360度のステークホルダーと関係構築ができているか?ーーストライプインターナショナルの「パブリックリレーションズ本部」が担う役割とは
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企業が本当の意味でのパブリック・リレーションズを実践していくためには、従来の広報としての機能に加えて、企業を取り巻くあらゆるステークホルダーと関係を構築していく必要があります。
そんななか、「earth music&ecology(アースミュージック&エコロジー)」など30以上のブランドを抱え、アパレルからライフスタイル&テクノロジーへと事業領域を広げている株式会社ストライプインターナショナルでは、2016年に「パブリックリレーションズ本部」が発足。その特徴は、広報・宣伝・CR(カスタマーリレーションズ)・危機管理・行政の5部門が、社長直轄のひとつの本部に集約されたという点で、まさにパブリック・リレーションズを体現しています。
この画期的な取り組みが生まれた背景とは? そして実際にはどのように機能しているのか? 2018年8月からパブリックリレーションズ本部長を務める、石渡佑矢さんにお話を伺いました。
Profile
石渡 佑矢さん Yuya Ishiwata
早稲田大学を卒業後、輸入車販売店や市場調査会社を経て、国内最大手のマーケティングリサーチ会社インテージに入社。企業のマーケティング・リサーチ・データ分析500件以上に従事し、新商品開発や集客促進、顧客満足度向上、広告効果測定など、さまざまなマーケティング課題のリサーチを経験。その後、新設のマーケティング部に異動し、マーケティングマネージャー、広報統括マネージャーを歴任。2018年6月、earth music&ecology、koe、メチャカリなどを展開しているストライプインターナショナルに入社。現在、パブリックリレーションズ本部の本部長として全社のPR・マーケティングを統括。
「パブリックリレーションズ本部」発足のきっかけ
― まずは石渡さんの経歴についてお聞かせいただけますか?
石渡佑矢さん(以下、敬称略):大学を出てすぐ就職したのは、輸入車の販売店でした。ショールームで、フェラーリやランボルギーニなどの高級輸入車を販売していました。
「接客を通じて好きな商材を販売したい」という思いで就いた仕事だったんですが、そのうち「物が売れていく仕組み」に興味を持つようになって。マーケティングリサーチという領域があることを知り、リサーチ会社に転職しました。様々な業界のクライアント企業とお仕事をさせていただき、マーケティング支援やデータ分析の経験を積みました。その後、自社の事業戦略やマーケティングの仕事に携わったのですが、「広報機能の強化」が自社の大きな課題であると考え、前職で広報部門を立ち上げました。
― 高級輸入車の販売、マーケティングを経て広報へ!異色な転職経歴ですよね。そして、2018年6月にストライプインターナショナルに転職され、いきなりの大抜擢……。
石渡:「面白い会社があるよ」とお話をいただいて、はじめは広報部長として入社したんですが、その1カ月後にパブリックリレーションズ本部長に任命されまして。想像もしていなかったので、正直びっくりしました。
私がそれまでやってきた接客の仕事、マーケティングの仕事、広報の仕事、それらはすべて誰かと関係を作っていくことが重要。すべての仕事は関係構築の上に成り立っていることを再認識しました。関係構築の根幹を担うパブリックリレーションズ本部。私が培ってきた知識や経験も活かせると思い、チャレンジすることに決めました。
― パブリックリレーションズ本部の設置には、どのような背景があったのでしょうか。また、パブリック・リレーションズをどのようなものと捉えられているのでしょうか。
石渡:パブリック・リレーションズは、まさに関係構築と捉えています。
当社代表取締役社長の石川康晴が京都大学の大学院(MBA)に通っていた時期があるのですが、井之上喬氏にパブリックリレーションズの講義を受けたのがパブリックリレーションズ本部が設置されたきっかけと聞いています。井之上氏の著書『パブリックリレーションズ』を何度も読み返しながら、「当社は360度のステークホルダーと関係構築ができているのだろうか」と自問自答したことが、2016年パブリックリレーションズ本部が新設されたことにつながったと聞いています。
当時のストライプでは、ステークホルダーと関係の深いコミュニケーション関連の部署がいくつにも分かれていたため、それぞれが持っている情報がうまく共有されていないという問題があったようです。その状況を打開するべく、石川はその場でパブリックリレーションズ本部の設置を決定したそうです。
また、当社では「セカンドファミリー」という企業理念を掲げています。社員やその家族、お客様、社内外問わず、ステークホルダーと家族のような関係を作っていくことを大事にしています。家族のような関係を作っていこうと思うと、相手の立場に立って考えなきゃいけないし、気遣いも必要。コミュニケーションにおいても、何を伝えていくのか? どうやって伝えるのか? どのタイミングで伝えるのか? そこをしっかりと考えてやっていくというのが、パブリックリレーションズ本部のミッションのひとつだと思っています。
