【Case Study編】~個の時代を映す人事戦略に~CX改革のためのカインズの新人事コンセプトー re:Culture #19
re:Culture #19では株式会社カインズでCHROを務める西田氏にご登壇いただきました。 カインズはなぜCX(コーポレートトランスフォーメーション)のために人事戦略に取り組むのか、なぜ“個の時代”を人事戦略に反映するのか。この戦略実施に合わせてCHROに就任した西田氏よりたっぷりとお話しいただきました。
INDEX
ゲストスピーカー
株式会社カインズ 執行役員 CHRO(最高人事責任者)兼 人事戦略本部長 兼 CAINZアカデミア学長 日本CHRO協会 理事 日本アンガーマネジメント協会 顧問
西田 政之
1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクター等を経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー。
モデレーター:PR Table 志村 陸
re:Culture#19では、株式会社カインズの西田政之氏をお迎えし、CX(コーポレートトランスフォーメーション)に向けた人事戦略についてお話を伺いました。
時代の流れとともにますまず“個”がフィーチャーされる今、より必要とされる社員の自律。そんな社員の自律に向けて挑戦を続けている、カインズの新たな人事戦略とは──。
社員に“求める”のではなく“促す”その取り組みは、それぞれの自分らしさに寄り添った、まさに“個”の時代を映し出すものばかりです。
※re:Culture#19後半のセッション/Q&AはSession編をご覧ください
なぜ今求められる?“個”の時代に不可欠な“自律”とは
西田:今日は、この時代必要不可欠になった社員の“自律”と、それに向けた成長・挑戦を支える、カインズの人事戦略についてお話させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
さっそくですが、そもそも”自律”とは一体どういう定義なのか──。
皆さんもぜひ一度考えてみていただきたいのですが、私もいろいろと模索しながら自分なりの解釈にたどり着きました。
自律とは、「自力と他力のバランスを自分で決めること」なのではないでしょうか。
私たちは、この世に生まれた瞬間に母親から無償の愛を受け取り、それに何かしらの形で応えながら生きていきます。つまり生まれたその瞬間から、”贈与”が始まっているんです。
それはその先の人生においても同様で、私たちは意識、あるいは無意識の中で、様々な人からたくさんの恩恵を受けながら生きている。自分一人でできることって、実は限られているんですよね。
ということは当然、自分でコントロールできるところとできないところがある。
ストア派の哲学理論で「自分の皮膚の内側は自分でコントロールできるが、外側はなかなかできるものではない」というものがありますよね。つまり重要なのは、自分がコントロールできるところはどこなのか?を”自分で”理解することなのではないでしょうか。その理解が”自律”へとつながるのだと思います。
では、”自律”が求められているその背景には一体何があるのでしょうか。
土の時代から風の時代へ。そして企業経営における戦略の潮流が、「ビジネス」→「プロダクト」→「競合」を経て現在の「社員・個」へと移り変わるなど、今非常に“個”が重視されています。「この課題を解決したい!」と起業する人も増え、そのイノベーションはまさに、一人の人間のwillやパッションが起こしているものですよね。
そんな時代に加えてコロナ禍です。今のようにリモートワークがはじまる以前は、ルール化された中で他人から仕事の意義付けをされていた。つまり「自力と他力のバランス」を決めることを他人に委ねていました。
しかしNoルール化のリモートワーク下では、やるかやらないかは自分次第。自ら仕事の意義付けをし、「自力と他力のバランス」を自分で決めていかなければいけません。
私たちのような小売業においても、個人の承認欲求やニーズがますます多様化する中、商材の機能や価格ではもう勝負ができない。イノベーションを起こすために必要になるのは、やはりここでも”個”の力なんですね。
なのでカインズでも同様に、社員の自律に向けて、個の成長と挑戦を促しているというわけです。
改革のキーは徹底的なインタビューとナラティブな戦略
西田:カインズは、これまでオーガニックな成長を遂げながら今日に至っています。
第1創業期はホームセンターのいわゆる勃興期。第2創業期はSPA化、つまり自分たちで商品を企画・製造することに力を入れた時代です。そして直近ではデジタル化の推進に挑戦するとして、「IT小売企業宣言」の第3創業期を走っています。
今日お話させていただくのは、そんな第3創業期の人事戦略として取り組んでいる施策についてですが、まずは“リーダー”として何をするべきか?というお話を。
弊社の経営者である高家(たかや)は、経営における戦略においては「平時」と「戦時(改革時や危機の時)」の見極めが非常に大切であると話します。例えば時間軸でいうと、平時では長期的に見据えることができる。そして改革時はある程度コントロール可能なものの、危機となると短期一発勝負となりますよね。
組織の動機づけにおいても、平時、改革時ではパーパスと言う余裕がありますが、危機となると危機感で動機づけせざるを得ません。皆さんももしリーダーとして何か戦略を立てられるときは、この「平時」と「戦時」の見極めをした上で、ご自身の身の振り方を決めていくことがとても大切だと思います。
では次に、”チェンジメーカー”としては何をするべきか──?
