企業内でブランディングを担うクリエイターの実態——イベントレポート#9
INDEX
従来、専門のエージェンシーやプロダクションにアウトソースする企業がほとんどだったクリエイティブやデザイン、編集の視点。いま、そうした役割を担うチームを、インハウスで整備している企業が増えています。
自社内でクリエイティブや編集の機能を担っている人たちは、会社や事業に対してどのようにコミットしているのでしょうか。
今回は、PR Table Communityイベント第9弾として「企業内でブランディングを担うクリエイター・編集者の実態」を開催。
インハウスで企業ブランディングやPRの一翼を担っている櫻田潤さん(NewsPicks/インフォグラフィック・エディター)、野崎亙さん(スマイルズ 取締役/クリエイティブ・ディレクター)をゲストにお呼びしました。
前半はインハウスで実践されていることをゲストのおふたりにそれぞれお話しいただき、後半はモリジュンヤさん(インクワイア代表取締役/編集者)をモデレーターにお迎えしたトークセッションという2部構成で展開。
インハウスブランディングに対する考え方や、それぞれの組織づくりなどについて幅広く語っていただきました。
“予定調和でない”200点のゴールを目指す――NewsPicksの場合
現在、NewsPicksのインフォグラフィック・エディタークリエイターとして、チームのマネジメントを行っている櫻田さん。ご自身が入社してから、チーム体制が整うまでのストーリーを、4つの“道”に沿ってお話しいただきました。
▲櫻田 潤さん——NewsPicksインフォグラフィック・エディター。図解やビジュアルを用いた記事を多数執筆デザイン。2010年より、サイト「ビジュアルシンキング」を立ち上げ、ビジュアル思考の実践と普及に取り組んでいる。著書に『たのしいインフォグラフィック入門』(BNN新社)、『図で考える。シンプルになる。』(ダイヤモンド社)など。
———-
インハウスへの道
プログラマー、SE、Webデザイナー、マーケターなどさまざまな職種を経験したのち、NewsPicksでインフォグラフィック・エディターとなった櫻田さん。インハウスの道に行きつくまでには3つのステップがありました。
何者かを示す
「NewsPicksに入社したのは、上梓したインフォグラフィック専門書がきっかけでした。僕の書いた本が前編集長の佐々木の目に留まり『インハウスでデザイナーをやらないか?』と声をかけられたんです。僕は当時から興味のあることや好きなこと、つまり“自分が何者なのか”を、個人サイト『ビジュアルシンキング』や本の出版などを通じて常に発信し続けていました」
職をつくる
「入社した時、社内にはすでにグラフィックデザイナーが在籍。自分をすでにある職種に当てはめたくありませんでした。そこで、インフォグラフィック・エディターという新しい肩書を名乗らせてもらうこととなり、僕のインハウスでの仕事は“職をつくる”ことからスタートしました」
価値を発揮する
「インフォグラフィック・エディターとしての価値を存分に発揮していくことで、社内での居場所を構築することができました」
櫻田さんは現在も、個人サイトの運営、オンラインサロンの開催やnoteでの執筆、Voicyの配信など、個人での活動を続けています。
チームへの道
現在、NewsPicksのクリエイティブチームは、親会社であるユーザベースのほかグループ各社のCI策定などにも携わっています。櫻田さんは主にコンテンツデザインを担当しています。
「入社当時のデザインチームは3人。専任型で業務をこなしていました。その後、月額5,000円のアカデミアプラン拡充や動画配信などNewsPicksのサービス急拡大、チームメンバーが変わるなどの経緯もあり、現在は8人へと増員しています」
一時はチームが「情報共有やアサインはどうするの?」」「誰が何やっているの?」といったカオス状態に陥った時期もあったそう。そこで得た気づきは3つあったといいます。
・ツリー型の組織、指令系統は意味がない。チームを小さくして、関係性をフラットにしたほうがスピーディに対応できる
・一方で、プロジェクトとメンバーをゆるく重なり合わせる必要がある
・チーム全体を包み込むようなマネジメントが理想形である
専任型からチームメンバーそれぞれが業務を補い合う「スクランブル型」に変えたことで、組織のベースが整い、チームで対応できる業務の幅を広げることができたといいます。
それで道はととのった?
