ヤマハ発動機 山下和行さん×PR Table 大堀航「働く姿は、美しい。社員を応援するインターナルコミュニケーション」
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ヤマハ発動機の社内広報改革を牽引し、現在はインターナルコミュニケーションに関する研究やアワードなどにも関わっている山下和行さん。さまざまな組織課題にアプローチして解決に導いてきた山下さんの発想は、talentbookを運営するPR Tableの根底にある想いと近しいものがあります。
インターナルコミュニケーションがどのように“企業のバリューアップ”につながるのか。そして企業と社員のこれからの関係性について、大堀航との対談を通じて深掘りします。
Profile
山下和行さん Kazuyuki Yamashita
インターナルコミュニケーション(IC)研究者 ヤマハ発動機株式会社 クリエイティブ本部 プランニングデザイン部 マネージャー
1990年ヤマハ発動機入社。1993年北京対外経済貿易大学へ社費留学後、海外事業に20年間携わり、その間北京と上海に10年、米国アトランタに2年、通算12年の海外駐在を経験。 中国では主にセールス&プロモーションに携わり、上海販売法人の戦略企画部門長在任中に専売販路構築を推進。欧州担当時はトルコで販売会社を立ち上げ、米国では販売会社VicePresidentとしてゴルフカー事業の再建を主導。 本社帰任後、2013年よりグループ全体のブランディングとインターナルコミュニケーションのリーダーを担い、新組織立上げと業務改革を実行。2021年に経営企画部で役職定年。 現在はデザイン開発を主管するクリエイティブ本部で戦略とコーポレートデザインに携わる。様々な国で社内外の人々と協働した経験から、ライフワークとしてICの研究に取り組み、またプロボノとして人財育成を目的に講演や執筆も行っている。 ウィズワークス社内報アワードICプロデューサー部門代表審査員、日本広報学会IC事例交流会メンバー。最近は米国大学研究者グループのIC事例執筆をサポートしている。
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聞き手:大堀航 Koh Ohori
株式会社PR Table 取締役/Founder
1984年神奈川県生まれ。大手総合PR会社のオズマピーアールを経て、国内最大のオンライン英会話サービスを運営するレアジョブに入社。PRチームを立ち上げ、2014年6月に東証マザーズ上場に貢献。2014年12月、PR Tableを創業。
「トップが何を伝えるか」と同じくらい「社員の働く姿」に影響力がある
大堀:本日はよろしくお願いします。山下さんが、会社で仕事を離れた後も、ライフワークとして「インターナルコミュニケーション」に関わろうとしたきっかけのようなものはあったのでしょうか。
山下さん(以下、敬称略):僕がインターナルコミュニケーションに関わっていきたいと思う理由のひとつが、「日本の会社を元気にしたい」から。30年以上同じ会社に勤めていて、入社から20年ほどは海外の仕事に携わっていました。アジア、欧州、アメリカなどの市場でそれぞれ違うビジネスを経験して、その土地の人たちと一緒に仕事をする中で、特に若者たちの力を感じてきました。
中国やASEAN諸国は、日本よりも社会は未成熟でしたが、自分たちの生活や社会全体を良くしたい、もっと豊かになりたい、そういうむき出しのエネルギーが充満していた。アメリカは、かつて「アメリカンドリーム」という言葉に象徴されていたように、自分の夢を追いかけて理想の生活を実現するんだという思いがまだ根底にあり、社会全体も前進しています。そういう国を見た後に日本に戻ってきたときに、社会のダイナミズムを感じなかったのです。
大堀:会社が成長したり、社会が発展したりする一番の原動力は、個人のエネルギーですよね。
山下:その通りですね。それは日本の若い人たちもそれぞれ持っていると思いますが、発揮する環境が少なかったり、外に発揮するエネルギーが弱かったりします。ただ、これは環境変化やモチベーション次第で変わってくるでしょう。そうなれば、特に1日8時間費やす「会社」という場所で発揮されるアウトプットはまったく違うものになると思います。そう考えたとき、インターナルコミュニケーションは「社員を応援する」という重要な役割を担っていると思います。
大堀:日本を元気にするために、まず会社の中から社員を応援し、社員が元気になって、外へアウトプットしてもらうということですね。2015年からヤマハ発動機の社内広報改革に取り組まれて、その後、個人のライフワークとして携わっていく中で、企業のインターナルコミュニケーションの取り組みの変化には、どんなものを感じていますか?
