【Case Study編】~社員のストーリーがエンゲージメントを高める~ ヤマハ発動機のインターナルコミュニケーションー re:Culture #20
re:Culture #20ではヤマハ発動機株式会社の山下和行氏にご登壇いただきました。 “社内報アワード2019”でグランプリを獲得した社内報『ゲンバのチカラ』の生みの親であり、様々な課題をインターコミュニケーションの力で解決に導いた山下氏の考える「インターナルコミュニケーション」について、豊富なご経験や事例を交えてお話いただきました。
INDEX
ゲストスピーカー
インターナルコミュニケーション(IC)研究者
ヤマハ発動機株式会社 クリエイティブ本部 プランニングデザイン部 マネージャー
山下 和行
1990年ヤマハ発動機入社。1993年北京対外経済貿易大学へ社費留学後、海外事業に20年間携わり、その間北京と上海に10年、米国アトランタに2年、通算12年の海外駐在を経験。 中国では主にセールス&プロモーションに携わり、上海販売法人の戦略企画部門長在任中に専売販路構築を推進。欧州担当時はトルコで販売会社を立ち上げ、米国では販売会社VicePresidentとしてゴルフカー事業の再建を主導。 本社帰任後、2013年よりグループ全体のブランディングとインターナルコミュニケーションのリーダーを担い、新組織立上げと業務改革を実行。2021年に経営企画部で役職定年。 現在はデザイン開発を主管するクリエイティブ本部で戦略とコーポレートデザインに携わる。様々な国で社内外の人々と協働した経験から、ライフワークとしてICの研究に取り組み、またプロボノとして人財育成を目的に講演や執筆も行っている。 ウィズワークス社内報アワードICプロデューサー部門代表審査員、日本広報学会IC事例交流会メンバー。最近は米国大学研究者グループのIC事例執筆をサポートしている。
モデレーター:PR Table 志村 陸
re:Culture#20では、ヤマハ発動機株式会社の山下和行氏をお迎えし、企業の「インターナルコミュニケーション」についてお話を伺いました。
山下さんは海外事業をメインに、マーケティング、ブランディングなどさまざまな業務を経験したのちに、2015年から社内広報の担当になられました。それは知識も経験もない中でのスタートだったといいます。
時代とともに変化してきたインターナルコミュニケーションの役割、求められるエンゲージメントへの寄与、そして、課題を抱えながらも試行錯誤の末に見出した、“最強コンテンツ”の誕生など、その豊富なご経験と、そこから得られた気づきをお話いただきました。
※re:Culture#20後半のセッション/Q&AはSession編をご覧ください
山下和行氏(以下、山下):本日はどうぞよろしくお願いいたします。
僕は2015年から2019年までの約5年間、インターナルコミュニケーションに携わっていました。業務としてはそこでいったん離れたものの、離れたことによって気がつくことがたくさんあったんですね。
そこから社外の方のお話を聞かせていただく機会などを通してさらにどんどんと興味がわいてきて、現在はライフワークとしてインターナルコミュニケーションの研究を続けています。
今日はそんな経験の中で、自分なりに整理ができたことや課題感、具体的な事例などを皆さんと共有できればと思っています。
志村陸(以下、志村):時代とともにインターナルコミュニケーションも変わってきている印象ですよね。
山下:特にコロナ禍に入ってからは働き方が大きく変わり、インターナルコミュニケーションも変化のスピードがかなり加速しています。従来は「社内広報」と呼ばれていたもの。それが「インターナルコミュニケーション」と呼ばれるようになって、同時に求められる仕事や成果の内容も変わってきました。つまり両者はイコールではないということですね。そんなお話ものちほどさせていただきます。
時代とともに密接につながる、社員エンゲージメントと顧客エンゲージメント
山下:まず、社員の行動が“モノ”や“サービス”となって現れる。それがお客様の行動(評価・購入)となり、売り上げへつながる……という事業のサイクルにおいて、「社員の生産性向上」と「顧客獲得」という二つは大きなテーマです。
そこで注目されるのが“エンゲージメント”。
社員エンゲージメント、顧客エンゲージメント、もちろんどちらも大切なのですが、それを高めるためのコミュニケーションは、どうしても発信する側が伝えたいことだけを伝える、一方通行なものになりがちですよね。
しかも、企業広報や広告宣伝などの顧客エンゲージメントを向上する施策には積極的に力を入れる企業が多い一方で、社員エンゲージメントに対する関心と向上施策へのリソース配分や投資には消極的なところが多いイメージです。
しかし近年のコンプライアンス意識の高まりによって、企業はより一層の情報開示が求められるようになりました。さらにSNSの普及によって、社員の個人レベルの情報発信が当たり前の時代になっています。
つまり、企業に求められているのは透明性の高い“表裏のない”情報発信。エンゲージメントの構築において社内外で線引きをすることなく、いかに両者をバランスよく見ていくかが大きな課題となってきています。