一方で櫻田さんが最近、危惧しているのは「メンバーの同質化」。
「入社当時は3人それぞれが“尖って”いたのに、現在の8人体制では安定感からか、組織に丸みが帯びてしまっています。インハウスだからこそ、尖りは重要視しています」
そこで実行したのが、まったく違うタイプのリーダー2人を組織の中心に置くという体制。これはGoogleの創業者であるエリック・シュミット、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリンらが行った3頭体制がモチーフに。
「サッカーにたとえるなら、クリエイティブの質を高める“特化型”の僕がフォワード、マネジメントに専念する“横断型”のリーダーがディフェンスといった役割でしょうか。
デザイン組織での2頭体制は珍しいかもしれませんが、バランスは取れつつあります」
大切にしたい道
チームミッションは「よりよくする」。これは、チームメンバーに対して、普通に100点を取るのではなく、200点、300点を目指す人になってほしいという思いが込められています。
これを実現するステートメントとして、以下の3点を掲げているそうです。
・やるか、やらないか・・・コミット度を0か100に
・うのみにしない・・・定量データなど過去の情報をうのみにしない
・自分らしくやる・・・成果物に対して、その人らしさが出せるようにする
「創業者の梅田は、NewsPicksを表す言葉として先進性・信頼性を掲げていますが、そこに自分らしさを加えた3つが揃えば、100点を超えるブレイクスルーになる。チームメンバーにはそう伝えています」
インハウスの力で具現化できることを増やす――スマイルズの場合
食べるスープのスープ専門店『Soup Stock Tokyo』や、ファミリーレストラン『100本のスプーン』など、多くの事業を展開しているスマイルズ。
野崎さんは同社のクリエイティブディレクターとして、クリエイティブ本部でインハウスに関わるすべてのチームのマネジメントをされています。ここでは、ブランディングや組織への考え方について事例を交えてお話しいただきました。
野崎さんのプレゼンから、ポイントをいくつかピックアップしてお伝えします。
▲野崎 亙さん——株式会社スマイルズ 取締役/クリエイティブディレクター
京都大学工学部卒。東京大学大学院卒。2003年、株式会社イデー入社。3年間で新店舗の立上げから新規事業の企画を経験。2006年、株式会社アクシス入社。5年間、デザインコンサルティングという手法で大手メーカー企業などを担当。2011年、スマイルズ入社。giraffe事業部長、Soup Stock Tokyoサポート企画室室長を経て、現職。全ての事業のブランディングやクリエイティブを統括。外部案件のコンサルティング、ブランディングも手掛ける。
———-
オールラウンドなスタンスが大前提
「現在クリエイティブ本部には約20名が在籍しています。広報、デザイナー、Web、店舗設計、プロジェクトマネージャーなどのチームにわかれていますが、業務に対して垣根は一切ありません。“私は広報チームだから、広報の仕事しかやりません”というスタンスで仕事をしている人はひとりもいませんね」
得意分野は人それぞれ。でも職種に縛られることなく、自由に何かを企画したり、実行に移すことができるスタンス。そして、イベントやワークショップの企画・運営、商品開発から業態開発に至るまで、楽しそうで、かつ価値になりそうなものは挑戦できる幅広い選択肢があるといいます。
会社の可能性を伸ばす存在でありたい
野崎さんは、スマイルズのインハウスクリエイティブの特徴を3つ挙げました。
1. コンセプトよりもイメージ
2. 食べ放題が生み出す力
3. ブランドの先行指標
スマイルズが事業をはじめるときに用意するのは、方向性を示す一枚の絵だそうです。
「『100本のスプーン』のリブランディングを行う際には、髭剃りをしているお父さんの横で、子どもが真似をしている様子の写真でした。