山下:コロナの前は、社員へ経営者のメッセージなどを伝えたり、一体感を醸成したりするために会社全体で情報を共有することのウェイトが高かったのですが、コロナになって変わってきました。リモートワークが恒常化して、コミュニケーションがオンライン化され、その結果帰属感が薄くなり、「そもそも何のために仕事やっているんだっけ?」と考える社員も出てきました。そんな環境変化の中、多くの企業がいかに組織として成果を高めていくか。そのためにどういうコミュニケーションが必要なのかについて向き合っているところです。
大堀:まさに、当社でもそういった課題感でご相談に来られる企業が増えました。担当者の方もこれまでの社内広報のようなアプローチでは限界であると明らかに感じているのだと考えます。
山下:いまの時代、会社も個人も「ありのまま」の状態であることが大事です。一番良いのは社内でポジショントークがなく本音を出せる会社かもしれないですね。
大堀:裏表があると、すぐにバレる時代になっていますよね。当社も数年前からよく、社員から社会に広がっていく共感の図を使って話をしていました。社内と社外は表裏一体で、共感がグルグル回っていくものなのだと。
山下:90年代や2000年代初頭に、企業をひとつの人格として捉える「企業人格」という考え方が広がりました。だから、外向きに良く見えるよう、どんどん企業情報を発信していこうとしました。でも、世間は社員の行いを見て企業のことを評価しますから、企業人格とは突き詰めると、社員のことを言うわけですよね。特に今は、社員がSNSを使って個人でも情報発信力を持っているので、「トップが何を伝えるか」と同じくらい、「社員の働く姿」に影響力があると思います。
選ばれる企業になるために「人的資本」の重要性が増している
大堀:最近は、「人的資本」を表す数字として、エンゲージメントを数値化することで、企業価値や投資判断にも影響していく時代になっていると思いますが、このようなことの重要性を実感する場面はありますか?
山下:ありますね。新卒採用の仕事に少し携わったとき、我々の会社に対する興味関心度合いを知りたくて、面接の時に、候補者の方からの質問をメインに受け答えしたことがあるんです。そうするとやはり候補者によって差が出ます。質問ができない人もいる一方で、どんどん質問してくる人もいます。
大堀:熱量を測れますよね。
山下:ある大学卒業予定者の方に「御社で働いて、山下さんは今楽しいですか?」と聞かれて、「仕事は面白いよ」と言うと「何が面白いのですか?」とどんどん次の質問につながっていく。「若い頃は海外でこんな仕事をして、今はこういう仕事をしている」、「いい時期もそうじゃない時期も経験したけど、この会社で働くことは好きだし楽しいよ」と話していくと、その方の目がどんどんとキラキラしてくるのです。
そのとき僕が感じたのは、「実は面接するこちらが見られているのだ」ということです。つまり、何の事業をしている会社かというよりも、「あの面接官の仕事の話し、面白かったし、ホントに楽しそうだったな」となった方が学生の印象に残ると。そういうことの方が、今の若い人たちの会社選びの重要なポイントになるのではないかと思います。
大堀:そういう意味で、「人が資本である」という考え方になられた。
山下:そうです。社員が魅力的に映ることは非常に大事です。魅力的な社員がたくさんいる会社は魅力的であるということです。
大堀:そこで社員の魅力をコンテンツ化していったのが、リニューアルされた社内報ということですね。企業が「選ばれている側」であることを強く認識するというのは本当に大事なことだなと思いますし、学生たちも、そこで働いている社員のリアルな熱量がこもった話はとても興味を持って聞きますよね。
最近、talentbookのストーリーを読んだ学生がTwitterで「会わなくても企業研究できるじゃん」とツイートしているのを見ました。OB訪問をしなくても社外に会社のことが伝わる。社内への影響としても、もともと協力的ではなかった社員が「自分も出してくれ」という感じで、どんどんハマっていったという例は多くのお客様から聞きます。