これまであまり重視されてこなかった企業のインターナルコミュニケーションが、非常に大切な時代になったというわけですね。
エンゲージメントが高いって?キーワードは“絆”
では、そのインターナルコミュニケーション。
先ほども少し触れましたが、従来の「社内広報」とはどんなところが違うのでしょうか。
僕の解釈ですが、社内広報は経営視点から“ 伝えたいこと”を発信する、比較的短期的な施策である一方、インターナルコミュニケーションは、理念やブランドなどその企業の“強み ”を軸に社員の行動変容を促す、中長期的な活動であるといえるでしょう。つまり視座と戦略性の違いですね。
それぞれの企業が社員エンゲージメント向上に向けて、このインターナルコミュニケーションに取り組むわけですが、ではそもそもエンゲージメントっていったい何なのでしょう。
僕は社員のエンゲージメントとは、組織に対する従業員の自発的な意欲、つまり“愛着”や“信頼感”なのかな、と思います。
言い換えれば、『社員エンゲージメントが高い=企業の持っている強みと従業員の心がつながっている状態』といえるのではないでしょうか。企業の持っている強みとは、理念やブランド。そこには、企業の理念やブランドと社員との確かな絆が生まれているというわけです。
ということは、エンゲージメント向上を目的としてインターナルコミュニケーションを進めるうえでは、その施策を自社の理念やブランドにしっかりと紐づけていくことがとても大切になってきます。
例えば理念を軸にした場合は、その理念に対する本気度を十分に伝えながら形にしていくこと。そしてブランドを軸にした場合は、その会社“らしさ”をベースに、ブランドを言語化、視覚化しながら、決してブレることなく継続して発信することが重要なポイントとなります。
社員の“ココロを動かす”コンテンツとは
ではここからは、もう少し実務的なお話を。
実際にインターナルコミュニケーションのコンテンツを作るときに、こんなものだったら社員に刺さるコンテンツとなるのではないか、というものをご紹介したいと思います。
まず一番大切なのは、そのコンテンツの信頼性。社員は、そこで働く人といえども“生活者”であり、顧客と同じように企業のことを観察しています。つまり顧客が企業の真の姿を求めるように、社員も自分の働く会社に対して、ありのままの情報を求めているんです。“こうありたい”という理想ばかりを打ち出しても、中身が伴っていなければ社員はがっかりしますよね。見せかけではない、誰が見ても納得のできるような信頼性の高いコンテンツ作りが大前提となります。
そのうえで社員の心を動かすコンテンツを目指すわけですが、ではその“ココロを動かす”コンテンツとは、いったいどのようなものをいうのか──。それは、まず社員から共感されるもの。そしてその共感から活力が生まれるようなコンテンツです。
社員が会社の理念やブランドを形にしようとしているリアルな姿はやっぱり共感を生みますし、「よし、私もがんばろう!」と思えます。一方で“ココロをふさぐ”コンテンツは、経営側からの一方的な情報発信。これでは社員もがっかりしますよね。
もう少し具体的にお伝えすると、僕が考える最強コンテンツは、社員の働く姿とその企業のアイデンティティを掛け合わせたもの。働く社員のストーリーとその会社らしさ、つまり“その会社にしか語れないもの”が言語化・視覚化されると、それは確実に社員の心を動かすコンテンツとなります。
もちろん、これはインターナルコミュニケーションのみならず、社外向けのPRや採用コンテンツなどにもフィットしますね。
模索した先にあった答えは、“人(ヒト)”へのフォーカス
では次に、実際に僕がどのようなコンテンツを作ってきたのか、というお話をさせていただきます。
2015年、僕は社内広報チームのリーダーを担当していました。当初は、チームと言っても僕を含めて3人という小さなものでしたが(笑)。
当時の課題は、せっかく社内報を作ってもなかなか若手社員に読んでもらえない、経営陣へのプレゼンスをもっと上げることができないか、それには他部署への貢献度をもっと上げていった方が良いのでは……など、本当にさまざまありました。
また、生産系の現場に話を聞くと、長年コツコツと積み上げてきた技能を伝承したいが若手社員がなかなか定着しない、新卒採用を増やしたい、といったウォンツが。
一方でその若手社員に話を聞くと、会社のことや同世代の働き方をもっと知りたいし、より身近に感じられる記事を読みたいと言うんです。
このすべての課題をそれぞれクリアにしたいけれど、リソースもないので僕は一気に解決したかった。二年くらい模索しながらたどり着いたゴールイメージが、現場の若手社員が自分らしく仕事に向き合っている姿を発信していけば、そこに共感が生まれるのではないか、というものでした。さらにそこに“ヤマハらしさ”も見出していければいいよね!と。
そこで生まれたのが「ゲンバのチカラ」というコンテンツです。2017年から社内報の中の1つのコンテンツとして、隔月で連載という形でスタートしました。
20代~30代前半くらいの生産系現場の社員にフォーカスして、仕事とどう向き合っているか?どうしてこの仕事を選んだのか?などインタビューしていき、それをストーリーに仕立てたものです。やっぱり実際インタビューすると、結構おもしろい話が聞けるんですよね。