これがのちに“コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出す。”というコンセプトに発展するのですが、絵は見る人の想像力を言葉以上に掻き立て、やがて具現化へとつなげてくれます。
絵を描けるのは、デザイナーの最大の強みだと思っています。アイデアは誰でも出せますけど、イメージを具体的な絵で表現できる人は限られますから。スマイルズに、インハウスデザイナーは必要不可欠な存在ですね」
スキルベースで依頼する外部クリエイターとは違い、その人のポテンシャルも鑑みて、枠を超えた仕事ができるのもインハウスの強みだと野崎さんは話します。
「また、外部の人にお願いすると予算が可視化されてしまい、時に依頼をためらってしまうこともあります。その結果、結局は何もできなかったというのは避けたいですし、やりたいことをやれる立場でありたい。
我々は、それぞれの事業・ブランドに対して、先行指標となるような動きもしています。時には頼まれていないことを企画・実行してしまうこともしばしば。スマイルズや各事業のあらゆる可能性を拡げていける存在でありたいと思っています」
常に重視したいのはスタッフの「やりたい」という気持ち
イベント後半では、モリジュンヤさんをモデレーターに迎え、トークセッションを展開。モリさんの小気味よい「問い」から、ゲストおふたりのさらなる本音が飛び出しました。
—
モリ:ここからは、前段でのお話を踏まえて、もう少し踏み込んだ内容をお聞きします。
インハウスではやりたいことをやれる、というお話がありましたが、新しいことを始めるにあたって、何か基準にしていることはありますか?
▲モリジュンヤさん——株式会社インクワイア代表取締役 / 編集者
1987年生まれ、岐阜出身。『greenz.jp』副編集長、『THE BRIDGE』編集記者を経て、2015年に領域を横断して編集活動を行う「inquire」を創業。現在は、複数のメディアブランドのマネジメントを行いながら、組織や事業に編集のパートナーとして関わる。『UNLEASH』編集長、NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。
———-
櫻田:僕たちは「やれるか」より、「やりたいか」を軸にして動いています。
野崎:うちの会社は「自分事にできるかどうか」を基準にしていますね。たとえオーダーされた仕事であっても、最終的に「やりたいこと」になればいい。
一方で、そもそも「誰かに依頼された」ことがモチベーションにつながる人もいます。モチベーションの拠りどころは人それぞれなので、そこを見極めてあげるのがマネジメントの役割かな、と。
櫻田:僕も最近、「自分がやりたいこと」ではなく「誰かのために仕事をしたい」という人の存在に気づいて、マネジメントを変えなきゃいけないなと思っていたところです。
モリ:「面白そう」「可能性がありそう」を起点に、事業化するというようなお話もありましたね。
野崎:そうですね。完全に先が見えて事業化するということはあまりないので、試行錯誤しながら、筋道がどこにあるのかを探っています。クリエイティブというジャンルは、道にたどり着くまでが非常に難しい。事業イメージが絵として形になったとき、本格的なスタートを切るという感じですね。
櫻田:以前から興味があってずっと聞いてみたかったんですが、絵にかいて妄想を広げるフェーズにもいろいろあると思うんです。例えば、0→1、1→10。野崎さんはどのフェーズが好きなんですか?
野崎:僕は断然0→1が好きです(笑)。
でも1→10の過程で面白いなと思うのは、1から前進して、想定通りの2になるとは限らないということ。一個人のささやかな活動がきっかけで、違うパラレルワールドの2にたどり着くことだってある。やってみないとわからないことって絶対あるんですよね。
5年前を振り返ってみても「意外だけど、これがきっかけでこうなった」ということもたくさんありますし。
枠組みを作った瞬間に、思考は停止する
モリ:インハウスでは、会社らしさを表現することが求められますよね。その“らしさ”をどのようにしてつかみとっているのですか?
