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あの人は、なぜ“関係構築”が上手いのだろう——?
Public Relations(=社会との関係構築)を、現代社会の中でさまざまに体現している人たち。一体どのような経験を重ね、そこからどのような知見を得て、現在地にたどり着いたのでしょうか。
PR Tableのエバンジェリストである日比谷尚武が、自身と親交のある“PRパーソン”をたずね、その思索のプロセスをたどっていきます。
今回は、2018年6月の株式上場を発表したばかりの株式会社メルカリにて、PRマネージャーを務める矢嶋聡さんをたずねました。
Profile
矢嶋 聡さん Satoshi Yajima
株式会社メルカリPRグループマネージャー
1978年生まれ、東京都出身。2000年に早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、ネットベンチャーの立ち上げ、留学、PR会社勤務を経て、2008年にネイバージャパン入社。2013年4月、LINE株式会社に商号変更を経て、2014年1月にLINE株式会社マーケティングコミュニケーション室室長を務める。2017年8月にLINEを退社し、2017年10月メルカリ入社。
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聞き手:日比谷 尚武 Naotake Hibiya
学生時代より、フリーランスとしてWebサイト構築・ストリーミングイベント等の企画運営に携わる。その後、NTTグループに勤務。2003年、株式会社KBMJに入社。取締役として、会社規模が10名から150名に成長する過程で、営業・企画・マネジメント全般を担う。2009年より、Sansanに参画し、マーケティング&広報機能の立ち上げに従事。並行して、OpenNetworkLabの3期生としても活動。現在は、コネクタ/名刺総研所長/Eightエヴァンジェリストとして社外への情報発信を務める。並行して、 株式会社PRTable エバンジェリスト、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会 広報委員、一般社団法人 at Will Work 理事、ロックバーの経営 なども務める。
「今さら、僕がメルカリに入社する意味はあるのか?」
矢嶋:日比谷さんとはじめて出会ったのは……2012年かな。僕がまだLINEにいたころですよね。
日比谷:そう! 僕がSansanで広報をはじめて間もないころ。「いろいろな人にアドバイスをもらおう」と広報系の飲み会に参加したところ、そこで知り合った方から「それならいい人がいますよ」と紹介してもらったのが矢嶋さんでした。それからは折に触れ、いろいろと相談に行かせてもらっていて。
矢嶋:飲みの席ではそんなに、仕事の話はしていなかった気がしますけどね(笑)
日比谷:しかし、矢嶋さんがLINEからメルカリに移って、もう半年ですよね。
矢嶋:はい。あっという間に半年が過ぎました。
日比谷:2017年時点だと、メルカリの広報担当は何人いたんですか?
矢嶋:僕が入社したときは、産休中の社員を除いて2人でしたね。正直にいうと、当初は「今さら私が入社する意味があるのかな」という印象を持っていました。もう広報体制もできあがっているだろう、と。
日比谷:なるほど。でもそれは違っていた?
矢嶋:広報担当の2人はすごく優秀なメンバーでしたが、急成長フェーズのメルカリの渦中にあって、増え続ける各方面からの問い合わせや取材への対応、サービスのリリース配信などでほぼ手一杯の状態。早々に体制を整えて、いわゆる「広報機能を担うチーム」を作る必要があると感じました。
社会インフラ化した「LINE」の、“次のステージ”を求めて
日比谷:そもそも、LINEの次のステージとして、メルカリを選んだ理由を教えてもらえますか。
矢嶋:僕はLINE在職中に、サービスの立ち上げから、初期のサービス広報やコーポレート広報はもちろんのこと、危機管理、グローバル広報、IPO(株式上場)に関連する業務まで、一通りのことを経験させてもらいました。
その点では、LINEという会社には本当に感謝していますし、自分の中でも達成感を得ることができた一方、会社がどんどん大きくなっていく中で、自分の業務が現場から離れていくことに対する寂しさを感じていたのも事実です。
日比谷:また現場に近い仕事をしたい、と。
矢嶋:そういう想いが強かったですね。どこかで僕の経験が求められるのであれば、その会社で広報のお手伝いをしたいな、と思っていたんです。
せっかくなら、世の中のライフスタイルを変え、将来的には社会のインフラを目指すような会社がいい。次の環境で、LINEでの仕事を通じて得た経験を生かすほうが、自分のためにもなると思いました。
日比谷:なるほど。
矢嶋:LINEで働いている間、自分が広報として介在することによって、社会の流れを変えたり、人の行動が変わったり、価値観が変わったりする様子を目の当たりにしましたから。
はじめは誰も知らないサービスだったのに、あるとき、ふと電車の中で周囲を見わたしてみたら、全員がスマホで『LINE』の画面をみていて、「うわぁ!」と(笑) やはり一度そういう経験をしてしまったので、もう一回味わいたくなってしまったんですよ。
日比谷:なるほど(笑) それで、急拡大中のメルカリへ移ることを決めたんですね。
矢嶋:はい。当社社長の小泉文明やPRチームの2人と話をするうちに、まだまだ取り組むべき課題があると感じました。それなら僕がメルカリに入社する意味もあるし、これまでの経験を活かして貢献できることがあるのでは、と思えたのも大きかったです。
「好きなようにやってください」覚悟を決めたひとこと
日比谷:実際、メルカリでは矢嶋さんのこれまでの知見を活かした仕事ができていますか?