ここからは本題として、実際に私が行っている施策を具体的にお話させていただきます。
まず全体の大きな流れですが「西田の100日プラン」と題したものをご紹介します。
これは私が前職でも使ってきたプロトタイプで、課題を見つけ出すところから解決に向けたプロジェクト化までを、一連の流れとしてまとめたものです。
この中でも特徴的なのは、1番目の「優秀なOB/OGへのインタビュー」ではないでしょうか。社内の人はどうしても目が曇りがちですが、退職して一度外に出ると、自分の所属していた会社を客観的に見ることができるので、OBやOGの意見は非常に参考になるんですね。次に経営陣や社員へのインタビューから課題を洗い出し、その課題を構造化します。
その後、課題解決に向けて仮説・戦略を立て、その戦略ストーリーに即した施策をプロジェクト化していく。このような流れになっています。
2番目の「経営陣・幹部社員・一般社員へのインタビュー」でのヒアリング内容は、相手の心理的な要素も鑑みながら工夫をして作りました。私もそうですが、外部から来た者はどうしても警戒されてしまいます。なので、まずは自社の守るべきものや、私に対して期待することや懸念することなども聞きながら、「仲間なんだよ」という意識を持ってもらえるように作りました。
皆さんにもご活用いただける質問かと思いますので、参考にしてみてください。
また「100日プラン」の8番目、「戦略ストーリーの策定」ですが、ここは経営、商品、サービス、マーケティング、財務、人事、全ての戦略を一気通貫させることが非常に大切です。業績が伸びている企業は、とにかくここがしっかりとアラインされていますよね。カインズの場合は「DIY(Do It Yourself)」が全戦略のキーワードとなっていますので、人事においても、この「DIY」を軸にストーリーが作られています。
そしてここでは、パワーポイントではなく文章で、物語として書くこともとても重要です。読み手との齟齬をなくすためにも、戦略立てられたストーリーをナラティブに伝えることが重要であると感じています。
なぜ?からはじまる人事戦略ストーリー
ではここからは、その戦略ストーリーを“どのように伝えるか?”のお話をさせていただきます。
おそらく皆さんもご存知の「ゴールデンサークル理論」。
一般的に何かをアプローチする際には、“What”から“How”を経て“Why”へと進める一方で、この理論はサークルの内側、つまり“Why”から訴求していくものです。人は感情を揺さぶられることによって行動を促される、と言われていますので、脳科学的にも非常に合理的なんですね。
カインズではこの理論を、商品開発はもちろん今回の新しい人事戦略にも用い、“Why”から構築をしています。
ではカインズの“Why”とは何か?それは「全メンバーの自律と成長を促すためにコアバリューを体現することにより、組織文化へもDIY思想を浸透させていく」というものです。
第3創業期のカインズには「デジタル化時代の小売業のリーダーになる」という目標がありますが、DIY思想の浸透によって、この会社としての目標と社員個人の自己実現目標のベクトルを合わせ、組織のパフォーマンスを最大化させる。そのことによって、社会的貢献と社員幸福度、両方の実現を目指していく。それがカインズの“Why”です。
そして次の“How”が「じぶんらしい働き方、創ろう。CAINZの“DIY HR”」です。
これは「キャリアパス」「新たな学び」「コミュニケーション」「勤務スタイル」「心身の健康」という5つの柱をそれぞれ“じぶんらしく”実現できるよう、カインズはいろいろな支援をしていきます、というものです。