櫻田:NewsPicksの親会社であるユーザーベースには、「7つのルール」というバリューが設けられていて、それに共感する人が入社しています。なので、自然な形で“自分らしさ”を出してもらうことが、実は会社らしさにつながるのかなと。
野崎:スマイルズは、会社やブランドを“人”としてとらえています。とはいってもいわゆるマーケティング的なペルソナとは違うもので、ブランドそのものを疑人化して考えます。「スープストックさんはこういうものが好きで、こんなことを大事にしたい」というようなざっくりとした価値観のようなもののみ。。そうすることで、ブランドとの接点を持った方に「スープストックさんならきっとこうだよね」と思わせる余白を持たせています。
たとえば、「フェスに行くとはじけるよね」「やる時は思いっきりやるよね」とか。そうした“らしさ”から考えて実現した事例が、スープのない一日『Curry Stock Tokyo』などの企画です。
ルールや規定を決めると、従うことばかりが優先になってしまって、それについて自分で考えなくなるんですよね。
櫻田:わかります。僕もできるだけルールは決めたくない派ですね。
先ほど野崎さんが「外の人にはスキルベースで、中の人にはポテンシャルで依頼する」と話されていましたが、つまりはそのポテンシャルが余白なんですよね。
モリ:ルールや仕組みで縛り付けずに、核になるものだけを決めて、解釈の余地を持たせる。インハウスだからできることのひとつかもしれませんね。
固執しない社内外での活動が、インハウスで活躍するためのベースになる
モリ:インハウスで仕事をしたいクリエイターの方たちに向けて、“働きやすい社内環境”を作るうえでのアドバイスはありますか?
櫻田:社外で自分の認知度を高めておくと、社内での発言力が増しますね。たとえば、ブログやSNSで発信したりすることが、自分のブランド形成につながります。今日のような、社外イベントへの登壇もしかり。
今日お話ししているのは、普段は社員に話さない内容ばかりですが、メディアに取り上げれば、自然と社員にもメッセージが共有されていきますから。
野崎:まったく同感です。僕の部署も3年前ぐらいから外部の仕事をはじめたんですが、理由は一人ひとりの“武器”を獲得してほしかったから。
社内の業務だけではできない経験、知り得ない情報を外で獲得して、それをまた社内で生かすというイメージです。
僕自身もかつてコンサルティングの仕事をしていたときは、たとえば化粧品会社ならカメラメーカーの仕事を通じて得た知見を、カメラメーカーでは住宅メーカーの仕事を通じて得た知見を活かす、というようなことをやっていました。
モリ:社外で得たものを社内に返し、中でスキルアップしたものをまた外へ、といった循環的な動きですね。加えて、インハウスで仕事をするまでの経験は、どのように積んでいくのがいいと思いますか?
野崎:情報に固執せず、なんでもやるのがいいんじゃないでしょうか。
ブランディングについて考えていくとき、タッチポイントは欠かせない要素です。今までにないタッチポイントを探るという意味でも、事業のすべてに関わろうとする気概は大事かもしれません。僕は皿洗いでも何でもやっていますよ。
櫻田:僕は経験よりも、瞬時に時代をとらえる力が大事だと思っています。でも、インプットしたものを何らかアウトプットして昇華したという経験であれば、それがどんなことであろうと意味はあるかなと。
野崎:おっしゃるとおりですね。半ば強制的にアウトプットする状況を作り出せば、インプットの量が多くなり、質も高められると思います。
クリエイティブ視点から考えるPublic Relations
今回のゲストのおふたりのようなクリエイティブ職の方々が、インハウスで果たせる役割は多岐にわたる——そのことを、改めて実感したトークセッションでした。会社のブランドをどう表現していくか、どのように事業のアイデアを生み出し、その細部をどう作り込んでいくか。そして届ける相手との関係性を、どうやって構築していくか。クリエイティブ起点での発想は、Public Relationsの考え方とも通じています。(編集部)