矢嶋:そうですね。実をいうと、入社した当初はどういったスタンスで臨むべきか悩んだ時期もありました。現状の組織に寄り添って並走するほうがいいのか、自分の経験をもとにイチから組み立てていくほうがいいのか……。
でも小泉から、「いままでのメルカリのやり方は無視していいから、矢嶋さんの好きなようにやってください」と言ってもらって、改めて覚悟が固まったんです。
日比谷:ちなみに現在(2018年5月)、メルカリの広報チームはどんな組織になっているのでしょうか。
矢嶋:PRグループは今、「コーポレートPR」と「プロダクトPR」に分かれています。
コーポレートPRが担っているのは、会社としての存在価値を高めていくこと。当社はもともと、「世界に挑戦する」というミッションを持って生まれた会社です。世界に挑戦するため、最新の技術革新にも投資している。しかし、今はまだまだ「フリマアプリの会社」というイメージが強いんですよね。
そうした、世間が持つメルカリのイメージと、私たちが目指している世界との間にある隔たりをどう埋めていくか。日々、それを考えて実行しているチームが「コーポレートPR」です。
「プロダクトPR」は、フリマアプリ「メルカリ」の利用拡大に向けた情報発信はもちろん、”生活者の消費行動に影響を与える存在”としてのポジショニング強化に向けた広報活動や、新規事業・サービスの広報を実行・支援していくチームです。
日比谷:矢嶋さんが入社したときは2人だったということですが、いまは何人体制のチームになっていますか。
矢嶋:現在は10人体制ですね。
日比谷:まさに今、広報体制、チーム作りの真っ只中だと思いますが、どんなチームを目指しているか、教えてください。
矢嶋:PR(Public Relations)の定義を広義に解釈すると、本来は“関係構築”になります。だからこそ、メディアとのリレーションだけでなく、『メルカリ』のアプリを使っていただいているお客さまとも、良好な関係性を築いていく必要があると。そこから、世の中に対してポジティブな情報を発信してもらえるような仕組みをつくっていきたいですね。
「メルカリを使ったらこんな良いことがありました」というストーリーが自発的に発信されるような状態が理想的。お互い、直接は顔が見えないやり取りだからこそ、地道な信頼関係を築いていくことが重要だと思っています。
広報担当者として「世論をつくる」ということ
日比谷:話を聞いていると、まさに王道というか、Public Relationsの基本を忠実に実行していますよね。それも、LINEで培われた経験ですか?
矢嶋:はい、そうですね。これまでの世の中になかった新しいものが生まれるとき、社会の抵抗感はかなり大きくなります。『LINE』もそうでした。サービスに対するネガティブな反応があったり、事件がらみで新たな社会問題になったりもしましたから。
社会的なインフラが構築されていくフェーズにおいて、どういう問題が起こり、どのように対処しなければならないのか——それらを一度、経験しているので、日々の広報活動で積み重ねていくべきことは理解しているつもりです。
日比谷:ちなみに、そうした考え方にたどりついたのも前職の経験が大きかった?