カインズの店舗に行くと、DIYをお客様に体験していただける「カインズ工房」というコーナーがあるんですが、まさに人事戦略本部は「人事のカインズ工房」。すべてのメンバーに寄り添いながら成長と挑戦を支えていきますよ、というメッセージでもあります。
最後に“What”は、“How”で柱となっている5つのDIYに沿ってそれぞれ具体的な施策として落とし込み、優先順位を付けながら取り組んでいく、というものになります。
その先にあるのはエンゲージメントの醸成
さて、皆さんはグラックスバーグによる「ロウソクの問題」という実験をご存知でしょうか。
この実験から導き出されたのは、金銭的インセンティブが有効なのは単純作業であり、条件付きのインセンティブはクリエイティビティを損ねる。つまり、高いパフォーマンスの秘訣は内的動機づけである、というものでした。
この内的動機づけとは、自主性、成長、目的。これらを言い換えると、“エンゲージメント”ですよね。
では、このエンゲージメントを醸成するにはどうすればいいのか。
私がよく外部でお話するときにご覧いただく「強い組織を作るペンタゴン」と名付けたものがあるのですが、このようにエンゲージメントの醸成には、「自己実現に向けての充実度」「企業理念や戦略に対する共感度」「信頼の文化」「納得感のある評価・報酬制度」「心理的安全性の確保」この5つが満たされることが必要なのではないでしょうか。
カインズの“How”、つまり「DIY HR」は、まさにこの5つを満たすものとなっています。
そして私が非常に力を入れているのは、“個”と向き合う、ということです。
社員が2万人以上いる中、個人と向き合っていくなんて不可能なのでは……。と思われるかもしれませんが、だからこそ、一人ひとりと向き合っているという姿勢を示すことが大切だと思っています。
228店舗、少しずつですが自ら出向き、社員、パート・アルバイトと1対1で要望を聞いたり、会社について話をしたり、そんな取り組みを現在も地道に続けています。
このようにカインズの“How”である「DIY HR」は、先ほどご紹介した「強い組織を作るペンタゴン」の5つのファクターが有機的につながり、エンゲージメント醸成へも寄与することができています。
「天職」の真意を抱きながら前へ
最後に、私がいつもどのような気持ちを大切にしながら仕事に取り組んでいるか、というお話を。
仕事とは「仕」と「事」。どちらも「つかえる」と読み、つまり仕事とは「天に仕える」ことを意味するため、自分に最も適した仕事を「天職」といいますね。
「誰にも天職はあり、その天命を知り、必ずそれを果たすべきである」と伝えている、言志録 第十条・佐藤一斎さんの言葉がありますが、ではその天命による「天職」とは何か──。それは突き詰めれば、仕事を通して自分だけが儲かれば良いという私心を捨てて、世のため人のために尽くすということなのではないでしょうか。
青臭い話かもしれませんが、こういう気持ちで仕事をすることはとても大切だと思っています。
今日お話しさせていただいたことは、私も現在進行形で取り組んでいるものばかり。
まだまだ「DIY HR」は社員メンバーには浸透しきれておらず、それに向けて努力をしているところです。
ただ、こういう気持ちで続けていけば、必ずメンバーにもその思いが通じるのではないか、そう思いながら、仕事に取り組んでいます。
本日はどうもありがとうございました。
※Session編に続く(re:Culture#19後半のセッション/Q&Aをお届けします!)