― 御社の「パブリックリレーションズ本部」が特徴的なのが、広報・宣伝・CR室・危機管理・行政部門が、社長直轄の本部としてまとまっているところだと思います。これは他社にはない形態ですよね。
石渡:そうですね。広報は、関係構築を実現する機能のひとつに過ぎない。ステークホルダーとの関係構築をする部門がさまざまな役割を内包し、本部として機能が集約されているのは理想的な形であり、オリジナリティの強い組織体制だと思います。
広報の仕事はトップと現場をつなぐ地道な「交通整理」
― パブリックリレーションズ本部が最初に設置されたのは2016年2月ですよね。ちなみに、御社が社名を「クロスカンパニー」から「ストライプインターナショナル」に変更されたのが同年の3月。何らかの関連性があったのでしょうか。
石渡:当時は事業体の変革期でもありました。「アースミュージック&エコロジー」というブランドの成功を中心に急成長してきたクロスカンパニーが、一度その成功をゼロに戻して、「ライフスタイル&テクノロジー」という事業領域に再定義、拡大したのがこの時期。アパレル出身の人材に加え、IT企業やコンサルティングファーム、金融機関など多様な人材が集まるようになりました。それぞれのキャリアやストーリー、カルチャーがまったく異なる人たちが混ざり合うようになったことで、社内の一体感やモチベーションの再構築が企業に求められるようになりました。そこを担う役割として、パブリックリレーションズ本部が設置されたという側面もあったと聞いています。
― なるほど、そんな経緯があったのですね。設置から2年半経ち、今年の8月から石渡さんが中心となった「パブリックリレーションズ本部」ですが、手応えはいかがですか?
石渡:まだ始まったばかりなので、いろいろと試行錯誤している段階です。ただ、課題はいくつか見えてきています。ひとつは、広報部と各事業部など、関係部門とのコミュニケーションをもっともっと密にし、情報の一元化を図ることで、精度の高い有益な戦略や施策を打つことが出来ると考えています。
たとえば、広報部と宣伝部で定例のミーティングを行なって、CMに連動したプレスリリースの出し方を一緒に揉んだり、CR室から上がってきたお客様の声を、広報部として社内外にどのように発信していくかを考えたりもできます。
もうひとつは、社長と広報部で行う定例ミーティングでキャッチアップしたビジョンや戦略と各事業部の戦略を、いかに社内外のコミュニケーションに落とし込んでいくか。トップダウンとボトムアップのシナジー効果を強く出していけるように、日々社内でディスカッションを重ねています。
― 着任早々ですが、パブリックリレーションズ本部として機能を果たしていると感じる時はありますか?
石渡:今年、さまざまな地域で災害が起こっています。災害発生時、当社ではクライシス対応、復興支援を最優先の課題として動きます。その中でパブリックリレーションズ本部がもっとも尽力しているのは、「情報の交通整理」の役割です。
たとえば、今年9月に起こった北海道胆振東部地震。現地の避難所に服を支援するにあたり、どの商品を何着、どのロジスティクス倉庫から、どんな物流で送るのか。また募金を開始するにあたっては、どの店舗で、いつからスタートするのか。そういった一つひとつのことに対して、各組織から情報を集約してトップにあげる、あるいはトップからの号令を出す。社内の様々な部門とスピーディーに情報連携するとともに、北海道被災地の災害対策本部とも密に連絡を取り合っていました。ステークホルダーとの関係構築を担う部署だからこそ、緊急時にも社内外から数々の情報を集約し、会社としての適切な対応を統率できると感じました。
発信者が楽しむことで、受信者にもワクワク感が伝わっていく
― 全国各地に店舗があるので、社員数がとても多いという意味でも、社内コミュニケーションの交通整理の役割も大事になってきますよね。エンプロイー・リレーションズ的な側面で言うと、「アミリー」や「ストライプTV」という施策、とてもいいなと感じました。
石渡:社員数が連結で6,700名いますので、社内の関係構築にも力を注いでいます。「amily(アミリー)」は社員専用のスマホアプリで、社内情報や部署ごとの動向をいち早く知れるほか、他部署のメンバーや役員、社長にも直接メッセージを送ることができます。「ストライプTV」は社員向けに週1回配信されている動画版社内報で、トップダウンのメッセージや店舗の成功事例など、多岐にわたる社内情報を従業員に届ける役割を果たしています。
― 「ストライプTV」はかなり本格的につくりこまれたバラエティ番組という感じで、誰もが楽しんで見られますよね。
石渡:店舗の従業員にとっては、楽しみながら接客の仕方を考えてくれるきっかけになるかなと。販売スキルの伝授という側面に限らず、同ブランドの身近なスタッフが番組に登場することで、モチベーションアップや、一体感の醸成にもすごく役に立っていると感じます。
― 発信側も受け取る側も、楽しみながら情報に触れることができると。
石渡:パブリック・リレーションズの定義って“関係構築”と言いますが、それだけだとちょっと堅苦しい。やっぱり自分たちが楽しくないと、受け取る相手も楽しくならないと思うんですよね。ワクワク感と言いますか。