山下:talentbookがいいなと思うのは、コンテンツをつくるプロセスを、未経験者でもできるように仕組み化していること。そしてそこに出た社員は、自分のことを認めてもらえている感覚を得られるし、それを見た他の社員も、「うちの会社はちゃんと見てくれている」と信頼感を持ちやすい。つまりコンテンツ化するというのは、その人個人としての存在を認め、リスペクトする姿勢の表れだと思うのです。
大堀:シンプルに「あなたはこの会社にいていいんだよ」と伝えることになりますよね。コンテンツにするためのインタビューを受けたことのない社員の方が多いので、本人から「すごく気づきが得られました」という声もいただきます。
山下:大事なことだと思います。社内には目立つ部署とそうではない部署があるのは仕方ないですが、僕は目立たない仕事にフォーカスすることを特に意識していました。会社の大半を占める目立たない仕事にフォーカスすることで、その部署の人たちのモチベーションを上げることもできるのではないかと思います。
同時に、「インターナルコミュニケーション」自体が企業には必須であることも伝えていきたいですね。多くの会社では、企業活動の中においてまだまだリソースをかけるような意識や環境はない。でも、採用活動や社外へのPRとも親和性がある。そのように役に立つものなのだということを伝えていきたいです。
インターナルコミュニケーションは「経費」ではなく「投資」
大堀:それは当社でも、talentbookを提供していて強く感じるところです。山下さんはインターナルコミュニケーションの価値を高めていく動きをされていると思いますが、その成果の測り方や、見せ方は議論になるところだと思います。この辺りの工夫などありますか?
山下:目標設定と成果の数値化は必ず求められる大事な部分です。そのために社内である程度の定期的なサーベイは必要ですね。調査の質問項目は、自分たちの仮説に沿って設定して、得られたデータを、最終的なゴールに対するマイルストーンとしてどのように判断していくのか。特に目標設定と効果測定の手段は、経営者としっかり議論して決めないといけないものです。意外かもしれませんが、数千人単位の従業員を抱える企業でも、目標設定があいまいなまま社内広報をやっているところは結構あります。
インターナルコミュニケーションは3年から5年ほどの中長期の視点で取り組むべき仕事だと考えています。かつ、「みんな社員なんだから情報共有するのも当たり前だし、経営者の言っていることも理解できるだろう」という思い込みがあると、年代や職種などの違いで情報格差が生まれてしまい、ロイヤルティにも差が出てくると思います。そこを埋めるためのコミュニケーションに関わる施策の費用は、会社全体の成果を後押しするために、一定枠の「経費」というよりは、むしろ「投資」と考えるべきですね。
大堀:その投資のリターンをどう見るかというのもなかなか難しい課題ですね。
山下:そうですね。そこは経営者の考え方や従業員とのコミュニケーションの取り方にもよります。ただ、これまでいろいろな会社のコミュニケーションを見せてもらいましたが、良いインターナルコミュニケーションを行っている会社は業績が良い。これは経験的に間違いないと感じます。
大堀:インターナルコミュニケーションは、社員が「働く理由」や「帰属意識」にも関わってくることですよね。山下さんは以前ご登壇いただいたイベントで、企業と社員はどんどん関係性がゆるくなってきている、というお話をされていました。それによって、特に若い世代の人たちが働く価値観を見直したり、働く目的を考え直したりしているということでしょうか。
