開始した当初から比べると、8倍以上に成長した株価です。時価総額も一気に1,000億円を突破しました。(※2018年1月時点)

IRが社内のコミュニケーションを変え、企業を変える

 こうした方法論は、他の企業でも再現できるものでしょうか?

できると思います。私自身、他社のIR担当者の話を伺う中で、多くの企業のIR活動において、社外である資本市場ばかりに目を向けている点が気になっていました。

自分たちが2年間やってきて思うのは、社内と資本市場は表裏一体で、切り離すべきものではないということ。IRは非常にわかりやすく、社内外をつなぐ「共通の目的」を設定できる活動です。

私たちが事業として展開しているモチベーションの観点でも、「共通の目的」という存在は大切で、会社として社員のモチベーションのベクトルを、それによって束ねる必要があります。働きやすさばかりを追求するだけの、「共通の目的」による統合なきモチベーションは、経営視点からみると非常に危険だと私は思っています。

個人のモチベーションが向かう先が、企業経営上、促進すべき方向にある。IRは、その“向かう先”として最適な存在です。

これからもリンクアンドモチベーションでは、「全社一丸IR」を実践していく

 IRを入り口に、企業のコミュニケーションを変え、ひいては企業価値の向上につなげていくこともできると。

多くの企業において、IRを起点に会社を変えていくことができると思います。

欧米では、IRは非常にプレゼンスの高い職種です。経営の数字理解から、企業戦略を語れること、営業的な観点、コミュニケーションスキルも必要となる。経営者と同じ視界で企業を理解し、機関投資家などからのアドバイスを受け、経営戦略につなぎこむ役割を担うこともあります。

IRは、多くの人が知らないだけで、かなり経営企画的な仕事なんです。

そういった特殊な立ち位置だからこそ、組織戦略を変えるような影響力を発揮することができるはず。だからもっと、IRによって企業価値を高め、会社を面白くしていくことができると思います。日本中の企業のIRが変われば、日本の労働生産性が変わると言っても過言ではないかもしれませんね。

IRといえど、向かうべきは投資家・株主のみにあらず

投資家・株主との関係性を築いていくIRと、従業員と向き合うER(エンプロイー・リレーションズ)はあくまでも表裏一体。

内と外の双方が地続きに存在していることを理解した上で、全体のコミュニケーションを設計することが重要だということが、一瀬さんのお話からよくわかりました。

社内外にかかわらず、全方位にいるステークホルダーを理解し、企業として必要なコミュニケーションを考えていく。それこそが、企業価値向上の一歩につながるのでしょう。