矢嶋:はい。LINEは社会のインフラに変貌を遂げていく過程で、社会問題や当局との衝突に直面しました。そのとき広報担当として、単純にメディアとの関係性を築き、取材対応をして、プレスリリースを書いて、記者会見を開いて……というだけではなく、より深い部分を考える必要にせまられたんです。
今の時代、Webやソーシャルメディアを通じた広報活動も大切ですが、会社が大きくなればなるほど、マスメディアとの関係性も非常に重要になってきます。マスメディアの論調によって、会社のイメージも大きく左右されますからね。だからこそ真摯に向き合い、密にやり取りをしなければなりません。
僕はLINE時代、「世論」というものがどう作られていくのか、身をもって知りました。社会の中で形成された世論を意識するようになったのは、かなり大きな変化だったと思います。
日比谷:そこで、矢嶋さんのPublic Relationsに対する考え方というか、視点が変わったんですね。
矢嶋:それまでは、「自分で世論をつくる」「社会の風向きを変える」ということまでは、あまり意識していませんでした。
日比谷:その経験をふまえたうえで、今、メルカリのPRチームを作ろうとしている……と。
矢嶋:はい。今、僕がメルカリで取り組んでいることは、LINEで経験したことをもう一度自分で咀嚼し、再現・応用できるかどうか検証しているようなものかもしれません。
組織を支える「PRチーム」の基盤をつくるために
日比谷:まさに今、社会インフラを目指すサービスのPRチームを組織している真っ只中であるわけだけど、実際にはどんな課題から着手したのでしょうか。
矢嶋:まずは、全体戦略をたてるところからはじめました。組織として、チームとしてどうあるべきかという部分です。半年先までのロードマップをひき、将来的に目指す状態から逆算して、「いま何をやるべきか「何をやらないべきか」を整理しましたね。
3ヶ月ほどかけて、FAQのデータベース整備や、世間から自分たちがどう見られているか……という世論のモニタリング、さらに重点メディアの定義、リレーションの再構築など、メンバーと順次手をつけていきました。
日比谷:そうすると、全体の戦略的な設計ができて、アクションプランが見えてきている。次は人を増やそうという流れですね。
矢嶋:そうですね。事業を拡張させていくうえで、当然、現状のリソースだけでは限界があるので。
日比谷:この先はどのように取り組んでいく予定ですか?
矢嶋:私が入社してからの3ヶ月間は、チームとして動けるように内部の戦略を固め、メディア・リレーションズの基盤を築くという、いわば“土台づくり”の期間でした。
2018年に入ってからは、シェアサイクルサービスの『メルチャリ』や、社会金融インフラを目指す『メルペイ』など、新規事業・サービスの発表が相次いだこともあり、攻めに転じはじめています。
その一方で、引き続き「守り」も固めていかなければと思っています。事業は順調に伸びているけれど、「安心・安全をおろそかにしているのでは?」と世間から捉えられてしまっていることに対しては、説明責任を果たしていかなければなりませんから。
しっかり守りつつ、さらに攻めていく——これからその体制を、より強化していきたいと考えています。
奇をてらう必要はない。シンプルに基本を徹底していく
日比谷:最後に、チームメンバーが増えていくなかで、矢嶋さんから彼・彼女らにどんなことを伝えているのか、聞かせてください。
矢嶋:僕は事業会社のPRパーソンとして、3つの「理解」を身に付けることの必要性を伝えています。
事業に対する理解や、社内での信頼関係を築くための「会社の理解」。会社として伝えたい、届けたいことを、メディアにきちんとアウトプットしていくための「メディア(記者)の理解」。何をどうすれば世の中を動かすことができるのかを分析するための「手法の理解」です。
この3つの理解を深めたうえで、目的に対してどういう成果を出すのか、そのための戦術は何なのかを可視化して考えることが大切なんですよね。さらに世間の反響がどうだったかを振り返り、社内に共有することも重視しています。
こうして振り返ってみても、奇をてらうようなことはまったくやっていないと思いますね。戦略を立ててPDCAをきちんと回せば結果も出るし、メンバーのモチベーションもあがる。シンプルなことだと思います。
Public Relationsの王道、その愚直な実践者
奇策は一切なし。全体戦略を立て、そこから逆算し、やるべきことを積み重ねていくのみ——。しかしその視線が捉えている領域は、驚くほど広いものだと感じます。一つの名もなきサービスが一気に社会インフラと化していく様を、まさにその渦中で体験してきた矢嶋さん。次はメルカリで、再びそのミッションを実現に導いていくのでしょう。王道をまっとうに進み続ける強さが、PRパーソンには必要なのかもしれません。