山下:そうですね。最近印象に残っているのは、ある大企業の方と話していて、入社して数年しかたっていない20代の部下の方が突然辞めたお話しです。すごく優秀な方だったらしく、その上司は期待をかけていたのですが、理由を聞くと、辞めた本人は、やりたいことが元々あり、最初から何年か経ったら辞めるつもりでその企業に入りスキルを身につけていたという話でした。上司からするとなかなか理解できないですし、困った話かもしれませんが、一個人の生き方として考えると素晴らしいことだと僕は思います。人生でやりたいことが早い段階から明確になっていて、その実現のために必要なスキルと経験を身につける。これは今後もどんどん起きてくることだと思います。
僕らの世代は、基本的には一生この会社で働き続けるということを前提に就職しましたが、今はそれ以外の選択肢もすごく多い。仕事だけでなく「どう生きるか?」を自分で考えて選べるようになった。そんな中で「選ばれる会社とはどんな会社か?」と考える必要が出てきています。
今の世代が情熱を向けることに耳を傾け、コンテンツ化する
大堀:「働く」ことに対する価値観は、本当に多様になってきているとストーリーを作っていても日々実感しています。
山下:社内広報の仕事を変えて行く際に、若手社員を呼んで対話をしたのですが、僕らの世代とは考え方がかなり違うと気づきましたね。一番感じたのは、仕事に対する熱量はあるものの、「会社のために」という気持ちだけで仕事をしているわけではないということ。要は「自分のために」働いている。それが大きな気づきでした。自分が好きなことにものすごい情熱を傾けるという今の若い世代のメンタリティの特徴を、もっと活かしていくべきではないかと感じました。
人は自分に向いていて、好きなことをやるのが一番ハッピーなことだと思います。僕も含めて多くの人は、自分には何が向いているかなんてすぐにはわからない。でも、仕事をしているうちにそれがわかってくると、自分だけでなく実は周りもハッピーにするのです。会社としては、その人の適性や好き嫌いを見極めることも大事ですが、「こっちのほうが向いているんじゃない?」と気づかせることも必要かなと思っています。そして、それがうまく出来ている会社は、社員の満足度が高い。
大堀:その状態になれば、大きい課題がある場面や、新しいことを学ばないといけない局面でも、前向きに学びながら取り組めますね。
山下:自律的、自発的な行動になります。その方が結果的にアウトプットの質は高いです。そういう人がいると、周りの人も「好きな仕事をやっている人ってカッコいいな」と思いますよね。だからそういうことをコンテンツにすると共感度が高まるのではないかと思います。
大堀:それをそのまま外向けのコンテンツとしても出していくことを意識されたのですね。山下さん自身は、これからの働き方として考えられているものはありますか?
山下:インターナルコミュニケーションに携わる人向けに、学びの場を立ち上げたいですね。講師からのワンウェイのインプットではなく、参加者と議論しながら最適解を考え行動を起こす、実践を重視した「塾」みたいなものをイメージしてます。様々な企業のインターナルコミュニケーションを学びながら研究してきて、上司の説得や経営者への働きかけのスタート部分でモヤモヤしている人たちをたくさん見てきました。また、恒常的に質の高い仕事ができる仕組みをつくる、そういう部分をお手伝いすることができるといいなと思っています。
大堀:ヤマハ発動機で実践し、その後の研究で得た個人的な知見を、社会に還元していくわけですね。その活動が、最初におっしゃっていた「日本の会社を元気にしていくこと」につながっていくのだと思います。本日はありがとうございました。
社員を応援するインターナルコミュニケーション
山下さんが使われる表現やコトバ選びのひとつひとつから、常に会社ではなく社員目線で取り組みを考えられているということが伝わってくる対談でした。バイアスなく社員に向き合い、その人個人としての存在を認めてあげて、応援するという姿勢をとことん追求しているからこそ、読まれるコンテンツが生み出せたのだなと納得できました。山下さんのコピーのように「働く姿は、美しい」と言える社会をつくるため、一緒に日本を元気にしていけたら幸いです。(編集部)
▼山下さんにご登壇いただいた当社主催のイベント「re:Culture」のレポートも公開しておりますのでぜひご覧ください。