実はこれをスタートさせるまでには二年くらいかかったのですが、社内だけではなく社外のメンバーにも入ってもらい、社内外で一体となって取り組んだプロジェクトでした。チーム立ち上げこそ苦労もしましたが、良かった点はメンバー全員でゴールのイメージを明確に共有できたところ。みんな同じ方向を向いているので、やり始めたらどんどんアイデアも出てスムーズに進んでいったのを覚えています。
社内では大きな反響!エンゲージメントにも大きな変化が
ではこの社内報リニューアル、果たしてどのような結果が生まれたのか──。
まず定量的なところでいうと、社内報の閲読数と満足度ともに、20代の若手社員を中心にアップしました。
そして定性的な面でいうと、それまで生産系の現場社員に取材を依頼しても面倒がられていたのが、この「ゲンバのチカラ」がはじまってからは「うちに取材に来てほしい」と逆の依頼が殺到するほどに。
その他にも、B5版の「ゲンバのチカラ」をポスター大に出力して壁に貼り出す現場があったり、人事が採用現場のツールとして使用すれば高卒の女性新卒採用が3名も決まるなど、大きな変化が起こりました。
結果、僕の狙い通り2015年当時の課題は一気に全て解決。これが2018年のことなので、解決までには3年かかったというわけですね。
また、これは余談ですが、このような施策を展開する中で、上司含めて経営層のインターナルコミュニケーションに対する見方も変わった結果、3名体制だったチームが徐々に増員され、海外拠点のインターナルコミュニケーションまで守備範囲を拡げながらブランディング業務を兼務するグループ組織になり、最終的には企業ミュージアムの運営業務も取り込んで、総勢21名の大きな組織になりました。当然ながら予算もどんどん増えて行き、僕が仕事を引き継いでからイメージした仕事が、ほぼ全てできるようになりましたね(笑)!
エンゲージメントにもたしかな結果が
では、一方でエンゲージメントはどう変化したでしょうか。
ここではエンゲージメントを「ブランド意識と行動」と読み替えて評価をしました。
この「ゲンバのチカラ」は生産系現場の社員にフォーカスしたものですが、20代社員において、見事に総合職よりも生産職の社員の方が2年連続でスコアが高くなったという結果が得られています。
もちろんスコアの低い年齢層や職類もあったので、調査結果は人事やブランド担当者とも共有し、ブランド研修を実施するなどターゲット別に施策を打っていきました。
これまでお話させていただいたように、エンゲージメントを高めるにあたっては、やっぱり“人(ヒト)”を基軸にしたコンテンツが効果的です。そしてそこには必ず、企業理念やブランドをしっかりと紐づける。
そして今回は、そんな僕の経験から得られた気づきをコピーにしてまとめてみました。
「働く姿は、美しい」。
こちらもぜひご参考ください。
私たちはブランドや理念への“共感”でつながっている
ここまで、とにかく“人(ヒト)”にフォーカスすることの大切さをお伝えしてきましたが、ではなぜ今そういったところが求められているのか、というお話を最後に。
昭和から平成を経て現在の令和に至るまで、会社の中での人との関係性がどんどんと変わってきています。
例えば昭和の時代には会社全体に一体感があった。なぜなら、全員が正社員という環境のもと、“成長する”という目的意識をみんなで共有していたからです。
それが平成になると少しずつ変わり、まとまり感はあるものの、正社員とそうでない社員が混在しつつ、それでもそれぞれが帰属意識を持っているといった関係性へ。
そして令和になり、雇用形態や働き方の多様化、ダイバーシティへの意識の高まりなどにより、職場での関係性がますますゆるくなってきています。
それでもなんとなく“つながっている”。それはなぜか──。それはやっぱり、価値観を共有できているからなんです。
それから、働く目的や意識も昔とは大きく変わってきました。
僕が若手の頃はとにかく会社や上司のため。でも今は違います。
今の若い世代の人たちのマインドセットは、「Work for」から「Work with」へ変わっているんじゃないかと思います。まず会社の理念やブランドに共感するからこそ「私ここで働く!」となり、やがてそれが社会のため、顧客のための仕事へとつながり、最終的に自己実現へとつながっていくんですね。
DXやAI技術もますます進んでいますが、企業活動の主役ってやっぱり“ヒト”です。なぜなら、ヒトが信頼を育み、ヒトとのつながりを築き、そしてその延長でイノベーションが起こるから。
だから、企業のあらゆるコミュニケーションは“ヒト”を軸に考えていくべきです。
以上、私の経験を踏まえ、インターナルコミュニケーションについてのCase Studyをお話させていただきました。
時代の変化に合わせて、インターナルコミュニケーションはこれからもどんどん進化していくと思います。僕も、もっと様々な事例を学びたいですし、実務を担当されている方々と議論や対話をしながら、さらに研究を深めたいと考えています。またそのような機会があればお声をかけていただけると嬉しいです。本日はありがとうございました!
※Session編に続く(re:Culture#20後半のセッション/Q&Aをお届けします!)