社内であればストライプTVがそれを演出するツールになっていますし、対お客様であれば、新商品の見せ方や店舗への誘導の仕掛けでワクワクを生むことができる。もちろんメディアに対しても、ストレートニュースみたいに真実を羅列するだけではなく、取り組みの背景にある思いや今後の展望を示すことがワクワクの源泉につながっていると思います。ポジティブにまわりを巻き込んでいくという意味では、CSRの取り組みにも同じことが言えます。
― 具体的には、最近CSRではどんな取り組みをされたのでしょうか。
石渡:7月、西日本豪雨災害が発生した際には、岡山県倉敷市に10,000点の支援物資をお送りし、復興支援セールや募金活動も即座に行いました。当社は岡山で誕生し、本社は今も岡山にあります。代表の石川の想いも強く、石川は個人で1億円、先日岡山県に贈呈しました。
復興支援の動きが早く、規模も大きかったので多くのメディアに取り上げられましたが、これは別に当社が慈善事業をしていることをアピールしたかったわけではなく、話題を巻き起こすことで、それを目にした企業や個人が「自分たちにも何かできることがあるんじゃないか」と行動を起こすきっかけをつくりたいという意図があったわけです。
“データドリブンPR”で客観的な効果測定を目指す
― 御社として、復興支援の輪を広げるための先陣を切ったと。
石渡:そうですね。当社では、事業と同じくらいCSRを重要な取り組みと考えています。将来的に「1兆円企業へ成長していく」という目標は掲げているものの、それが目的になることはありません。儲かればいい、という考えは当社には全く存在せず、事業活動と同じくらい社会貢献を重視しています。
また企業理念のお話になりますが、「セカンドファミリー」とはお客様をはじめとするステークホルダーの皆さんは、私たちにとっての2番目の家族のようにかけがえのない存在であるという意味です。もし家族が困っているのであれば、真っ先に駆けつけて助けたいと思うのは当たり前の気持ちですよね。そのための活動に関しては、まったく利益度外視で取り組んでいます。
― ここまでお話を聞いていると、御社としてはパブリック・リレーションズのなかでも「危機管理」という面にかなり注力されているように感じます。
石渡:クライシスが発生すると、そちらの対応が最優先であることは確かです。このスタンスは今後も変わることはありません。ただ、パブリックリレーションズ全体の中での優先順位というのは状況に応じてつぎつぎに入れ替えていくべきだと考えています。たとえば従業員の士気を高めていく必要があれば、エンプロイー・リレーションズの対応が重要になりますし、新しいブランドを立ち上げるタイミングであればカスタマー・リレーションズやメディア・リレーションズを手厚くする必要があります。私個人としては、年間計画として優先順位を固めることはしておらず、常に柔軟に動ける体制を保ちたいと考えています。
― 優先順位は入れ替わるもの、おっしゃる通りだと思います。最後に、石渡さんが今後、パブリックリレーションズ本部で実現してみたいことについて伺えますか?
石渡:マーケティングとリサーチに長年関わってきた私としては、“データドリブンPR”にチャレンジしてみたいです。
どんな広報担当者も、効果測定とかKPI設定について頭を悩ませていると思うんですよね。広報活動の効果を図る指標って、まだまだ主観の域を超えないというか……。たとえば掲載される紙面の文脈でも、それをポジティブにとらえるかネガティブにとらえるかというのは、読んだ人の印象でしか測れないじゃないですか。そうであれば、実際に当社が発信した情報に触れた人の実行動をデータで追えた方が、より客観的なデータが取れる。そのデータを分析し、次の戦略や施策をよりよい形に変容させていくことが、本当の意味での“関係構築”につながっていくんじゃないかと考えています。
企業のパブリック・リレーションズの概念を変えていく
お話のなかで印象的だったのは、パブリックリレーションズ本部の重要な役割は、ステークホルダーとの関係構築のほかにも“情報の交通整理”があるという表現。もし以前のように、各ステークホルダーとの関係が散らばった各部署に多元的に任されている状況だったら、「おそらくあちこちで対応に混乱が生じ、“交通事故”が起きてしまうでしょうね」そう石渡さんはおっしゃいます。
今後さらにパブリックリレーションズ本部の機能が活性化すれば、あらゆるリスクや機会損失の事前回避につながり、より理想的なコミュニケーションが構築されていくはず。企業理念の「セカンドファミリー」を実践しているからこそ、ステークホルダーとの関係構築がミッションであるパブリックリレーションズ本部は、ストライプインターナショナルにとって、なくてはならない機能なのだと強く感じました。
従来の「広報部」だけを組織内に設置するのではなく、360度のステークホルダーと関係構築を行う、組織横断的な新たな役割を追求していく。こうした取り組みが、他の企業にも波及し、日本に新しいパブリック・リレーションズの風を起こしてくれるかもしれるかもしれないと期待が膨らみます。(編集部)